第5話 俺とお前のオムライス 15 ―勇気の顔は真っ赤に染まる―
15
試合が開始されてから約10分後、審判をしている先生が首から下げた笛を鳴らした。
「危ないぞ、山田君! 高く投げ過ぎだ! 気を付けなさい!!」
「はぁい」
山田は気のない返事で気だるそうに空を見ている。『自分は何も悪くない』そう言いたげな顔をして。
「青木君、大丈夫かい?」
「はい……全然」
勇気は真っ赤になった頬を右手で擦った。
「本当か? 無理するなよ?」
「はい……大丈夫です。それより……」
勇気は心配そうな顔をする先生に近寄ると両手を差し出した。
「顔面だから、ボールは俺達のチームの物になりますよね?」
「うん……そうだね。ボール、Aチームへ移動!!」
先生は勇気にボールを手渡すと、右手を上げて男子生徒全員に聞こえる様にコールした。
「はぁ……」
勇気はやっと手に入ったボールをダムダムと二回、ドリブルさせた。
試合開始から10分、勇気や正義のチームで生き残っているのはもう既に勇気一人になっていた。崖っぷちで手に入ったボール、無駄にする訳にはいかない。勇気は『誰を狙おうか……』と慎重に相手チームを見た。
― クソ……アイツ笑ってる
山田に視線を向けると、奴はニヤニヤと笑っていた。
勇気がボールを手に入れられた理由、それは俗に言う『顔面セーフ』だ。それは『ボールが顔面に当たった場合は、ボールをキャッチ出来なくてもアウトにはならず、ボールの支配権は当てられた者のいるチームへと渡る』というルールだ。
― やっぱり今のは……
ニヤついた山田の顔を見た瞬間に勇気は勘付いた。山田がわざと顔面を狙った事を。
―――――
試合開始後、山田はすぐに作戦実行に向けて動き出した。その作戦は何か、それはとても単純だ。『ドッヂボールを利用して、気取った青木の顔をボコボコにする』……これだ。
この作戦を実行する為に山田は『まずは青木以外の敵を全て潰そう』こう考えた。
そして、山田は体重をかけた豪速球で敵を次々にアウトにしていった。
10対10で始まった試合は、内野6外野4の体制で始まったのだが、試合開始から5分後、残る敵はあっという間に勇気と正義だけになった。
山田の中で勇気が最後の二人に残るのは想定内。だが、正義は違った。
『アイツはいつも俺の邪魔をする……早めに潰す』
山田は試合開始前、そう考えていた。
山田と正義は小1の時に出会って以来、何度も喧嘩をしていた。それまでの山田は己の腕力でどんな相手も従わせ、屈服させてきた。いや、小学校に入学してからもそうだ。今日だってそう。
でも、どんなに拳を振り上げ脅しても、正義は山田に屈しなかった。そしていつしか山田は、正義を"邪魔者"として扱い、接する事を避けていた。『俺の思い通りにならない奴』と思っていたからだ。だから山田はそんな"邪魔者"を早めに潰そうとしていた。
だが、やはり正義は『山田の思い通りにならない奴』だった。
体の小さな正義は、その分ちょこまかと素早くて、山田の豪速球を自陣を駆け回り何度も何度も避けたんだ。
山田が『同じ奴を狙い続けても体力を無くすだけだ……』と考えを変えて、他の奴に狙いを変えてアウトにしても、その分正義が走り回れる広さを山田自身が空けてやるだけだった。
そして試合開始から5分後、遂に正義をアウトにしなければならない時が来た。
山田は正義を鋭く睨みながらボールを投げた。だが、やはり正義は避ける。
しかし、正義が避ける事は山田にとっては有り難い事でもあった。何故なら、正義が避ければボールはすぐに外野に渡り、そのボールは敵に渡る事なく再び山田へと戻ってくるからだ。だから正義を倒すチャンスは何度も訪れた。
因みに、ボールを捕えた外野が何故勇気や正義を狙わずに、すぐに山田にパスを渡すのかというと、それは山田からの脅しがあったからだ。
山田は試合開始前、仲間と円陣を組むフリをして仲間達に指示を出していた。
『ボールは全部俺の物だ。ボールを持ったら全部俺に渡せ』と。
それから約5分後、山田はようやく正義をアウトに出来た。ちょこまかと素早くても体力には限界がある。正義の走るスピードは段々と遅くなり、最終的には肩で息をする正義の脛に山田はボールをぶつけた。
そして、作戦は実行へと移される。
次に狙うのは勇気。山田は勇気の顔面に向かって豪速球を投げた……
―――――
ボールを手に入れた勇気は、相手チームを睨んだ。相手チームの内野に居るのは未だ試合開始時と同じ人数。
― 誰からいこうか……
勇気は誰から倒すか吟味しようと、相手チームのメンバー一人一人を見るが、どうしても"アイツ"が気になってしまう。
己の宿敵、山田の事が。
山田はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら勇気を見ていた。その顔は『ほら、俺を狙えよ!』と挑発してきていると勇気には思えた。
― そんな挑発に乗るか……
と勇気は考えた。だが、ふと思った。
― もし俺がアイツを狙って、このボールが受け止められてしまっても、アイツはまた俺の顔面を狙ってくるんじゃないか?そしたらまたボールは俺の所に………
そして、勇気は気付いた。山田の肩が上下に大きく動いている事を。
― 息が上がっている……そうか、アイツはこの10分間、一人でボールを投げ続けていた。それに正義くんのすばしっこさにも翻弄されて……
勇気の中で答えは見えた。
― 誰を最初に倒そうが、いつかは山田とも戦わなければいけない……それなら、今がチャンスかも知れない!!
勇気はダムダムとボールをドリブルさせながら、外野との境になるラインのギリギリまで下がった。
― やってやる!!
勇気はボールを両手で抱えると走り出した。山田は陣地の中央辺りに立っている。狙いやすい。勇気は力を込めて思いっ切りボールを投げた。
しかし、
「ヨッシャ!! ハハッ!」
やはり山田は強かった。山田は勇気の投げたボールを軽々と受け止めてしまった。ボールの支配権は再び山田の元へ。
― ちきしょう……
勇気は再び陣地内を下がった。山田は次にどう攻撃してくるのか。それは奴の顔を見れば一目瞭然だ。山田のニヤついた嫌な笑顔には『お前の顔面をボコボコにしてやる』と書いてあるからだ。
そして、勇気はもう気付いた。『山田の目的は試合の勝利には無い、それよりも俺を痛め付ける事にある』と。
だから勇気は構えるのを止めた。棒立ちだ。そして、勇気は自分の顔を指差した。『ここだろ?来るなら来いよ?』、そういう意味だ。『ボールをわざわざこっちに渡してくれるなら乗ってやる』勇気はそう考えた。
「クッソォ!!!」
山田は勇気の挑発にすぐに乗った。投げたボールはさっきまでよりも更に速く、勇気の顔面に激しくぶつかった。
「うッ!!」
『狙えよ』と挑発したは良いが、やはり山田の豪速球を顔面に受けるのはキツイ。勇気の視界はクラクラと眩んだ。
「山田ッ!!」
勇気が顔面にボールを受けると、審判をしている先生が笛を二回鳴らし試合を止めた。その顔には怒りがある。
「山田! 今のはわざとだな!」
「はい、挑発されたんで」
悪びれる事もなく山田は答えた。
「挑発されようが、スポーツにはルールがある! 青木!!」
今度は勇気の方に先生は顔を向けた。
「何故挑発した!」
「狙っているのが分かっていたから、だから」
「馬鹿野郎! 学校は喧嘩をする場所じゃないぞ! 勉強する場所だ! 君達はスポーツを通して勉強しているんだ! 体育も遊びじゃない! もしまたやったら、君達二人には教室に戻ってもらうからな!」
先生はそこまで言うと、再び笛を鳴らした。
「試合は続行する。ボールはAチームに移動、絶対にもうやるなよ……」
そう言って先生は、勇気にボールを投げ渡した。
「すみません……」
『先生の叱責は
― 確かに今の俺の考えは、卑怯な奴の手を利用する馬鹿な考えだったかも……これじゃ、俺はアイツと同じ場所に堕ちる。正々堂々とやらないと……
勇気は反省を胸にボールを構えた。
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