第6話 勇気の心を武器にして 20 ―愛のビンタ―

 20


「勇気くん!ねぇ、どうしたの! しっかりしてよ!!」

 愛は錯乱する勇気の目を覚まそうと、懸命に呼び掛け続けていた。

 辺りを歩く人達は、二人を不審な目で見て声をかける事はしない。しかし、それも仕方がない。勇気は歩道の中央で頭を抱えて座り込み、「やめろ……やめろ……」と独り言を呟いているのだから。

「ねぇ、どうしちゃったの! 私どうしたら良いか分かんないよ!」


「殺せ…………殺せ……」


「え? 何言ってるの?」


 頭を抱える勇気の手がわなわなと震え出したかと思うと、


「違う……」


 勇気は突然立ち上がった。


「俺が本当に怖いのは……」


 立ち上がった勇気は虚ろな目で歩き出す。どこか遠くを見ている様な目で。


「勇気くん!!」

 愛は歩き出した勇気を追い掛けた。

「ちょっと止まって!! 何してるの?」

 勇気の前に回り込み、その歩みを止めようと両手を使って勇気を押した。

 でも、勇気の力は強い。全く止まらない。それどころか勇気は愛を手で払った。

「痛ッ!!」


「俺が怖いのは……自分の死よりも……」


「ちょっと勇気くん、痛いじゃん!!」

 愛も諦めない。勇気に払われて躓いてしまっても、すぐに立ち上がり、再び勇気の前に立つ。

「さっきから何してるの!」

 勇気を心配していたけれど、流石に怒りが沸いてきた。そこに、

「え……?」

 こちらに向かって一台のパトカーが走ってくるのが見えた。

 そのパトカーは拡声器を使って輝ヶ丘の住民に避難を呼び掛けている。そのパトカーを見た愛は焦った。


 ― 今の勇気くんは明らかに不審者! もし警察に見付かったら捕まっちゃうかも!!


「勇気くん!! 目を覚ましてよ!!」


 しかし、やはり無理だ。勇気は変わらない。パトカーはドンドンこっちに向かってくる。愛の焦りは増した。


「もうどうしたら良いの! 勘弁してよ! このままじゃ捕まっちゃうよ! 勇気くん目を覚まして!! お願い!! 目を覚ましてよ!!」

 ダメだ。勇気はゾンビの様に歩くだけ。愛の声が届いていないのが分かる。それでも愛は呼び掛け続けた。

「ねぇ、本当に止まって!! じゃなかったら叩くよ!! 無理矢理目を覚ますからね!! 良いの!! ねぇ!! ねぇってば!!!」


「俺が本当に怖いのは……恐れているのは……」


「もう……さっきから変な事ばっか言わないでよ……」


 ― ダメだ……


 愛の覚悟は決まった。


「行くよ……私本当に叩くからね!! 良い!! 最後の警告だよ!! 1……2……もう、行っちゃうよ!! 3っ!!!」


 右手を平手にした愛は、勇気の頬に向かってその平手をロケットの様に飛ばした。


 バチコンッ!!!!


 強烈なビンタが勇気の頬を打った。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る