第6話 勇気の心を武器にして 12 ―勇気の心―
12
ガキセイギが現れ、デカギライを連れ去るまではあっという間の出来事だった。
そして、ガキセイギが飛び立った後、いつの間にか勇気は警察署の前からいなくなっていた。
「桃井、今何か言ったか?」
「え? 何も」
「本当か? 今誰かが俺に話し掛けてきた気がしたんだが……」
「ううん、私は何も言ってないけど。空耳じゃない?」
「空耳? 空耳……か……」
「うん、それより急ごう。せっちゃんに追い付けないよ!」
「あ……あぁ」
愛に牽引されて勇気は走り出した。
そうだ、勇気はセイギがデカギライを連れ去った後の混乱に乗じて、警察署の前から抜け出していたんだ。
(恐らくもう少し勇気が動き出すのが遅ければ『事情を聴かせてくれ』という感じで警官達に呼び止められていただろう)
そして愛と合流すると、勇気はセイギを追い掛け始めた。
しかし、勇気は何故セイギを追い掛けるのだろう。町を出てセイギと離れ離れになろうと決意していた筈なのに。
― 何故なんだ……何故。俺の体は衝動に突き動かされて、あの時勝手に動いた。そして……今もだ。何故俺は走っているんだ……何も出来ない男なのに
勇気の中にも明確な答えはなかった。そして、勇気は自問自答の中で、ある疑問を浮かべていた。
「もしかして………この衝動……父さんの言葉の意味って、もしや……」
― 『恐怖心が無ければ恐怖を感じる人達を助ける為に"勇気の心"を燃やす事が出来ない』……この"3つ目の言葉"……この意味を石塚さんは、父さんは危険や恐怖に敏感だからこそ、恐怖に怯える人達の気持ちが理解出来た。そして、理解出来たからこそ『その人達の恐怖を取り除きたい』、『恐怖に怯える人達を助けたい』、『人々に恐怖を感じさせる悪人を捕まえたい』という気持ちに変えて《勇気の心》を燃やしていた……そう言っていた。でも、もしかしたら、この言葉には、もう一つの意味があったのでは……
それは希望を持った疑問。だから勇気は愛に問い掛けた。それは希望を持った問い掛けだ。
「桃井、君は何故正義を追い掛けている……」
「え? 何よ急に、勇気くんだってそうでしょ」
「いいから答えてくれ。君はまだ俺と同じ様に英雄の力を持たない筈だ。それなのに何故追い掛けている」
「何故って、そんなの決まってるでしょ? せっちゃんが心配だからだよ! それに私だってみんなを守りたいから!」
愛は『当然でしょ!』という感じで、空を飛ぶセイギを見上げながらそう答えた。
「守りたい……」
「そうだよ」
「だが、君はまだ変身出来ないだろ?」
「もう……だから何? そうだからって見て見ぬ振りをするの? 私はそんなの嫌だよ。さっきだってあのバケモノは警察の人達に酷い事をしたんでしょ? そんなの許せないよ! だから私は追い掛けてる! 変身出来なくたって、あのバケモノが暴れてる時に誰かを守る事は出来る筈だし! さっきの勇気くんも同じじゃなかったの? だからあのバケモノに向かって叫んだんじゃないの? 『やめろ』って」
「それは……」
「そうなんじゃないの?」
愛は立ち止まると、後ろを走る勇気に顔を向けた。
でも、この問いに勇気はハッキリとは答えられなかった。
「いや……それがまだ確証がないんだ。まだ分からない。だから俺は君に聞いている。君の言葉に納得する所はあるが、俺はあのバケモノが怖くて仕方がない筈なんだ……なのに俺は気が付けば叫んでいた……『俺を代わりに殺せ』と」
「それは、勇気くんがそれだけ強い気持ちで警察の人達を『守りたい!』って思ったからでしょ?もう……喋ってたら追い付けなくなるよ。話はここまでにしようよ?」
「あ……あぁ………いや、やはり最後に一つ」
「何よ……」
「桃井は死を怖いと思った事はあるか?」
「はぁ……」
愛の溜め息には怒気が籠っていた。『もういい加減にしてくれ』という感じだ。
「勿論怖いに決まってるじゃん!! 自分が死ぬのもそうだし! 他の人が死ぬのもそう!! だから私は走りたいの!! せっちゃんとバケモノを追い掛けたい!! 誰かが危ない目にあうかも知れないのを見て見ぬ振りはしたくないから!! そんなの絶対嫌だから!!」
愛は勇気に向かって怒鳴ると、『もう勇気くんの方は振り返らない。勇気くんがグズグズしてるなら私一人で行く!』そう思った。
愛は再び走り始める。
しかし、この後すぐ、愛はもう一度立ち止まる事になるんだ。
「…………そうか」
何故なら、勇気が呟いたから。
「そうだよな……そうなんだよな……怖いからだよな」
その呟きはとても小さい声。でも、愛の耳にはハッキリと聞こえた。
「え? 『怖いから』って何?」
愛は再び、勇気の方を振り返った。
「そうだよ……それで良いんだよな……やはり……やはりそうか……」
― やはり……父さんの"3つ目の言葉"には、もう一つの意味があったんだ。石塚さんが教えてくれた意味も、それもそうなのだろう。でも、もう一つ……もっと根本的。あの"心"は始めに恐怖心が無ければ生まれないもの……燃やせないものだったんだ。きっとそうだ……いや、今の俺ならば分かる。"確かに"そうなんだ………そう言えば、石塚さんが言っていたな。父さんは恐怖心を武器に変えていたと………
勇気の中で答えは決まった。だから勇気は問い掛ける。
「なぁ、桃井。もしかしてだか、君は持ってはいないか?俺の腕時計を………」
「え? 腕時計……?」
「あぁ……」
勇気は小さく頷いた。そして、その頷きを見た時、愛の瞳は輝き出す。勇気がもう全てを話す必要はなかった。この頷きだけで十分だった。十分に愛に伝わった。
「勇気くん………」
愛は制服の内ポケットの中から腕時計を取り出した。正義から預かっていた物だ。
「うん、持ってるよ! 勿論!! せっちゃんからね、これはやっぱり勇気くんの物だから渡してって頼まれてたの!」
「そうか……やはり君が持っていたか。何故だかそんな気がした」
勇気は笑った。久しぶりに勇気に笑顔が戻った。
「桃井、今の俺には何も出来ないかも知れない。そして、これからもそれは変わらないかも知れない。けれど、それでも俺はあんなバケモノを、バケモノを産み出す奴等を! 野放しにはしたくない! 俺も君と同じだ。怖いから……見て見ぬ振りをしたくない! だから……もう一度………俺がソレを持っても良いかな?」
勇気は、差し出された腕時計に手を伸ばした。
しかし………
愛が差し出した腕時計を勇気が受け取る前に、薄気味の悪い声が勇気に囁きかけた。
『お前が、希望を持つ事は許されない、お前の友は、恐怖なのだから………』
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