第6話 勇気の心を武器にして 15 ―激突……そして、ルールはルールだ―

 15


「うぅ……う……うぅ……」

 爆発の直撃を受けた事と、アスファルトの地面に全身を強く叩きつけられたショックによって、ガキセイギの呼吸は儘ならない。

「ちき……しょう」

 それでもセイギは諦めない。体の痛みを気合いで圧して、立ち上がろうと膝を立てた。


 しかし、セイギよりも先に立ち上がった奴がいる。それはデカギライだ。

 デカギライはセイギを睨みながらゆっくりと立ち上がった。

「………」

 デカギライのダメージは爆弾の直撃を受けたセイギよりも軽い。だからデカギライはすぐに行動に出た。その行動は静かに、それは無言で、音も立てずに、それは………分身だ。

 それも一体や二体ではない、十体以上の大量だ。

 デカギライとセイギの距離は落下の影響で離れてしまった。今は、目視で10m以上は離れている。その距離を保ったまま、デカギライは分身を走らせ、セイギを取り囲んだ。そして、セイギを取り囲むとデカギライは笑った。

「「「フハハッ! 形勢逆転だな! クソガキ!!」」」

 セイギに銃口を向けながら………


「へへっ……」

 しかし、セイギは不屈の男。四面楚歌の状況に陥っても彼は笑う。仮面の中でニヤリと笑う。

「いや……まだまだだぜ。今日の俺には籠の中の鳥が丁度良い……なぁ、ボッズー!!」

 セイギは離れ離れになってしまったボッズーに呼び掛けた。



 しかし、



 ………


 ……………。



 しかし、セイギの笑顔は、すぐに消さなければならなくなってしまった……何故なら


「ケケケケケ!! そうだなぁバッブー! あっ! ボッズーかッ!! ケケケケケッ!!」


「なに………」

 セイギの声に答えたのはボッズーの声じゃなかったからだ。もっとざらついた嫌な声。その声が誰なのかセイギはすぐに察した。

「まさかッ!!!」


 背後から聞こえたその声にセイギが振り向こうとすると、

「ケケッ!!」

 嫌な声がまた笑った。

「動くな、動くなぁ!! 動いたら……」


「………ッ!!」

 セイギの肩に何かが乗った。


「この鳥殺しちゃうぞ!! ケケケケケ!!」


「ボッズーッ!!!」

 それはボッズーだった。気を失う寸前のボロボロになったボッズー。そして、ボッズーの頭を雑に掴んでセイギの背後に立つのはピエロ。ボッズーは突然現れたピエロに人質に捕られてしまっていたんだ。


「ご……ごめんセイギ……」


「この野郎………ボッズーを返せッ!!!」

 その姿を見たセイギはボッズーを急いで取り戻そうと、肩に乗ったボッズーに手を伸ばす。

 しかし、そう簡単にはいかない。セイギは空振りした。ピエロが素早く後退したんだ。セイギはただ勢い良く背後を振り返っただけになった。


「ケケケ!! くるっと良いターンだなぁ!! ケケケ!! でもでもダメダメぇ~! コイツはそう簡単には返さねぇ!! 俺はお前達二人の遊びをもっと楽しくしてあげようと思ってるんだから!!」


「うるせぇ! ボッズーに触るなッ!!」

 セイギはピエロを追い掛けた。しかし、ピエロは素早く逃げる。


「おっとと! 無理矢理奪い返そうとするならコイツの頭を握り潰すぞ!! 良いのかぁ?? ケケケケケケケケ!!」

 ピエロは笑いながら、ボッズーの頭を掴む手に力を入れた。


「ぐわァァァァァ!!!」

 その力は尋常じゃないんだ。ボッズーのタマゴの殻にはピキピキとヒビが……


「ボッズー!!!」

 痛みに悶えるボッズーの姿にセイギの足は止まる。

「く……くそ……」


「ケケケ!!」

 その姿を見たピエロは再び笑った。

「ケケケケケケケケ!! 滑稽、滑稽、にわとりコケコ!! ケケケケケ!! いいか、いいか、良く聞けよ! あっ……と、デカギライ! お前も動くな! 今から俺が"ルール"を説明するからな!!」


 ピエロの視界は広いのか、十数体いる内の数体のデカギライが動き出そうとしているのを素早く察し、その動きを制した。


 だが、デカギライも簡単に言う事を聞く奴ではない。

「何だと! 俺に命令をするな……」


「はぁあ?? するねぇ!!」

 ピエロはデカギライを睨んだ

「俺はお前よりも偉いんだ!! もしお前が俺の言う事を聞かないなら、お前のその力を没収するぞ、それでも良いのか??」


「うぅ……クソッ……」

 その睨みは睨まれた者にしか恐ろしさを理解する事は出来ないだろう。歯軋りをしながらデカギライは動きを止めた。


「ケケケケケ!! よろしい、よろしい、銃を下ろしたな! お前が物分かりの良い男で良かったよ!! では、ガキセイギ!! お前はどうかな?」


「ボッズーを返せ……」


「ケケケケケ!! 『バッブーを返せ……』ケケケ!! カッコいいねぇ!! 分かった! 分かった! 返してもらいたければ俺の言う事を聞くんだな!! いいか、制限時間は30分だ!! 30分の間にお前がデカギライを倒せたらコイツは解放してやる!!」


「ふざけんな!!」

 セイギは激昂した。

 しかし、動けない。ピエロがまたボッズーを痛めつけるのが分かっているから。


 ― どうしたら良いんだ……どうしたら……


「ケケケ!! ふざけてない!! 俺は本気だ!!」

 そう言いながらピエロはボッズーを掴む手とは反対の手をズボンのポケットの中に突っ込んだ。

「んしょ! んしょ! ぽんっ!!」

 そして、ポケットの中から出てきたのは風船。それもまるで手品だ。小さなポケットの中にあった筈なのに、『ぽんっ!!』と取り出したその風船はもう既に膨らんでいる状態だった。

「ケケケ!!」

 その風船に付いた糸を、ピエロはボッズーの首に巻き付ける。

「良い風船だな!! うん! うん! うん! しかぁ~~し!!! この風船は風船の様でいて風船じゃない! さて、何でしょ? チクタクチクタク! ブブーーー!!! 爆弾だぁ!!! ビックリだねぇ!! ケケケケケ!! さっきも言ったが制限時間は30分! お前がデカギライを30分以内に倒せなければ、ドカーーーンッ!! この風船は大爆発!! 鳥さんも焼き鳥さんに大変身だ!! んで、30分もかからずにお前がデカギライに負けてお陀仏になってもドカーーーンッ!! ケケケケケケケ!! どうだ? 良いルールだろ? ケケ!!」


「ふざけんな……卑怯者が!!」


「ケケケ!! 卑怯者? おかしいなぁ? さっきお前言ってたよな? 俺はちゃんと聞いてたぜ! デカギライに向かって『卑怯で結構だ!』って!! ケケケケケ!! だったら何も問題無いじゃない? それに、俺はお前達の勝負にちゃんとルールを定めてあげてるんだ!! 逆に卑怯とは真逆だよぉ~~ケケケケケ!!」


 そう言うとピエロはボッズーを持った手を放した。

 ボッズーは風船……いや、爆弾と共に空に向かってフワフワと飛んでいく。


「ボッズー……」

 セイギは拳を握った。セイギはピエロへの、そして何も出来ずにいる自分への怒りが汲み上げてきて仕方がなかった。


「セ……イギ……」

 ボッズーの右手がピクリと動く。セイギに向かって手を伸ばそうとしたんだ。

 しかし、それもまたピエロによって制される。


「おっとと! 鳥ッ! 動かない方が良いぞ!! 爆弾に繋がれてる間に少しでも動いてみろ! それもまたドカーンッだ!! お前は大人しく仲間が殺られるのを黙ってみてろ!! ケケ!! セイギくん、お前にも忠告しておく! お前が剣でコイツにくくりつけた糸を切ろうとしても、それもドカーンだ! 俺は審判としてちゃんと見てるからな! ルール違反は許さない!! ルール違反を犯した瞬間に、俺はすぐに爆発させるぞ!! 分かったな?」


「………」


「何だ? 分かったか? 答えろよ?」


 セイギはピエロの問いに答えない。ただ、空へと上がっていくボッズーを見詰めて拳を握るだけ。

「………」

 セイギは今すぐにボッズーを助ける方法を思案しているんだ。だが、思い付く全ての方法が自分自身に否定される。


 ― 何かある筈……何かある筈なのに、俺は馬鹿だ……何も思い付かない


 ピエロが課したルールに乗る以外は、爆弾が爆発する未来しか見えなかった。


「セイギ……ダメだボズ、ピエロの言う事を聞くな……」


「バカ鳥ッ! お前は喋んな!! 俺はセイギくんに聞いてんだよ!! ケケ!! おい、ガキセイギ! お前は英雄なんだろ? だったら正々堂々勝負に勝ってお友達を助けろよ!! それが英雄ってもんだろ? ケケケ!!」


「ちきしょう……」

 セイギの答えは決まった。でもそれはピエロに煽られたから出した答えじゃない。『ボッズーを助けるにはどうしたら良いか……』と考えに考えて出した答えだ。

「……分かった。やるよ……その代わり、俺が勝った時は本当にボッズーを解放してくれるんだな?」


「ケケケ!! あったり前だろ!! じゃないとルールを作った意味がない!! ケケケ!! さぁ、ガキセイギ! 剣を出せ!! 勝負開始のゴングを鳴らすぞ!! さぁ両者、見合って、見合ってぇ……のこった!!」


「………ッ!!」

 セイギは腕時計の文字盤から大剣を引き抜くとデカギライに向かって走り出した。


「ケケケ!! せいぜい頑張れよ!! ケケケケケケケケ!!」

 ピエロは煙となって消えていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る