第4話 みんなを守るために…… 17 ―石塚さん―
17
結局勇気は、母に決意を打ち明けられずに病院を後にしてしまった。
― 父さんが臆病者……いったいどういう意味だったんだ
勇気は病室で聞いた麗子の言葉を思い返していた。そして、その後の麗子との会話も………
『臆病者……それが父さんの口癖?』
『そうよぉ。よく言ってたわぁ。「俺は臆病者だから、人を守る仕事に就いたんだ!」ってねぇ』
『それは……どういう意味?』
『分からないわぁ。でも、酔っ払った時によく言っていたの』
………この話を勇気はもっと詳しく聞きたかった。だが、時間が来てしまった。面会終了の時間だ。
勇気はモヤモヤとした疑問を抱えたまま、病室を後にするしかなかった。
「臆病者だから……刑事に? 意味が分からない……どういう意味なんだよ。それに、父さんが臆病者だなんて……そんな訳ない」
勇気にとって、父は憧れの存在だった。
勇気が知る父は、いくつもの事件を解決に導いた優秀な刑事だったから。それに、勇気の父は家庭での姿も、父親として愛すべき人だった。
家族を見守る目は優しく、勇気の手を握る手は大きくて暖かい。強くて頼りがいのある存在……だから『臆病者』という言葉は勇気が知る父とは全く一致しなかった。
「………父さん、教えてくれ。いったいどういう意味何ですか?」
勇気は『青木家之墓』と彫られた墓の前でそう呟いた。勇気は来たんだ。父の眠る場所へ。
でも、父からの答えが返ってくる訳はなく。ただ勇気のため息が増えていくばかりだった。
「はぁ……父さんともっと話をしてみたかったよ。何故、早くに俺達の元を去ってしまったんだ……」
そしてもう一度、勇気はため息を吐く。
「はぁ……」
― 俺はやはり馬鹿だな。父さんの言葉の真意を知りたいだなんて、未練に感じているって事になるじゃないか。父さんの言葉がどういう意味であれ、俺自身は戦いから逃げた臆病者に変わりはないんだ。刑事として生き、人の為に働き続けた……そんな父さんと俺は違う。自分と父さんを同一視出来るなんて希望を持つな、父さんと同じく勇敢な男に成れるなんて思うな……
「はぁ……」
「どうしたんだ若者が、ため息なんてついて」
突然、誰かが勇気に声をかけた。
「……え?」
驚いた勇気が顔を上げると、すぐ近くに体の大きな男性が……
「それにこんな時間に墓参りか? 少し遅過ぎやしないか? もう22時を回ってる。仕事中なら補導してやるんだけどなあ、残念ながらそうじゃない。ハハハッ!!」
その男は馴れ馴れしい口調で、そして溌剌と笑いながら、勇気に近付いてきた。
「あなたは……」
勇気はその男性に見覚えがあった。いや、『見覚えがあった』という言い方はよそよそし過ぎる。
「石塚さん……」
そう、勇気の前に現れたのは勇気の父の友人の《石塚》だ。
「久し振りだね、勇気くん! どうしたんだ? ため息なんてついて、何か悩み事でもあるのか?」
そう言いながら石塚は、勇気の横に立つと墓に向かってしゃがみ込んだ。その手には仏花と小さなコンビニ袋を持っている。おそらくその袋の中には勇気の父親が大好きだったビールが入っているのだろう。
「え? ……悩み、ですか?」
勇気は石塚が現れると少しだけ、ほんの少しだけ、心が穏やかになった。
何故なら、勇気にとってこの人は、現在では年に一度父の命日に会うくらいの間柄になってしまってはいるが、昔は父の代わりに学校の行事に参加してくれたりした"親戚のおじさん"といった感じで距離の近い人だったから。
「あぁ! 悩みがあるならおっさんが聞くぞ!」
そんな石塚は、同じく墓の前でしゃがんでいる勇気の顔を見て、髭がモジャモジャと生えた熊みたいな顔をニコリと微笑ませた。
―――――
「そうか、だから一人でこんな時間に墓参りを」
「はい……本当は昨日の内に行きたかったんですけど……」
勇気は昨日起きた出来事を石塚に話していた。
ここは風見にあるファミレスの中。どうやら石塚は仕事を終えた後だったらしい。『少し腹拵えをさせてくれ』と、勇気を車に乗せてここへ来た。
『悩みはないです……』と言い切る勇気を無理矢理誘って。
「仕方ないさ、そんな事情じゃあなぁ。純だって一日や二日じゃ何なんとも思わないさ。ほら、俺だってそうだろ? 命日の前日にドタキャンからの、こんな汚い格好での墓参りさ……ハハッ!」
石塚は勇気に自分の格好を見せつける様に両手を広げた。確かに、石塚のスーツはパリッとした感はなく、アイロンをかけるどころか、ろくにクリーニングもしていない感じがした。
「やっぱり、忙しいんですね仕事」
「うん、まぁね。家には寝に帰るくらいになってしまってるよ。特に最近は……変な奴等が現れたからねぇ」
石塚は家で待たせる妻や子供達の姿が頭の中に浮かんでいるのだろう、申し訳なさそうな顔をして短く刈りこんだ頭を掻いた。
「変な奴等……《王に選ばれし民》の事ですね?」
「おぉ、よく知ってるね。それだよ、それ」
石塚はドリンクバーから持ってきたコーヒーに、スティック3本分の砂糖をドバドバと入れながら、勇気に向かって頷いた。
「署内のお偉いさん方は、奴等は本当に警察が関与すべき案件なのかって所で揉めてるんだが、そんなのどうでも良い、サッサと動き出さなきゃ被害者が増えるばかりだし、他の事件の捜査だって滞る……おぉっと、ごめん。愚痴が出た、忘れてくれ!ハハッ!」
「あ、いいえ……」
勇気は溌剌と笑う石塚に合わせる様に、笑顔を浮かべた。ただ、気分が晴れてはいないから苦笑いにしかなっていないが。
「でも……動くって言っても、危ない事はしないで下さいね。命の危険が伴う事は……」
この言葉に石塚は、それこそ苦笑いを浮かべた。
「う~ん……流石に俺も命の危険が伴う事はなるべく避けたいが、世間一般から言って『危険』という物に近付かなくてはいけない仕事だからなぁ」
「それは……そうなのかもしれないですけど。お子さんもまだ小さいですし……」
「そうだなぁ……あ、それよりも俺は君の悩みを聞くんだった。すまんね。思わず一人で喋り過ぎてしまった。で、なんなんだい?勇気君のため息の理由は? 恋煩いか?」
「はぁ……」
これは溜め息じゃない。勇気の苦笑いから漏れた吐息だ。
「そんな事ではないですよ。別に悩んでもいないですし……」
勇気はホットコーヒーを一口飲んだ。今日は殆ど何も食べていない。そのせいで味覚が敏感になっているのか、苦味が舌に突き刺さる。
「そうか? 顔が暗いからなぁ、それが気になるんだよ。おっさんには」
「はは……これは元からですよ。元々明るい奴じゃないでしょう?俺は……」
「そんな事ないだろう」
石塚もコーヒーを飲んだ。砂糖を3本も入れたのに、何故かその顔は『苦い』という表情をした。
「そんな事ありますよ……それよりも、俺はもっと石塚さんの話が聞きたいです」
「俺の話? 俺の話なんて聞いてどうするんだよ? 面白い話なんて何にも出来ないぞ。ハハハッ!」
「いや……聞きたいんですよ」
勇気は二口目を飲む。今回は『旨い』と感じた。
「石塚さん、怖いって思ったりしますか?」
「怖い? 何をだい?」
「仕事ですよ……さっき、警察は危険に近付く仕事だと言いましたよね? それって……怖くないんですか?」
「おいおい……どうしたんだい急に?」
石塚は勇気の急な質問に困惑したのか頭を抱える様にテーブルに肘をついた。
「どうしたというのは気にしないで下さい。ただの好奇心ですから……」
「好奇心? 好奇心ねぇ……う~ん……まぁ、そういうのに答えるのも、おっさんの役目かねぇ」
ここで石塚の注文した料理が届いた。ミートソースのボロニア風だ。
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