第5話 俺とお前のオムライス 25 ―正義と勇気……そして、山田―

 25


 ガッ!!!!!


 二度目の拳を受け止めたのは正義だった。正義は地面を強く踏ん張り、両手で山田の拳を受け止めた。


「やめろ山田!! 約束しろっての!!」


「そうだ!! 約束してくれ!!」


「何なんだよ……何なんだよッ!!」


 山田は混乱していた。今までこんな喧嘩は無かった。今まではこっちが殴れば向こうも殴る。分かりやすいものばかりだった。しかし、今日のはそれとは違う。


「お前ら意味分かんねぇよ!!」


 山田は叫ぶと、捕らえられた二つの拳を海中で踠く様に振って二人の手から逃れた。そして、一歩、二歩、三歩と素早く後ろに下がる。

 でも、山田は逃げようとした訳じゃない。


「うおぉぉお!!!」


 新たな暴力だ。山田は下がった場所から今度は正義と勇気に向かって走り出した。

 今から何をしようとしているのか、それは山田本人にすら分からない。山田の脳はもう正常に機能しなくなっていた。殴るのか、蹴るのか……


 でも、その答えが出る前に山田の攻撃は阻止されてしまった。


「やめろ山田!!」


 止めたのは正義だ。正義は走り来る山田に向かってラクビーのタックルの様に突進すると、山田の腰に腕を回し、その動きを止めた。


 ― 何で!!


 山田は焦った。


 ― 拳ならまだしも、コイツが俺の体を!!


 山田と正義の体格差は大きい。山田は『チビの正義が俺の動きを止めるなんて!!』と驚いた。

 でも、それは山田が知らなかっただけだ。

 人が人を想う時、人は人智を超えた力を発揮する事を。


「何なんだよもう!!!」


 山田の焦りと混乱は、徐々に恐れへと変わっていった。

 小さな体で有り得ない力を発揮した正義に、何度殴っても諦めずに立ち向かってくる勇気に、山田は恐怖した。


「もうヤダよ!!」


 山田は自分の体に回された正義の両腕を掴むと、無理矢理その腕を外し、正義の体を押した。


「うわっ!!」


 正義は川へと落ちる。その全身はビョショビョショに。でも、正義は再び立ち上がる。そして、再び山田の動きを止めようと突進した。


「来るなって!!」


 山田はそんな正義を両手で押して撥ね飛ばす。

 すると、


「このぉ!!!」


 今度は勇気が来た。


「しつこいぞ!!」


 それを山田は撥ね飛ばす。そしてまた正義が来る。次にまた勇気が。

 二人は「約束しろ!」「約束してくれ!」と何度も何度も口にして。

 そして、それを山田が撥ね飛ばす。



 何度も……



 何度も………



 三人の攻防は続いた。



 何度も…………



 何度も……………



 繰り返し………………



 繰り返し…………………





 そしていつしか……………





 山田の恐怖は、笑顔へと変わっていた。


 ―――――


 何故山田は笑顔になったのだろうか。


 それは、何度も撥ね飛びされてビショビショになっているにも拘わらず、砂と泥まみれの体で突進してくる正義がミニチュアシュナウザーに見えたからか、

 それとも勇気の鼻血と土と砂と鼻水で顔面をグシャグシャにしながらも突進してくる姿が、端正な顔立ちと不釣り合い過ぎて下手なハロウィンのメイクに見えたからか、

 それとも何度も何度も正義と勇気を撥ね飛ばす自分が、相撲のぶつかり稽古の相手をする親方に思えたからか………

 その理由は山田すら分からない。


 でも、気が付けば山田は笑っていた。


 山田が大人になった時、もしもこの時の事を思い出す事があるのなら、きっと気付くだろう。

『自分が笑顔になった理由は正義と勇気の二人の間に強い友情を感じたからだ』……と。

 それは決して自分に向けられた物じゃなかった。けれど、二人の突進は二人の友情の証。その友情の証を何度も何度も全身で受けた山田にも、それが伝染しても可笑しくはない。


 山田は正義と勇気が嫌いだった。それは友達の多い正義に羨望と嫉妬をしていたから。それは刑事の父を持ち、裕福な家族が住むと言われている"町の北の方"に引っ越してきた勇気を『父親の功績を自慢するような顔をした、金持ちの気取った奴』と勘違いをしていたから。

 でも、山田はまだ小学二年生だ。いくら乱暴者でも性根までは腐ってはいない。

 二人の突進を受けている内に気が付けば山田の恐怖は消えていき、『二人を良い奴だ』と思っていった。そして『面白い二人だ』とも。

 それは正義に向けた羨望と嫉妬と、勇気への勘違いが浄化された証だった。


 そして、これもまた大人になった時に山田は気付くだろう。

『自分は本当はずっと、二人と友達になりたかったんだ………』と。

 何故なら、山田はずっと二人の事を考えていたから。『憎らしい、憎らしい』と。だけどそれは、本心を裏返してしまっていただけだったんだ。

 でも、これはまた別のお話。山田の話はまた今度だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る