第6話 勇気の心を武器にして 4 ―すみませーーーん!ジャンボチョコソフトパフェくださーーい!―
4
「何でこうなった……」
勇気は蚊の鳴く様な声で呟きながら、虚ろな目で空を見上げていた。空には雲が一つ、ただ一人、孤独に大空を闊歩している。
「俺もあの雲みたいになりたい……」
「ん? 何か言った?」
その声に勇気は視線を落とした。目の前に居るのは勿論、桃井愛。愛はニッコリと笑っている。
「それを食ったら……俺を自由にしてくれと言っているんだ……」
「ふふん」
愛は笑っただけ。勇気の言葉に答えはしなかった。ただ笑ってイチゴパフェの苺をパクリと食べると、カフェのオープンテラスの中をキョロキョロと見回し
「すみませーーーん! ジャンボチョコソフトパフェもくださーーい!」
新たな注文を加えた。
「まだ食べるのか……」
―――――
「うぇっぷ……」
愛は吐きそうだった。何故なら彼女は大食漢ではないからだ。それなのに今注文したので5個目のパフェだ。
― まだよ……まだ堪えるのよ……私の胃!!
これは苦肉の策だった。勇気を引き留める為の……
何故、愛がパフェを食べまくっているのか、その説明には少し時刻を戻す必要がある。
ここからはほんの少し、愛の大奮闘の物語だ。
―――――
「ごめん……」
バッグが壊れて数秒後、愛は勇気に謝った。
その謝罪に勇気は首を振る。
「いや、良い。謝る必要はない。俺もやり過ぎた。それに昔から使っていた物だ。元から弱くなっていたんだろう……」
そう言うと勇気は立ち上がり、
「代わりの物を探すよ……」
……と、ガレージの横の倉庫と、二階にある物置を探し始めた。だが、見付かったのは勇気の母親が使っている派手なピンクのキャリーケースだけ。
「……仕方ない。町を出る前に余計な出費をしたくなかったが、買うしかないか」
探すのを諦めた勇気はそう言い出した。
この時までは愛もバッグを壊してしまった事への罪悪感で意気消沈としていた。だから勇気の「俺は家を出る。桃井も出てくれ」という言葉に素直に従ってしまった。
でも、家を出ると愛は思い出した。
『あっ! 勇気くんを止めなきゃ!!』
……と。自分がやろうとしていた事を。
「ちょっと待って!」愛は歩き始めた勇気を追い掛けた。そして、愛は勇気の説得を始めたんだ。しかし、勇気の足は止まらない。だから愛はついていく。
「せっちゃんが待ってるよ!」
「せっちゃんが勇気くんを求めてる!」
と言いながら。
でも勇気は「ついてくるな。やめろ。あっちへ行け」と冷たい言葉で答え、更に「それは正義の間違いだ。俺は本来なら英雄に選ばれるべき人間じゃなかったんだ。正義が俺を求めるのであればこそ、俺はアイツから遠く離れなければならない……」こう返すだけだった。
だけど愛も負けたくない。だから愛は「私はそうは思わない! 勇気くんは英雄になるべき人だよ!」と言い返した。でも、結局これも『それは正義の間違いだ』から「それは桃井の間違いだ」と言葉が少し変わるだけで効果無しだった。
そこで愛は考えた。『ぐぬぬ……負けて堪るか!絶対に勇気くんを止めてやる!! そうだ! 勇気くんは私達から離れなきゃいけないって考えてるって事は、私が絶対に勇気くんから離れなければ良いんだ! そしたら勇気くんも英雄を辞めるの諦めてくれるかも!!』と。
ここからが愛の大奮闘の始まりだった。
『勇気くんに何処までもついていく! 山を越えても、谷を越えても、河を渡り、吹雪に見舞われ、風に吹かれ、雷に打たれても、何処までも何処までもついていってやる!!』
………まぁ、山を越え、谷を越え……何て事は勇気はしなかったが。
しかし、どんな事があろうが愛は勇気についていく決意をしたんだ。
そして、愛は勇気について回り、
そして、パフェを食べまくる事になる。
家を出てからの勇気は愛を撒こうと急に走り出したり、迷路の様に入り組んだ裏道へと入っていったりした……だが、愛は不死身。どんな事を勇気がしようが愛は勇気に食らい付いていった。
その内勇気は疲れを見せ始め、愛を撒こうとするのは止めた。
「何なんだよ……勘弁してくれ」
と溢しながら。
その後の勇気は歩幅も小さくなり、愛は追い掛ける形じゃなく勇気の隣を歩ける様になった。
そのすぐ後だ、二人がカフェへと入る事になるのは。
その経緯はこうだった。
勇気が新しいバッグを何処に買いに行く気なのかは愛は分からなかったから、「何処に行くの? いつも行ってる所?」と聞いていると、二人はやっと住宅街を抜けて大通りへと出た。
その質問は勿論無視されて、愛は「もう!」とそっぽを向いた。
その時、二人は最近出来たばかりのカフェの前を通った。
『あっ……!!』
そのカフェを見た瞬間、愛は思い付いた。
「ねぇ勇気くん! ここ今度行こうかなぁって思ってた所なんだよね!! 行こうよ勇気くん!!」
それは勇気を止める為の新たな作戦だ。
愛は勇気をこのカフェに連れ込んで、勇気の足を止めようと考えたんだ。
愛がどうしてこんな事をしようと思ったかというと、勇気の隣を取れてからの愛は『勇気くんを諦めさせるのに一歩近付いた!』と思っていたが、その反面、ある不安を抱え始めていたのだ。
それは『勇気くんが本当にバッグを買っちゃったら、勇気くんの決意は揺らがなくなるんじゃ……』という不安。その不安は勇気が自分を撒くのを諦めて、伏し目がちで前も向かずに歩く姿を見て生まれた。その姿が"目指す店へと着実に足を進めている"という感じに愛には見えたからだ。
だから少しでも勇気の足を止めようと、愛は『カフェに行こう』と誘った。
勿論、この誘いに勇気が乗る訳はなく「行かないよ……」そう冷たく言い放って勇気は歩みを続けた。
だけど、やはり愛は力の強い女だ。愛は勇気の手を強引に取ると、これまた強引に勇気をお店の中へと連れ込んだ。
そして、「勇気くん! いっぱい食べようね!!」と色々な物を注文した。パフェは勿論、オムライスにジュース、パンに牛乳……
そして更に、「あっ!! 大変!! お金忘れちゃった!!」下手な芝居を打ってみた。勿論これは嘘で、会計の時に『あっ! 鞄の中に財布あった!!』と言い出すつもりだった。でも、何故愛がこんな嘘を言ったかというと、それは勇気がこの店から逃げ出さないようにする為だ。
料理が到着してからこんな事を言ってみれば、おそらく勇気は『仕方がない……俺が奢るよ』と言うのではないかと愛は考えた。『少し性格の悪い手段だな……』とも思ったが、愛も必死なんだ。
「何だと……金が無い? はぁ、仕方ない……俺が奢るよ」
流石、幼馴染み。その読みは当たった。
「じゃあ……これで払ってくれ」
「あっ! すみませーーーん!! チョコバナナパフェ追加でーーーッ!!」
「え………」
最初は勇気もお金だけを置いて店を出ようとした。だが、愛はそこでまた新たな注文をして勇気の足止めを謀った。
それでも勇気は何度か同じ事を繰り返したが、愛もまた同じ事を繰り返すので、暫くすると勇気は諦めた様子でグッタリと空を見上げ始めた。
そして、5個目のパフェだ。
―――――
さぁ、5個目パフェが到着した。
今日の勇気は愛の下手な芝居に気が付かなかった。理由はおそらく、栄養不足で頭が回っていなかったからだろう。だって勇気はほぼ二日もの間、水分しか取っていないのだから。
「桃井……いい加減にしてくれ。いつまで食べるつもりだ」
いつもの勇気なら、愛が小芝居をして自分の足止めを謀っていると気付いただろう。だが、今の勇気の脳には糖分が足りない。思考が鈍っているんだ。愛の芝居に全く気付かず、ただ愛が腹ペコとしか思っていなかった。
「それにさっきからパフェばかり食べているが、コレはどうするんだ……」
勇気はオムライスとパンの皿を人差し指でコンコン……っと叩いた。
「それは勇気くんのだよ!」
愛はニッコリと答える。
「俺の……」
「うん!」
「はぁ……いらないよ」
「えぇ! 何で? 勇気くんパン好きでしょ?」
「パンは好きだが……食べる気にならない。それに……何故オムライス」
勇気はオムライスを見るとどうしても今日見た夢を思い出してしまう。正義と出会ったあの頃を、思い出してしまう……
「う~ん……何となくかなぁ」
その問いに愛は軽い調子で答えた。
「何となく?」
「うん、何となく」
……と愛は言うが、オムライスを選んだのは全くのゼロからの発想ではない。
「あ……でも、ちょっと理由あるかも」
「理由……?」
「うん、ちょっと待って……」
そう言うと愛は鞄からメモ帳を取り出した。
「せっちゃんがね、勇気くんに伝えてくれって言ってた言葉があるの。それがその理由。『大事な言葉だ』って言うからメモしたんだけど……」
「正義が……俺に……大事な言葉」
「うん」
勇気はテーブルに肘をついた。悪態をつくつもりはないが、頭が痛かった。それは栄養不足のせいか、それとも『正義からの大事な言葉』というワードを聞いて妙な緊張を覚えたからか……
「えっとね……言うね」
「あぁ……」
「えっとね……」
愛は小さく咳払いをすると、勇気にちゃんと伝わる様にゆっくりと話し出した。
「『今度は俺が卵焼きで、お前がチキンライスだ』………だって」
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