第5話 俺とお前のオムライス 11 ―俺は怖くない、だって!―

 11


「君はお父さんが亡くなって、次は……お母さんが又は妹さんが、もしくは自分が……そんな風に考えた事はないかい?」


「次はって……死ぬって事?」


「あぁ……」

 勇気は頷いた。その瞳は正義の瞳を強く見詰めている。

「思わないかい?」


「ううん……全然」

 正義は首を振った。

「勇気はそう思ってるの?」


「うん……」

 勇気は小さく頷いた。

「思っている……というか、そう思ってしまう……というか。ふとした瞬間に、そんな不安に駆られるんだ。君にはそんな時は無いかい?」


「ううん、全然」

 正義はまた首を振った。


「そうか……」

 勇気は俯いた。何故なら勇気は、期待していたから。『もしかして彼は、俺と同じ悩みから立ち直った人間なんじゃないのか?』と。もしそうなら、聞きたかった。『どうすればこの悩みから脱却できる?』と。それと『もし彼が悩んでいる最中であっても、悩みを共感し合える相手が出来る』という期待もあった。でも、正義の回答は『全然』だった。

「全然か……」

 勇気は今の質問をする前に、正義の父親の死因を聞いていた。正義の父親の死因は正義曰く『くもナントカ』、勇気は『恐らく、くも膜下出血だろう』と思った。『下で店の準備中に倒れて、次の日には死んじゃったんだ……』正義はそう悲しそうに語った。正義も勇気と同じく、父親との別れは突然だったんだ。だから、勇気の期待はより高まっていた。しかし、その回答は『全然』だった。

「不安は無いのか……君には……」


「うん。て言うか、逆に安心してる」


「え?」

 予想外の正義の言葉に驚いて、勇気は再び顔を上げた。正義の顔を見ると、正義は笑っている。

「安……心……?」

 勇気は意味が分からなかった。

「ど……どうして? 何故、安心を?」


 勇気がそう聞くと、正義は微笑む口をより大きく開いてニカッと笑った。


「へへっ! 俺さ、父ちゃんが死んでから毎日毎日泣いてたんだ。そしたらバアちゃんに怒られちゃってさ、言われたの『父ちゃんが見守っててくれてるのに泣くんじゃない!』って」


「見守っててくれる?」


「うん! バアちゃんが言うにはね、俺の父ちゃんいつも俺の後ろにいるんだって! 『守護霊様になってる』ってバアちゃんが言ってた。俺を守っててくれてるんだって! だから『泣いてないで強くなりなさい!』って、『これからはアンタが母ちゃんとはな)……』あっ、華って俺の妹ね! 『華を守らなきゃいけないんだから!』って!」


「守護霊……」

 勇気はどちらかと言うとオカルト嫌いだ。だから、勇気は眉をひそめる。


「うん! 守護霊! へへっ! だから俺は安心してんの! 俺たち家族は大丈夫だって! 俺は父ちゃんが守っててくれてるから大丈夫だし、母ちゃんと華は俺が守るし、んで幽霊って多分スゲー奴だから、多分母ちゃんと華の所にも分身して行ってると思うんだ! だから結局無敵なの!! へへっ!だからさ、勇気も勇気の母ちゃんも大丈夫だよ! だって、めっちゃスゲー父ちゃんが勇気と勇気の母ちゃん守っててくれるんだもん! 安心しろよ!」


『物凄い理屈だ……』と勇気は思った。だけど、勇気は自分の中にある不安感がスッと軽くなったのを感じた。

 それは正義の理屈が『変な理屈だな』と思うのに反して自然と勇気の中に浸透していったのか、それとも自分と似た境遇なのにも拘わらず快活に笑う正義の笑顔に励まされたからか、それは勇気本人にも分からなかった。

 だけど、その日を境に勇気は死への漠然とした不安……いや、恐怖を覚えなくなっていった。


「凄い屁理屈だね……それ」


「え? 屁? なに、お前屁ぇしたの?」


「え! してないよ! 違うよ!」


「えぇ~~クセェーー!!」


「違うって! 正義くん! やめてよ!」

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