第4話 みんなを守るために…… 18 ―恐怖心が無ければ―

 18


「怖いかどうか、それを何故勇気くんが気になるのかは分からんが、正直言うと、怖いよ」

 石塚はパスタを巻きながらあっけらかんとした調子で言った。


「石塚さんでもですか……」


「そりゃあなあ、人間だもの」

 石塚はニコッと笑うとパスタを頬張った。そして、話を続ける。

「でもねぇ、この仕事をするにあたって、この気持ちは大切だとも思うんだ」


「大切? 恐怖心が? 何故?」

 そう言いながら勇気はクラっとした。ずっと睡眠を取っていないからか、それともずっとまともな食事を取っていないからか……テーブルに肘をついて頭を支える。


「ハハッ! そんなに疑問に思うかい? よし、じゃあ話そうか!」

 そう言うと石塚は太い人差し指を掲げた。その指を動かしながら、石塚は演説をする様に語り出す。

 23時を回った静かな店内で石塚の声が響く。

「まず1に、恐怖心が無ければ自分の身に迫る危険を察知出来ない! 2に、恐怖心が無ければ恐怖を感じる人の心を理解出来ない! 3に、恐怖心が無ければ恐怖を感じる人達を助ける為に"勇気の心"を燃やす事が出来ない!」

 石塚は、ドーンッ! と言う様に人差し指を勇気に向けた。


「勇気……」


「そう! 君の名前と同じ"勇気"だ! ははっ!」

 そう言って笑うと、石塚は人差し指を下ろし再びパスタを巻き始めた。

「まぁ、この言葉はね、実を言うと君のお父さんからパクったものなんだけどね」


「俺の……父さんから……?」


「ははっ!」

 勇気の驚いた顔を見て石塚は再び笑った。

「そうだよ。純はね、酔うと毎回毎回この言葉を言うんだ。こうやって腕を上げてな……」

 石塚は勇気の父親の真似をしてみせた。

「『恐怖心が無ければぁ!』ってな感じで。耳にタコが出来るぐらい聞かされたよ。でもね、良い言葉だと俺は思う。だから……」

 石塚は自分の胸を叩いた。

「俺が刑事を続ける限り、今の言葉をずっと大事にしたいと思うんだ」


「…………」


 溌剌と喋る石塚、しかしその反対に勇気は俯いてしまった。コーヒーカップから上がる湯気を、ただ黙って見詰める。


 ― 父さんも………俺と同じ様に恐怖心を持っていたのか………でも俺とは違って《勇気の心》も同時に……


 勇気はここで気になった、父が言っていたという『臆病者』という言葉が。


 ― もしかして……もしかして……父さんも昔は……


「………あ、あの……」


 暫くして勇気はやっと視線を上げた。石塚の目を見詰めて、コーヒーを一口飲む。

 勇気は自分を落ち着けようとしているんだ。


 ― いや……止めろ。何を考えている……希望を持つな。希望を持とうとするな。下手な自分への期待はいらない。父さんは、父さんだ……また自分も父さんみたいになれると思い始めているのか?自分自身へのいらない期待のせいで、俺は警官達を殺したんたぞ……


「なんだい?」

 石塚は『あの……』と言ってからもまた黙った勇気に、眉を八の字に曲げた困った顔をして話し掛けた。


「………あ、あの……」

 勇気は再びどもった。


 ― 希望を持つな……希望を持つな……


 勇気は自分に向かって言い続けた。

 でも、勇気は自分自身に抗う事は出来なかった。自分の心に芽生えた《希望》には。


「あの……では、父さんも恐怖心を持っていたという事ですよね? 俺、母さんから聞いたんです。父さんの口癖を……父さんはよく言ってたって、『俺は臆病者だ』、『俺は臆病者だから人を守る仕事に就いたんだ』って。石塚さんは聞いた事がありますか? 父さんからこの言葉を? 臆病者だから刑事になったとはどういう意味ですか?もしかして父さんは昔、臆病者だったのですか?でも、変わったのではないですか? 臆病者から《勇気の心》のある人間に……」

 勇気の気持ちがダムの決壊の様に放流された。頭では『もう喋るのは止めよう』と考えていても、勇気は自分自身を止められなかった。言葉は語尾に行くに従って速くなり、体も気が付けば石塚に迫る様に前のめりになっていた。

 

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