第5話 俺とお前のオムライス 10 ―勇気の父は負け犬か?―
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勇気の父=青木純の最後の事件は、昨年の秋頃から今年の二月にかけて起きた連続強盗殺人事件だった。資産家の老人ばかりを標的にしたこの事件は、大手製薬会社の元役員のA氏が被害に遭った事で、メディアでも大々的に取り上げられ、近年稀に見る大事件となっていた。そして、この事件を解決へと導いたのが、他でもない、青木純だ。
純は綿密な捜査によって犯人グループの主犯格を特定し、二月某日、遂にグループの潜伏場所を突き止めた。
だが、純がやっと解決の糸口を見付けたこの頃、メディアによる事件の報道は半年近くにも渡り犯人を逮捕出来ずにいる警察への批判に徐々にシフトし始めてしまっていて、このメディアの流れに警察上層部はかなりの焦燥を見せていた。だから彼らは純が犯人グループの潜伏場所を突き止めたと聞くと、『これ以上批判の的になれば市民からの信頼を失う』と、純達に犯人グループの即日の内の逮捕を命じた。
しかし、純は首を縦には振らなかった。それは、とある理由があるから。純は懇願した。『一週間の猶予をくれ』と。しかし、その願いは受け入れられる事はなかった………
純が潜伏場所を特定したその翌日、陽が暮れ始めた夕方17時、警察は犯人グループの潜伏場所への突入を開始した。
警察が突入した事はすぐに犯人グループにも知られ、主犯格の男はグループ内にいた少年を人質に取り、逃走を図った。
後に石塚から勇気と麗子は聞かされたのだが、事件を起こした犯人グループは、元々は特殊詐欺を行う目的で集まったグループで、そこに犯罪グループとも知らずに『高額バイト』という甘い言葉に誘われ加入した高校生がいたという。それが主犯格の男が人質に取った少年だった。
『一週間の猶予をくれ』
純が懇願したこの言葉の意味は、この少年の身の安全を確保してからの犯人グループの逮捕を意図しての要請だったのだ。
純の捜査により少年は巻き込まれる形ではあるが事件に参加してしまった事を後悔し『グループを抜けたい』と度々友人に助けを求める連絡をしていた事が分かっていた。更にグループを抜け出したいと考えている事を仲間に知られ、暴力を受けている事も。
でも、だからこそ純は慎重を期した行動を取りたかった。『もし下手を打てば、少年を犠牲にしてでも奴等は逃走を図る筈だ……』と考えていたから。
それは石塚やその他の刑事も同じ考えでいた。
だから一週間が欲しかった。
何故なら少年は、潜伏場所に身を潜める主犯格達の食品や日用品の買い出しをするのが主な仕事だったからだ。買い出しの曜日や頻度はランダム、しかし一週間の内一日は必ず買い出しへと出ている事は少年が友人に送ったメールの中で判明している。
だから一週間……
買い出しへと出た時であれば、少年の安全の確保は容易。そして、その上でのグループの潜伏場所への突入が可能だったからだ。
しかし、上層部はその事情を知りながらも純の願いを破棄し、純が危惧した通り、少年は人質となってしまった。そして主犯格の男を追った純は、男が持っていた銃により右大腿部を撃たれ、その日の夜に………
………
……………。
「でも……父さんは意識が朦朧とした中でも、犯人を逮捕して、人質の高校生を助けたんだ………」
話し終えた勇気は、冷たいジュースで渇いた喉を潤した。
「そっ……か」
正義は勇気の父が刑事だった事も知らずに話を聞き始めたから、勇気の話が想像していたよりも壮絶で、驚愕から体の力が抜けてしまっていた。
「勇気の父ちゃん、スゴい人だったんだね……」
「うん……」
勇気も同じだ。正義に事のあらましを詳しく話そうとすればする程、全身から力が抜けてしまった。
「ねぇ、でも勇気?」
時刻はもうすぐ17時。もうすぐ学校で決められた門限の時間だ。だけど、勇気の話を聞いた正義の頭には、話を聞く前よりももっと大きな疑問符が浮かんでいた。まだ解散するには早過ぎる。
「勇気の父ちゃんの話と、山田との喧嘩って何か関係あるの?」
「あっ……そっか。そうだったね……あのね」
………勇気は正義に打ち明けた。山田が死んだ父を『負け犬』と蔑む事を
「え……なにそれ! なんで勇気の父ちゃんが負け犬なんだよ! だって、勇気の父ちゃんスゴい人じゃん! 犯人も逮捕して、人質も助けて!」
「うん……」
勇気は正義の言葉に小さく頷いた。
「でも……もしかしたら、アイツにとっては死んでしまった事が『負け犬』っていう事になるのかも……」
「そんなぁ!」
正義は『異議あり!』と言う様に胡座をかいたまま右手でドンッと畳を叩いた。
「おかしい! 絶対におかしい!」
正義には勇気の父が『負け犬』とは1ミリも思えなかった。
「うん……」
「それに!」
正義はまだ続ける。山田に対する怒りが沸々と沸いてきて収まらない。
「俺も父ちゃん死んでるから分かるよ! 勇気の悔しい気持ち!!」
「え……?」
正義の口から飛び出した言葉に勇気は驚いた。
「君も……お父さんを?」
「うん!!」
正義の歯をギリギリと噛み締めた顔は、正義の怒りが物凄い事を物語っている。だけど、勇気はその怒りを収めたかった。時刻は17時に迫っている。だけど関係ない。正義の境遇を知った勇気はどうしても聞きたい事が出来た。
「あの野郎! 今度こそ許さないぞ!!」
「ちょ……ちょっと……ねぇ、落ち着いてくれないかな?」
「いや、腹立った! 俺、今すぐ山田んとこ行ってくる!」
正義は長袖を腕捲りして立ち上がる。
「ま、待ってよ!」
勇気も正義に合わせて立ち上がる。どうしても怒りを収めてほしかった。何故なら……
「俺、君に聞きたい事があるんだ! 俺の悩みに関してなんだけど……」
「え……?」
その勇気の言葉を聞くと、正義の顔からストンっと怒りが消え去った。
「なや……み?」
「うん……」
勇気のコップの中にはまだ少しジュースが残っている。勇気は畳の上に置いたコップを拾い上げると、そのジュースを飲み干した。話をするスイッチを入れる為だ。
「………君に、聞いてほしいんだ」
「お……俺に?」
正義の瞳に映る勇気の顔は真剣そのものだった。その顔を見ていると段々と正義の心の中の怒りも消えていく。
子供ながらに正義は思った。『今は怒りを燃やしてる場合じゃない。友達の話を聞いてあげる場合だ』と。
「う……うん。良いけど、なに?」
「座って話しても良いかな?」
「う……うん、もちろん」
正義と勇気は1・2の3でタイミングを合わせた様に、同時に畳の上に座った。
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