第5話 俺とお前のオムライス 24 ―約束しろ!!―

 24


 橋の下に行くには、橋を渡って勇気の家へと向かう道に出なければならない。(まだこの時の正義は、その道が勇気の家へと向かう道とは知らないが。)

 そして、勇気の家へと向かう道に出て、道の脇に生えている木々の間を抜け、川原へと降りれば、やっと橋の下が見える。


「居たぁ!!!」

 川原へと降りた時、正義はすぐに二人を見付けた。山田が勇気に馬乗りになっている。

「コノヤローー!!!」

 正義の怒りはもう止められない。ギリギリと歯軋りをしながら全速力で山田に近付いた正義は、丸々と太った山田の大きな背中に飛び掛かり、歯軋りで研ぎ澄ませた鋭い歯で山田の左耳に思いっ切り噛みついた。


「うわッ!!」


 突然の痛みに驚いた山田は勇気に覆い被さる体を上げた。

「な、何だ!! 誰だ!! 痛い! 痛い! 離せ!!」

 背後からの突然の攻撃。山田はまだ何が起こっているのか分かっていない。でも、自分を攻撃する何者かを振り飛ばそうと体を左右に揺らした。

 その力は相当な物で、正義の体は振り子の様に揺れた。

 だが、正義の『友達を助けたい!』という気持ちも相当強い。どんなに激しく左右に体を振られても『離れてなるものか!』と必死に山田の体にしがみ続け、攻撃を続けた。


「うわぁ!! やめろー!!」


 正義の噛みつきはかなりの激痛なのだろう、山田の絶叫だ。

「ひぃ……ひぃ……離れろ! 離れろよ!」

 山田は『振り落とそうとしても無理だ』と判断したのか、今度は自分の肩にしがみつく正義の手を剥がしにかかった。


 しかし、正義の抵抗は続く。正義は指が1本剥がされても、また次の指が剥がされる時には、先に剥がされ指で再び山田の肩を掴み、山田の背中から離れやしなかった。


 だがしかし、正義はここまでずっと全速力で駆けて来た。自転車でも、己の足でも。スタミナの残量はもうあと僅か………

「くっそっ!!!」

 嗚呼、駄目だ。正義の指の力が弱まってきた。剥がされた指を再び山田の肩に持っていっても掴む事が出来ない。指に力が入らないから滑ってしまう。

「あっ!!」

 そして遂に、正義は地面に落ちた。


「テメェ!!! 誰だぁぁぁッッッッ!!!」

 正義が落ちると、山田は闘牛が如く唸り、後ろを振り返った。

「あぁぁぁッッッ!!!」

 振り返った山田の顔は怒りで真っ赤になっている。鼻息も荒く、拳はプルプルと震えている。

「お前かぁ……お前だったのか!! 赤井!!」


「うるせぇ!! 呼ばれて飛び出てジャジャジャジャンってヤツだぜ! お前が呼び出したのは始めから俺だろ!!」

 正義は山田に向かって挑発する様に指を差した。その挑発は山田の怒りにより火をつける。


「なんだとこの野郎ッ!!」


 山田は大きく足を振り上げると、倒れる正義目掛けて振り下ろしてきた。小さな正義と巨漢の山田、山田が体重を乗せて振り下ろす蹴りをまともにくらえば正義はひとたまりもないだろう。病院送り確実だ。


 しかし、小さな正義と巨漢の山田、力で言えば山田にがある。しかし、素早さで言えば正義の方に分があるんだ。


 正義は山田が足を振り下ろしてくると、素早く地面をゴロゴロと転がり、山田の蹴りを避けた。

「エイっ!!」

 そして素早く立ち上がる。今度は正義の番だ。正義は立ち上がると急いで山田の後ろに回り込み、

「オリャ!!」

 山田の股間に向かって右足を振り上げた。


「うげぇッ!!」


 男の股間は蹴ってはいけない。いや、男女問わず。何故なら、『神よ、何故自分は生まれたのか?』と問い正したくなる程の激しい痛みが股間の一点に集中し、『この世の全ての不幸をその身に纏ってしまった……』と錯覚する様な気持ちに陥るからだ。股間への一撃は体にも心にもダメージを与える最悪の攻撃なのだ。


「うぅ………」

 山田は呻きながら、もんぞり打って前のめりに倒れた。


「一生そこで倒れてろ!!」

 正義は山田が倒れた事を確認すると、

「勇気! 大丈夫か!!」

 急いで勇気に駆け寄った。


「う……うん……」

 勇気は正義の呼び掛けに小さく頷いた。だが、勇気の端正な顔は鼻血で真っ赤に染まり、痛ましい。


「ひでぇ……痛ぇなぁ、痛いよな、勇気」

 その姿を見た正義は、悔しさと悲しさで涙が溢れ出そうになった。


「ははっ……正義くん」

 今にも泣き出しそうな顔をした正義に勇気は笑った。

「……大丈夫。このくらい平気さ」

 そう言って勇気は起き上がった。でも、どう見ても『平気』には見えない。 

 でも、勇気は気丈に振る舞う。

「それよりも……正義くん、何で君は来てしまったんだ。折角、俺一人で山田をやっつけてやろうと思っていたのに。手柄が失くなるじゃないか」


 そう勇気はうそぶくが、正義は首を振った。


「なに言ってんだよ。分かってるって、勇気は俺を守ろうとしてくれたんだろ? スゴいよ! 勇気はスゴい奴だよ!」


「そんな……守ろうだなんて」

 ……と勇気は否定しようとしたが、正義の顔を見ると『もう照れ隠しの意味がない』と分かった様子だ。だから勇気は笑った。照れ隠しで笑った。

「……ふふっ、そっかバレてるなら仕方ないね。でも、正義くんだってスゴいよ。たった一人で助けに来てくれた……」


「へへっ! 俺は勇気の真似をしただけだよ! 勇気はスゴい奴だ!! "勇気"のある奴だぜ!!」


「ははっ! "勇気"が"勇気のある奴"……か!! 面白い事言うね!」


「駄洒落じゃねぇよぉ! 本気だ!!」


 まるで二人は戦いが終ったかの様に思っていた。正義も勇気もお互いを助けられたと思っていた。


 だけど、違う。山田はしぶとい奴だった。


「お前ら、何楽しそうに喋ってんだ!! まだ終ってないぞ……」


「………ッ!!」


「…………!!」


 正義と勇気の二人が山田の方見ると、山田は脂汗を垂らしながら鼻息荒く立ち上がり、二人を睨んでいた。


「赤井!! よくもやりやがったな!! やっぱりお前は邪魔な奴だ!! 俺の思い通りにならない邪魔な奴!! 篠原も馬鹿だッ!! 誰も来ないように見張ってろって言ったのに!!」


「うるせぇ! なにが邪魔だ!! 始めからお前の相手は俺だったんだろ!!」


 勇気の真横に座っていた正義は立ち上がり、勇気と山田との間に進むと、両手を大きく広げた。勇気の盾になるつもりなんだ。


「勇気、お前はもう逃げろ!! 山田、こっからは俺が相手だ!!」


「あぁ……そうしてもらおうか!!」


「ダメだ!!」


 勇気が叫んだ。そして勇気は立ち上がり、正義に並び立つ。目眩がするのか、頭を押さえて苦しそうに。


「ダメだよ正義くん……俺は山田と殴り合いをしに来たんじゃないんだ。俺は山田に約束をしてもらいに来たんだ……」


「約束??」


「うん、正義くんにはもう手を出さないって約束だよ。元はと言えば山田と俺の喧嘩だからね……それに、そうじゃないと続くでしょ? いつまでもいつまでも嫌な事が。俺は嫌なんだ、友達が傷付くのが。だから……約束してくれ、山田。正義くんには手を出さないって……」


「するかよそんな約束!!」


 山田は勇気の言葉を吐き捨てた。


 だが、その言葉は正義には刺さる。


「そっか……そうだったのか。勇気、やっぱお前はスゲー奴だな。俺はコイツをブン殴る事しか考えてなかった。約束なんて、そんな賢い事は考えてなかった」

 正義は一歩前に出た。

「だったら俺も約束だ! 山田!! 勇気に謝るって約束しろ! 勇気の父ちゃんを馬鹿した事を謝るって約束しろ! もう父ちゃんを馬鹿にしないって約束しろ!! 勇気を殴った事を謝るって約束しろ!!」


「何なんだよ! 赤井まで!! 約束なんてしない!!」


「うるせぇ! 約束しろ!!」


「しねぇよ!!」


 山田は振り上げた拳を正義に目掛けて振り下ろした。


「やめろッ!!」


 しかし、勇気が躍り出る。


「やらせない……正義くんは殴らせない!!」


 山田の拳を掴んだ勇気は、鋭く山田を睨む。


「何なんだよお前ら!!」


 山田は捕らえられた方とは反対の拳を勇気に向かって振り下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る