第4話 みんなを守るために…… 19 ―俺は、父さんとは違う……―
19
勇気は聞いた。『父さんは変わったのか?』と。勇気は求めていた。石塚の『そうだ』という答えを。『君の父は変わった……』という返答を。何故なら、嘗ての父が本当に臆病者だったとして、それでも石塚が教えてくれた『恐怖心が無ければ《勇気の心》を燃やす事が出来ない』という言葉を語れる様な《勇気の心》を持つ男に生まれ変われたのならば……『もしかして自分も《勇気の心》を持てるかも……』と思えたから。
「お……おぉ、ど……どうしたんだい急に?」
石塚はそんな勇気に怯んだ。それもそうだろう。勇気の顔は鬼気迫る表情をしていたのだから。訳を知らない石塚は驚くだろう。
「え?あ………いや……あの……」
石塚に『どうしたんだい急に?』と言われた勇気は言い淀んだ。そして、暴走した自分が恥ずかしく、情けなく思えた。
「す……すみません。いえ、何でも……」
でも、この言葉を石塚は遮る。
「そうか……純は早くに逝き過ぎたな。もっと勇気くんと一緒にいるべきだった。勇気くん、アイツの事をもっとよく知りたいんだね?」
石塚は勇気に向かって優しく問い掛けた。でも、その答えは待たない。
「分かった! よしっ! じゃあ、おっさんが何でも答えてやるかあ!」
そう言うと石塚はパスタの最後の一口をペロリと食べると、水を一杯飲み干した。
「石塚さん……」
「ふふ……よぉし、よしよし、そうだなぁ、じゃあ先ずは純が昔は臆病者だったかどうかって事に答えようか! うん、それはねえ、俺からするとそうじゃない! でも……」
勇気が何かを言おうと口を開いたのを見た石塚は、空かさず『でも』と口にした。
「……純は多分、自分の事を確かにそう思っていたと思うよ。俺はアイツとは警察学校からの仲なんだが、純は若い頃から誰よりも危険や恐怖に敏感な奴だった。何をするにも『もっとこうしないと危険だ……あぁしないと危険だ』とか、いつも危険を探し歩いてるみたいな男だった。刑事になった後も、『危険な捜査の前には夜も眠れない』と嘆いていたよ」
「父さんが……」
「そう。でもね、アイツは刑事になる為に生まれた様な男でもあったんだ」
「刑事になる為に?」
「そうだよ。何故ならね、純は素晴らしい武器を持っていたからだ。それが何か分かるかい?」
「………いいえ」
勇気は首を振った。
「それはね、恐怖心だよ」
「恐怖心………」
「そう。純はね、己が持つ恐怖心を裏返し、武器に変える事が出来たんだ」
「恐怖心を武器に? ……それは、どうやって?」
勇気の手にジワリと汗が浮かぶ。
「あのね……これがきっと、『臆病者だから人を守る仕事に就いた』という言葉の意味になると思うんだ。勇気くん、さっきの言葉を思い出してくれ、『恐怖心が無ければ恐怖を感じる人達を助ける為に"勇気の心"を燃やす事が出来ない』……これをさ。でね、さっきも言ったけど、純は人よりも危険や恐怖に敏感だった。そして、自分が敏感だからこそ、純は人一倍、危険や恐怖に怯える人の気持ちを理解出来た。理解出来たからこそ、『その人達の恐怖を取り除きたい』、『その人達を助けたい』と思い、『人々に恐怖を感じさせる悪人を絶対に捕まえる』そんな気持ちに変えていたんだ。アイツは、人を想い、誰かを守るために、己の恐怖心を己の武器に……"勇気の心"を燃やす燃料に変えていたんだよ」
「………」
「頭の良い奴だったから、きっと純は自分自身を冷静に分析したんだろうね。危険や恐怖に敏感な自分に何が出来るか……と。そして、答えに行き着き、そして、刑事になる道を選んだんじゃないかな?だから言っていたんだと思うよ。『臆病者だから人を守る仕事に就いたんだ』ってさ……まぁ、俺はアイツが臆病者だとは一切思わないけどね。けど、アイツは自分自身を臆病者と言ってた……でも、その言葉を言う時のアイツは"誇り"を持って言っている様に、俺には思えたなあ」
「………」
熱かったコーヒーはとっくに冷めてしまった。勇気はぬるいコーヒーをゆっくり、ゆっくりと飲んだ。
「…………恐怖心を武器に……燃料に……だから臆病者……そういう意味だったのか……」
勇気は囁く様に言った。
「うん。大分、俺の憶測も入っているけどね」
「でも……」
「でも?」
「危険や恐怖に敏感だから刑事になる………『臆病者だから』……………そんな答えを出せる時点で、父さんは元から《勇気の心》を持っていた人だったんですね……どこかで変わった……とかではなく……」
「あぁ……そうだった。その質問に答えてなかったね。うん、俺が責任を持って答えるよ。純は"勇気"のある奴だった。出会った時からずっとね。『臆病者から変わったか?』と勇気くんは聞いたけど、それは違う。変わらないよアイツは。アイツは始めから優秀な奴だった」
石塚のあっさりとした回答。
「…………」
勇気はコーヒーカップを持ったまま俯いていた。もうカップには何も入っていない。
― 何だ……何だ……
勇気は《勇気の心》を持つにはどうすれば良いのか、その答えを父に求めていた。しかし、『臆病者』だと自分を語る父も、結局は《勇気の心》を持つ男だったんだ。
― よく考えればそうだった……父さんは『臆病者だから……』と、そう言っていたんだ。『臆病者なのに……』ではないんだ。頭の中がめちゃくちゃだ。思考が回らない……睡眠を取っていないからか、それともまともに飯を喰っていないからか……とにかく頭が回らない。よく考えれば、始めに石塚さんが教えてくれた言葉だけで、父さんがどんな人なのか全て分かるじゃないか……石塚さんに無駄な時間を取らせてしまった。でも……でも……頭が回らなくても、これだけは分かる。俺はやはり父さんとは違った。この事だけは。…………それに、俺は恐怖心を武器に変えるなんて事は出来ない……《勇気の心》の無い男だから
「勇気くんもそうだね」
「え?」
勇気は顔を上げた。
「な……何がですか?」
「"勇気"だよ。勇気くんも純と同じって意味だよ。勇気くんも純と同じく、"勇気"を持っているねって意味だよ」
「え? お……俺が?」
勇気は戸惑った。意味が分からなかった。
「ははっ! 何故驚く? 覚えてないのかい? 勇気くんと麗子さんが輝ヶ丘に引っ越したばかりの頃の話だよ。君は友達を守る為に、自分よりも体の大きくてちょっと悪い同級生に立ち向かった事があったでしょう?」
「そ……それは……」
「その話を聞いた時、俺は嬉しかったよ。何故だか分かるかい? 純は、勇気くんにも"誰かを守るために勇気を燃やせる人"になってほしいと思っていたんだよ。だから君の名は"勇気"なんだよ。勇気くんが友達を守って戦ったと聞いた時、俺は『純の願いが叶った』と思って凄く嬉しかったなあ」
石塚は嬉しそうに笑った。
でも、勇気は違った。勇気はそんな石塚に、辛辣にも聞こえる言い方でこう返した。
「それは昔の話ですよ……」
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