第5話 俺とお前のオムライス 23 ―勇気が危ない!!!―

 23


「勇気からそんなの聞いてないよ! 愛、なんで早く言わねぇんだ!!」


 正義は吠えた。


「だって、青木くんがせっちゃんには言わないでって言ったから……それに私はてっきり、青木くんの方から聞いてるって思ってたし」


 愛は伝えたんだ。山田が正義を呼び出そうとしていた事を。そして、勇気から口止めをされていた事を。


「だからって本当に言わないのかよ!」


「だって……」


「仕方ないだろ正義、桃井さんは黙ってろって言われたんだから。ねぇ、桃井さん?」


 正義の激しい吠え声から愛を庇ったのは隆だ。山下に行っていた紋土と拓海も、駄菓子を食べながら『隆に同意』と頷いている。


「うるせぇ! カッコつけんな! お前ら友達が心配じゃないのかよ!」

 正義は三人を睨みながら跨がっていたパンダから降りた。


「せっちゃん、黙ってた事は謝るね。でも、それよりも青木くんの塾って本当なのかな?青木くん、せっちゃんに伝えるって私に嘘ついて、その後に"急に"せっちゃん達と遊ぶのも断るって、何か私、嫌な予感がするの……」


「そんなの嘘に決まってんだろ! アイツ、俺の代わりに一人で行ったんだよ!」

 正義は愛が言いたかった事を既に理解していた。だから吠えていたんだ。そして、悠長に構えている友達に苛立った。

「拓海、自転車貸してくれ!!」

 正義は拓海に向かって手を伸ばす。正義達四人の中で自転車に乗ってきていたのは拓海だけだ。


「良いけど、正義どこに行くつもりなの?」


「そんなの決まってんだろ! 勇気を助けに行くんだよ! 山田の野郎、俺が来ないっての知ったら絶対に勇気に手を出す!! アイツ、このままじゃ酷い目にあっちゃうよ!!」


「それじゃあ先生を呼んだ方が良いんじゃない?」

 正義に意見をしたのは愛の友達の果穂だ。彼女も愛を追いかけてパンダ公園に戻っていた。

 でも、今の正義では人の意見に聞く耳を持たなかった。


「そんな暇ないって!! それに、勇気は俺を守ろうとしてくれたんだ!! だから俺の代わりに行ったんだよ!! だったら俺が助けに行かないと!! 勇気はスゴい奴だよ!! スゴい奴の友達なら、俺もスゴい奴にならないと!!」

 正義はそう言うと拓海から鍵を受け取り、走り出した。


 何故、正義は勇気を『スゴい奴だ』と言うのか、それは、今まで正義の友達は皆山田を恐れる事しかしなかった、それなのに勇気は、たった一人で山田と戦いに行った。それも、自分の怒りをぶつける為じゃない。正義を守る為だ。

 だから正義は勇気を『スゴい奴だ』と思った。そして、嬉しかった。そして、『自分も友達を守る為に行動出来る男になりたい』そう思った。


 だから正義は走る。走るんだ。


 ―――――


 正義は全力で自転車を走らせた。立ち漕ぎで、一度も休もうとせずに全力で。

 公園を出た時に見た時刻は16時15分くらい。山田の呼び出しは16時。自転車を走らせ始めた時点でもう15分も過ぎていた。


 ― このままじゃ勇気が殺されちゃう!!


 正義は焦った。

『子供の喧嘩で殺されるなんて……』と大人は言うかも知れない、でも子供である正義は本気でそう思っていた。


 ― 急がないと! 急がないと!


 小川橋は町の北側にある。パンダ公園は南側だから、橋に向かうには町を突っ切って行くしかない。

 だから正義は休まず進んだ。町の中心部を通り、ピカリマートの前を駆け抜け、小学校の真横を通ると、正義は更に右に左にと自転車を走らせた。すると、遂に小川橋が見えてきた。


「あの野郎!!」

 橋の上には山田らしき姿も勇気らしき姿も見当たらない。だけど、正義から見て橋の向こう側、そこには篠原の姿があった。

 篠原は正義が来る方向に体を向けながら、橋の柵の横に立ってボーッと空を見詰めている。

「篠原ぁ!!!」

 正義は篠原に向かって叫んだ。


 空を見ていた篠原は正義の声を聞くとパッと顔を下ろした。その口は『あっ!』と開く。まだ遠くて篠原の声は聞こえないが、『あっ!』と言っているに違いない。


「勇気はどこだぁ!!」

 正義は更に叫んだ。そして更に自転車の速度を上げて一気に橋に近付くと、自転車を橋の前に止めて今度は両足で走り出す。

「篠原ぁ!! 山田はどこだぁ!!」

 叫びながら篠原に詰め寄った正義は、篠原の胸倉をむんずと掴む。


 正義の登場に驚いた篠原は、逃げるか何かしようとしたらしいが、正義の素早い行動になす術がなく正義に押し倒される形で尻餅をついてしまった。


「山田はどこだぁ!! 勇気はどこだぁ!!」

 そんな篠原に乗り掛かる様にして正義は叫んだ。


「知らない!! 知らないよ!!」


「知らばっくれるな!! 本当の事を言え!!」


 もしこの時に周りに誰か他の人が居たのならば、正義が悪役と思われてしまっただろう。それくらい正義の勢いは激しく、表情は鬼の形相だ。


「知らない! 知らない! ヤマァも勇気もどこにもいないよ!!」


 篠原はシラを切った。でも篠原の嘘はすぐにバレる。何故なら……


「約束をしろ!! 約束すると言え!!」


「言うか!! そんな約束はしない!!」


 正義と篠原の争いとはまた別の争いが、すぐ橋の真下でも行われているから。


「え? 今の声って……」

 二つの声を聞いた正義はすぐに気付いた。

「勇気と山田か? ………そうか!!」

 正義は篠原の胸倉から手を離し、走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る