第5話 俺とお前のオムライス 26 ―約束―
26
「
「止めろ赤井!! 分かった! 分かったから!!」
山田は突進してくる正義の体を押した。
「いいや分かってない!!
山田は焦っていた。……と言ってもさっきまでの焦りとは少し違う。今のは『分かった!』と言っても何故か突進を止めない正義に焦っているんだ。
「いや、だから! 分かったって言ってるだろ! だから来るなってぇ!!」
山田はまた突進してきた正義を押した。
今の正義は自動突進機だ。山田の言葉が全く耳に入っていない。正義からすれば、それ程今の山田の反応は意外なものなのだろう。だって山田は正義を押す度に、正義が突進してくる度に、笑っているのだから。今までの山田からは考えられない反応だ。
でも、山田と出会ってまだ日が浅い勇気の耳には山田の言葉は届いていた。そして今では
「正義くん、もう良いって!」
勇気も止める立場に回っていた。
「いんや! 良くない!!
「赤井!! 俺の話を聞けって!!」
「正義くん! 止まって!!」
三人はこんなやり取りをもう十回以上も繰り返している。だから勇気は強行手段を取る事にした。
「正義くん!!」
勇気はまたまたまたまたまたまた……………突進しようとする正義に駆け寄ると、正義の脇の下に両腕を差し込み正義を羽交い締めにした。
「止まって!!」
「うわぁ!!」
正義は羽交い締めにされてもまだ突進しようとしている。前進は封じられたが足は止まらず、犬が穴を掘る時みたいに土を掻いている。
「正義くん!! ちょっとぉ~~!! 止まれってぇ!!」
勇気は腕に力を込めて正義の体を持ち上げた。それでもまだ正義は止まらない。正義の足はバタバタと空を切る。
「勇気ぃ! 何で止めるんだぁ! やめろぉ~~!! 約束しろ~~!!」
「だから!! 俺は約束するって言ってるだろ!!」
……と山田が言っても、
「するなぁ!!! 約束しろい!!」
正義には別の言葉に聞こえてしまっているみたいだ。
「もう……何なんだよぉ」
勇気は嘆いた。
「マジで……」
山田もだ。
「………」
「………」
そして、同じ気持ちを抱いた者同士、二人は自然と見詰め合った。
「はは……」
「ハハ……」
そして、自然と二人は笑い合う。
勇気も山田も始めは小さな声で。でも、笑顔は一緒に笑い合える相手がいれば更に大きく膨らんでいくもの。
「ははは……」
「ハハハ……」
「ははははっ」
「ハハハハッ」
「はははははっ!!!」
「ハハハハハッ!!!」
二人の笑顔はすぐに大きな笑い声になった。そして、流石の正義も笑い合う二人を見て『何かが違う?』と気付いた。やっと正義の動きが止まる。
「え? なに?? なになになに??」
正義はお化けや宇宙人を目撃した時の様な顔をして二人の顔を何度もキョロキョロ。
「なんで二人とも笑ってんの??」
「ははっ! もう終ったんだよ正義くん!!」
そう言って勇気は正義を地面に降ろした。
「え? 終った?」
「あぁ、そうだ!! さっきから言ってるだろ、約束するって!!」
不思議そうな表情を浮かべた正義に、山田は近付いた。
「え?! なんてぇ?! 日本語しゃべれよ!」
「はぁあ? お前こそ、日本語分かれよ!」
どうやら正義はまだ山田の言葉が理解出来ないらしい。
「ははっ! 正義くん、山田が約束してくれるんだって!」
「え!! 本当に??」
勇気の言葉は通じるみたい。
「本当だよ! さっきからお前に何度もそう言ってんだろ!」
山田はそう言うが、
「え? なんてぇ??」
やっぱり正義には山田の言葉は通じない………そんなやり取りを三人がしていると、
「ヤマァ!!!」
篠原の声が聞こえた。その声はとても慌てている様子。その声の方に三人が顔を向けると、こっちに向かって篠原が走ってきていた。やっぱりその顔は慌てている。
「どうしたんだよ?」
山田が声を掛けると、篠原は『熊が町に降りてきた!』みたいな声を出しながら
「ヤバイよ! ヤバイよ! 先生がこっちに来てる! 桃井達も一緒だ、アイツ先生にチクったみたいだよ!!」
「えっ!!」
その言葉を聞いた瞬間、山田の顔が『ヤバイ!』と言った。
「マジかよ!!」
そして、山田は正義と勇気をチラリと見ると
「あ……あの、えーっと……」
何かを言いたげにモゴモゴと口を動かした。だが、
「あ……あぁ……ご、ごめッ!! じゃ、じゃあな!!」
結局ハッキリとは言葉にせず、篠原と共にその場を逃げ出した。
「お、おい! 山田! 約束するんじゃねぇのかよぉ~~!!」
結局山田は正義と勇気と正式に約束を交わす事はしなかった。でも、その日からの山田は、少し恥ずかしそうな顔をしながら
『なぁ、お前らってゲームとかやんの?』
と勇気と正義に話し掛けるようになったんだ。
………だけど、そんな交流も束の間、山田は数ヵ月後には家庭の事情で別の地域へと引っ越しをしてしまう事になるんだ。まぁ、それはまた別のお話。
「逃げちゃったよアイツぅ!」
正義は篠原を連れて走る山田の背中を見ながら口を尖らせた。
「ははっ! でも良いじゃない、約束してくれるって言ったんだし!」
勇気は嬉しそうにそう言うが、
「うーん……つか、それ本当なのぉ??」
正義はまだ納得していない。
「本当だよ! ははっ! それより、俺達もここから逃げた方が良いんじゃないかな?」
「え? あっ……確かにぃ!」
「このまま先生に見付かったら、俺達も怒られちゃうよね?」
「うん!! ヤバいよ!!」
だって相手は先生だ。先生からすれば子供の事情は関係ない。どっちが良い者、悪い者なんて見方はしない。いつだって喧嘩両成敗。子供に『喧嘩する事自体が悪い事だ!』と教えるのが先生の役目だ。
「逃げよう!!」
「うん!!」
勇気と正義は走り出した。
でも……二人はすぐに捕まってしまう。だって、二人が川原を上がって木々の合間を抜けた時、もう既に先生はそこに居たのだから。
そして、二人は学校に連れて行かれて、母親を呼び出され、それはもうこっぴどく叱られる事になるんだ。
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