第5話 俺とお前のオムライス 21 ―正義くんを巻き込むな!―

 21


 勇気は、自室の勉強机の上に置かれた時計を見ていた。

「そろそろ……時間か」

 時刻はそろそろ16時になろうとしている。勇気は椅子から立ち上がり、部屋を出る。

 今日は塾なんて無い。勇気は正義に嘘をついたんだ。


 部屋を出た勇気はそのまま家を出て、ある場所へと向かった。その場所は勇気の家から徒歩5分、一昨日山田が待ち伏せをしていた橋だ。


 ― 居た……


 橋に着いた勇気は声にせずに呟いた。橋の向こう側には、勇気に背を向けて二人が立っている。篠原と山田の二人が。


 ― アイツら……許せない


 勇気はまた声にせずに呟いた。

 ゆっくりと拳を握り、ゆっくりと橋を歩いて行く。

 山田の丸い背中を見ると、沸々と怒りが湧いてくる。まだ山田も篠原も勇気の存在に気付いてはいない。


 ― このまま殴りかかるか……


 勇気は考えた。でも、


 ― いや、違う。そんな事をしに来た訳じゃない……


 勇気は怒りに身を任せて行動しそうになった自分を律した。


 ― 俺がこの行動を選んだのは、山田に約束してもらう為なんだ……大事な友達を、俺と山田の下らない喧嘩に巻き込ませないって……


 勇気は昨日、篠原から聞き出した。桃井愛に何を指示したのかを。


『明日の4時(16時)赤井正義に小川橋まで来いって伝えろ』


 この言葉を聞いた時、勇気はピンと来た。『山田は正義くんに危害を加えるつもりだ……』と。山田が乱暴者だという事は勇気は既に知っている。そんな奴が仲良くもない相手を呼び出す理由は限られている。脅しか、恐喝か、暴力だ。

 この予想を桃井愛も同様にしていて、だから彼女は篠原の指示を拒否していたんだ。

 勇気は思った。『正義くんを俺と山田の問題に巻き込んでしまった……』と。


 だから勇気はここに来た。正義の代わりに山田との決着を着けようと……


 ―――――


 勇気が自分の予想が当たっていた事を知ったのは、山田を振り返らせた時だ。

「正義くんは来ないよ……」

 山田と篠原の真後ろに立った勇気が喋り掛けると、二人は振り返った。


「何でお前が……」


 振り返った山田の瞳の中には怒りと憎しみが見えた。鼻息も荒く、その顔は闘牛士に煽られている牛の様。今にも掴みかかって来そう。

 だが、勇気はそんな山田には負けない。毅然とした態度で勇気は言った。

「だから、正義くんは来ないよ。代わりに俺が来た」


「なんだと!!」

 山田は吠えた。そして勇気の胸倉を掴む。


「やっぱりその態度、正義くんを呼び出したのは『仲良くなろう』とかそんな事を言う為じゃないみたいだね」

 勇気は自分の胸倉を捻り上げる山田の太い手首を掴んだ。

「本当は俺に怒ってるんだろ? だったら正義くんを巻き込むな」


「なんだと!!」


「それしか言えないの? だったら俺は喋るよ。正義くんと君は元々仲が悪いみたいだけど、今日呼び出したのは俺のせいだよね? 昨日のドッヂボールのせい? それとも、俺と正義くんが仲が良いから?まぁ、どちらでも良いや。どちらにしろ君が卑怯者だって事には変わりはない」


「なんだと!!」

 山田のスイッチが入った。山田は勇気の胸倉を掴んだまま、勇気の体を橋の柵に向かって押した。


「だってそうだろ? 何故、正義くん何だ? 俺で良いじゃないか、俺がムカつくなら。でもそうしないのは、君は正義くんになら勝てると思っているからだ。クラスで一番大きな君が、背の小さい彼を苛める。それが卑怯者じゃなくて他に何て言うんだ」


「うるせぇ! だったらお前をボコる!」


「うん。俺はどうされようが良いよ。俺はその為に来たんだから。君に殴られようが知らない。俺は君に、俺の大事な友達に手を出さないって、約束してもらいに来たんだから」


「約束? そんな事するかよ!!」

 勇気を柵まで追い詰めた山田は、怒りで顔を鬼の様に歪ませて勇気に向かって吠えた。


 だけど勇気は負けない。怯えを一欠片も見せる事なく、山田に立ち向かい続けた。


「してよ。約束してくれるなら、俺は何をされたって良い。約束をしてくれ。俺の友達には絶対に手を出さないって」

 だけど、勇気の心の中に恐怖が無い訳じゃない。勇気は怖かった。暴力が怖くない人間なんていないのだから。でも勇気は、殴られようが何をされようが、それでも友達を守りたかった。友達を失う方が怖かったから。


「うるせぇ! お前の言いなりになるかよ!!」


 山田は勇気の願いを拒否した。


「こっちに来い! お前と決着を着ける……」


 山田はそう言うと胸倉を掴んだまま強引に勇気を引っ張り、歩き始めた。その後ろを篠原が付いてくる。


 ―――――


 勇気が連れて行かれたのは橋からそう遠くはない場所、いや橋の真下だ。

 橋の下は幅2m位の川が流れていて、その両脇にはほぼ同じ幅の川原がある。

 その川原の上に勇気は投げ付ける様に手放され、勢い良く倒れた。


「うっ……」


「ふっ……調子に乗りやがって」

 思わず声を出した勇気を山田は鼻で笑うと、勇気の腹を思いっ切り踏みつけた。


「うわっ!」


「ははっ……格好付けた事言いやがって、英雄の息子だからか? 負け犬の英雄の!!」


「何とでも言え……そんな言葉、俺はもう気にしない。俺はお前に何て言われたって良い。でも、友達だけは……傷付けてもらいたくない。約束してくれ」


「するかよ!!」

 山田は勇気の腹から足を上げると、今度は勇気に覆い被さる様に乗っかり、勇気の顔面を殴った。

「誰がそんな約束するか!」


「しろ……してくれ」

 殴られても勇気は諦めない。


「しないって!!」

 山田は何度も何度も勇気の顔面を殴った。


「してくれ……してくれよ……正義くんは俺の友達なんだ……」

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