第5話 俺とお前のオムライス 8 ―オムライスってヤバイよな!―

 8


 正義と勇気は山下の前で集合すると、正義の家へと向かった。因みに正義は、隆、紋土、拓海も誘ったのだが、断られてしまった。三人は勇気と距離を置きたいのだろう。


「ここが君の家?」


正義の家の前に立った勇気が聞いた。


「うん! ボロいけど気にしないで!」


正義はそう言うが、

「いや、古いとかそういう事を言いたいんじゃないんだ」

 勇気が気になったのは家の古さではない。その外観だ。

「君の家、お店を経営しているの?」


「けいえい? う~ん……難しい言葉はよく分かんないけど、俺ん家、定食屋やってるんだ!」


 そうなんだ。正義の家は二階建ての一軒家なのだが、その一階部分は《赤井食堂》という定食屋を経営している。正義が言った『ボロい』という言葉の通り、その造りは古く"昔ながらの定食屋さん"といった感じだ。


「そうなんだ……へぇ~」


「うん、今度勇気も食べに来いよ! 旨いぜ!」

 そう言うと正義は『準備中』と掛けられた曇りガラスの貼られた戸をガラガラと開いた。

「母ちゃんただいま! さっき話した友達連れてきたぜ!」

 とても大きな声。それに合わせる様に、店の中から


「あいよ!!」


 と威勢の良い声が聞こえてきた。


「こ……こんにちわ」

 反対に勇気はとても小さな声だ。勇気は初めて会う友達の親に緊張していた。


「へへっ! ほら、入って!」

 正義はそんな勇気を気にしない。


「う……うん」

 勇気は正義に手を取られると、強引に店の中へと引き入れられた。

「お……お邪魔……します」

『まだ心の準備が出来ていないのに……』と思いながら店の中に視線を移すと、勇気は

「あぁ……」

 小さな感動を覚えた。

 何故なら、そこにある物全てが勇気には新鮮な物だったからだ。店の中は客席側の照明は消されていて、厨房からの明かりしかない。でも、まだ昼間だ。十分に光はある。

「すごい……」

 入り口のすぐ右側には木製のカウンター席が7席、左側には4人掛けのテーブル席が4卓、さほど広くない店だが、壁にはメニューが書かれた短冊がびっしりと貼られていた。その一枚一枚が力強い文字で手書きされた物だ。他にはビールを持った女性が写ったポスターに、誰だか分からないサインが書かれた色紙が何枚か。もっと細かい所に視線を移すと、カウンターには人の想い出と共に刻まれたと思われる細かい傷が何ヵ所もあった。テーブルを触ると油で少しベタベタしている。そんな物ですら勇気は感動した。


「ど……どうしたの勇気?」


「え?」


 正義に呼び掛けられて勇気はやっと我に返った。勇気はあまりの感動に、夢を見る人の様に店の中を漂い歩いていたんだ。

「あ……俺、こういうお店初めてで何か感動しちゃって」

 そう勇気が言うと、


「ハハハハハッ!!」


 厨房の方から豪快な笑い声が聞こえた。

 厨房はカウンター席の向こう側にある。笑い声を聞いた勇気がパッとそちらに視線を移すと、頭に白いタオルを巻いたおばさんがこっちを見ていた。


「そんなにこの店に感動したの?」


 そのおばさんは勇気に向かって優しく問い掛けた。


「は……はい」

 勇気の緊張が甦った。でも、勇気はおばさんの笑顔に親しみを感じた。だって、おばさんの笑顔はニカッとした明るい笑顔で、正義の笑顔にとってもよく似ていたから。

「は……はじめまして」

 勇気はペコリと頭を下げた。


 ―――――


 それから暫くして、赤井食堂の店内には食欲をそそる美味しそうな匂いが充満していた。

 それは何故かと言うと、正義が厨房でオムライスを作っているからだ。得意料理のオムライスを。

 赤井食堂は大繁盛店とまではいかないが、常連の客が多く、日によっては忙し過ぎて母が夕飯を作る暇を見付けられない日がある。そういう日は正義が代わりに夕飯を作るのだが、五歳下の妹に特に好評なのがオムライスだった。だから正義自身も『オムライスは得意料理だ!』という自信があった。

 けれども『何故今、正義はオムライスを作っているのか?』という疑問を持つかも知れない。それは、正義が勇気に言った『昨日のお礼がしたい』という発言を思い出してくれれば良い。正義は得意なオムライスを勇気に食べさせようとしているんだ。これは正義なりの勇気へのお礼なんだ。


 正義が得意とするオムライスは元々は母の味。赤井食堂の味だ。赤井食堂でのオムライスの値段は650円(税抜)。となると500円分の駄菓子のお礼に、少し色を付けたと考えれば丁度良いのではないだろうか。

 まぁ、正義は『旨い物には旨い物を!』というもっと単純な考えだったが。


「そうなんだぁ。じゃあ、勇気はあんまり外でご飯食べないんだ!」

 厨房の中にいる正義は、小さな体を台に乗せてフライパンを振るっていた。すぐ側では正義の母が少し心配そうな顔をして見守っている。


「うん。母さんが料理好きだから、あまり外食はしないんだ。食べに行ってもお寿司とかフレンチとかそんな感じ」


「ウゲェ! 寿司! 勇気やっぱ金持ちじゃん!」

 勇気の口から出た分かりやすいワードに、まだまだ感性が子供の正義も驚いた。


「いやぁ、別にそんなんじゃないよ」


 と勇気は言うが、実際のところどちらかと言うと裕福な生活を送っている方だ。


「正義、あんまり友達をからかうんじゃないよ。ほら、ちゃんとフライパンを見る!」


 おっと……正義の母から注意が入った。

「はぁ~~い!」

 正義はそんな母に気の抜けた返事を返した。


「はぁ~いじゃない! 返事は短く『はい!』でしょ!」


「はいはい!」


「コラッ! 『はい』は一回!」

 正義と正義の母のやり取りはずっここんな調子だ。


「ははっ!」

 そんな二人のやり取りが勇気は楽しかった。


 それから程なくして、正義のオムライスは完成した。

「ほら、早く食べろい!」

 カウンター席に座る勇気にオムライスを差し出すと、正義は『どんな感想が返ってくるかな?』とワクワクして両手をグーにしてグルグルと回した。


「じゃあ、いただきます」


 勇気は両手を合わせ、行儀よくペコリとお辞儀をすると、早速パクリと一口頬張った。

 因みに勇気は正義が自分を自宅に招いた理由が『オムライスを食べさせる事』と知った時、少し驚き戸惑ったが、正義が楽しそうに料理をする姿を見ているとそんな事はどうでも良くなり、美味しそうな匂いが漂い始める頃には逆にオムライスが楽しみになっていた。そして、


「美味しい……」


 勇気の吐息の様な呟きが漏れた。


「へへっ!!」

 その言葉を聞いた正義はニカッと笑った。

「だろ!! だろだろ!! 旨いだろ!!」


「うん、とっても美味しいよ!」


「だろ~~」

 正義は勇気の肩を二度、三度叩いた。その顔はニカッとを通り越してニヤニヤとニヤケ顔だ。


「君、料理得意なんだね」


「へへぇ~~! まぁオムライスしか自信無いけどね!」

 正義は得意そうに人差し指で鼻の下を擦った。


「勇気くんはおうちでお料理しないの?」

 正義の母はコップに入れたジュースを二人に差し出した。今は正義も勇気の隣の席に座っている。


「は……はい、たまに母さんの手伝いはしますけど」


「そおぅ、なら偉いわねぇ。うちの正義はね、自分の気が向いた時と、私が命令した時くらいしか作らないし、店の手伝いなんか全然よ」


「いいよ、そういうの言わないで!」

 正義は母にキャンキャンと吠えると、再びニカッと笑って勇気を見た。

「でもさ、でもさ、オムライスってヤバイよな!」


「ヤバイ?」

 勇気は正義の言葉の意味が分からず首を傾げた。


「だってさ、だってさ、パッと見オムライスってただの卵焼きじゃん! でもさ、スプーンを入れると中にチキンライスが隠れてるんだぜ! ヤバイよな? 驚くよな?」


「ははっ! 俺、そういう風にオムライスを見た事ないよ」


「えぇなんでよ~~」

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