第5話 俺とお前のオムライス 16 ―俺とお前のオムライス―

 16


 試合開始から15分後、勇気と山田の戦いは続いていた。しかし、試合は進まない。二人の戦いは荒々しいキャッチボールでしかなかったからだ。


「ハァ……ハァ……」


 勇気の呼吸は荒れていた。山田の豪速球を受け止める度に勇気の体力は大幅に削られていった。勇気は分かっている。『自分の体力の限界は近い……』と。


 ― どうしよう……このままじゃ負ける……


 山田を見れば奴も呼吸を乱していた。しかし、『俺よりかはまだ余裕がありそうだ……』勇気はそう感じた。

 実際、顔を歪めて苦痛に耐えている勇気とは反対に山田はまだ嫌な笑みを保っていた。

 勇気が顔を歪める理由は体力の消耗ともう一つ、それは腕の痛みだ。山田の力は強い、勇気は山田が投げる豪速球を受け止める度にその衝撃をくらっていた。今ではビリビリと痺れる様な痛みが腕全体に広がっている。


 ― この腕じゃもう……アイツが投げたボールを受け止める事は出来ない……


 今、ボールの支配権は勇気が握っている。


 ― この一回でどうにか倒さないと……でも、どうしよう……


 勇気がそう考えていると、突然


「腹減ったな!! オムとライス!!」


 誰かが叫んだ。

 甲高くてキンキンとした声、その声が誰か勇気はすぐに分かった。


「正義くん……?」


 勇気が外野に視線を移すと、正義は勇気から見て向かって右側に居た。そして正義は、勇気の顔を強く見詰めている。


「オムライスが食べたい! オムとライス!! 勇気が卵焼きで、俺がチキンライスだ!!」


 そう言って正義はニカッと笑って、ゆっくりと山田に向けて視線を動かした。


「オムライスってさぁ、卵焼きだと思ったら、後からチキンライスが出てくるんだよなぁ! 驚くよなぁ~~! なぁ勇気! 驚いてもらおうぜぇ!!!」


 訳の分からぬ言葉……

 この言葉に男子達は大きな声で笑った。訳が分からないが正義がギャグを飛ばしたと思ったのだろう。山田でさえも『なに馬鹿な事を言っているんだ?』という様な呆れ顔で小さく笑っている。

 先生も「赤井君、今日の給食はカレーの筈だぞ! オムライスは来週だ!」と笑った。


 だけど、勇気は違った。正義の言葉の"訳"を勇気だけは理解していた。


 ― 俺はいつの間にか、戦っているのは俺一人だと思い込んでいた。でも違う。そうだね正義くん……これはチーム戦だ。俺には仲間がいる。仲間と一緒に勝ってこそ、本当の勝利だ!!


 まだ皆が笑いの渦に居る中、勇気は再び陣地のラインギリギリまで下がると山田を指差した。


「勝負だ山田ぁ!! 行くぞ!!!」


 勇気は山田に向かって叫ぶと、一気に走り出した。両手にボールを抱え直し、力を込める。そして、山田に向かって思いっ切り投げた………………いや、違う。

 誰もが皆、勇気は山田に向かってボールを投げたと思った。しかし、そのボールは山田じゃない。

 正義に向かって投げられたものだった。


 それを読んでいたのはただ一人、赤井正義だけだ。


「へへっ! 決めるのは俺だ! 行くぜ! 決めるぜ!!」

 ボールをキャッチした正義は素早く動いた。正義は勇気からのパスが来る事を知っていたから準備万端だ。一秒の間も無く正義は攻撃に移る。

「とうッ!」

 正義はボールを持った方の手を大きく振り上げ跳び上がった。そして、ハンドボールのシュートが如く山田に向かってボールを投げた。

「オリャーー!!!」


 そのボールは正義の小さな体から放たれたとは思えないくらいの豪速球で山田に向かって飛んでいく。


「何ッ!!!」

 勇気のボールが自分に向かってくるものとばかり思っていた山田は、まだこの状況に対応出来ていなかった。山田は急いで体を捻り、正義の方を向く。その左の太股に……


 バンッッ!!


 強烈な衝撃がぶつかった。


「うげぇぇッッッ!!!!」


 山田は短パンからはみ出た極太の太股を真っ赤に染めて、砂利が敷かれた校庭の上に崩れる様に倒れた。

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