第4話 みんなを守るために…… 16 ―俺は臆病者―

 16


「交通事故って扱いでぇ、検査入院らしいのよ。だから心配しないでぇ」


「結果が出たらな……」


「大丈夫よぉ、きっと大した事ないわぁ」


「そうだと良いけど……」


 勇気は今、母=麗子の病室に来ていた。

「はぁ……」

 勇気は溜め息を吐く。胃はキリキリと痛み、貧乏ゆすりが止まらない。

 ベッドに横になる麗子の姿は痛々しかった。頭には包帯が巻かれていて、本人は『大丈夫』と強がっているが、その姿を見ると勇気は心配せずにはいられなかった。


「それよりもリンゴ食べる?」


 そんな勇気を察してか、麗子は話題を変えた。


「リンゴ?」


「そうよ。愛ちゃんが持ってきてくれたの」


 麗子はベッドの横にある床頭台しょうとうだいの上に置かれた果物を指差した。


「桃井が……?」

 勇気はその果物の存在には気付いていたが、まさかそれが愛が持ってきた物だとは露ほども思っていなかった。

「そうか……誰かが見舞いに来てくれたんだなとは思っていたが、桃井だったか。でも、何故桃井が母さんが入院した事を知っているんだ……」


 この質問に麗子は笑う。


「ふふ……何故も何も愛ちゃんなのよ、私を病院まで連れてきてくれたの。あの子の話だとね、あのガキセイギさんのお仲間が、愛ちゃんの所へ私を運んでくれたんだって。不思議な話ねぇ、なんで愛ちゃんと私が知り合いだって分かったのかしらぁ?」


 麗子は首を傾げながらも何やら嬉しそうだ。


「セイギの仲間……そうか、ボッズーか」


「え? 坊主?」


「あ……いやいや、何でもないよ」


 勇気は思わずこぼしてしまったボッズーの名を慌てて誤魔化した。そして、勇気は察した。


 ― そうか、アイツか……


 母を助けてくれたのは正義だという事を。


「どう? 食べるぅ?」


「ん? あぁ、いいよ。母さんが食べな。俺はちょっと食欲が無くてさ……何かを食べる気にはならないんだ」


「あらら……食欲が無いなんて、何か悩み事でもあるの?」


「いや……」

 勇気は首を振る。

「……別に、そんなんじゃないよ」

 それから、勇気は麗子から視線を外し、窓の外を見た。もう外は暗い。正義に別れを告げた日は、後数時間で『明日』へと変わろうとしている。

「…………」

 勇気は、麗子に打ち明けるつもりでここに来た。『この町を出る……』という決意を話しに。

 だが、いざ母を目の前にすると、上手く言葉が出てこない。しかも、麗子は怪我をしている。そんな姿を見ていると、尚更言葉が出てこない。


「何ぃ、勇ちゃん? やっぱり何か悩んでるんでしょ?ママに話しなさいよぉ……」


 のんびりとして見える麗子だが、意外と勘が鋭い方だ。窓の外をただ無言で見詰める息子の心の内が晴れやかではない事を見逃さなかった。


 しかし、勇気は否定する。

「いや、大丈夫。本当に何でもないよ……」


 ― 俺はやはりダメな人間だ……まだまだガキだ。大人になったつもりでいて、母さんと別れるのを悲しいと思ってしまっている……


 勇気が決めた別れには、一つの希望も、夢も、何も無かった。ただ"別れる"だけの別れでしかなかった。母とも、友達とも、ただ"別れる"だけの……


「………」

 その事を考えると、勇気の目には涙が汲み上げてきそうになる。流したくない涙がまた。

「はぁ……」

 勇気は誤魔化す様に、目を瞑って瞼を腕で擦った。


「どうしたの勇ちゃん?」


「あ……いや……はは」

 勇気は笑った。『涙は決意が揺らぎそうになっている事の証……』勇気はそう思っているから……涙を拒否する様に勇気は笑った。そして、思う。『もう話さなくては……』と。

「いや、は……はは……何でもないよ。俺はどこまでも"勇気"の無い男だな……と思ってただけだよ。実はさ、母さんに話があったんだ。でも……決意した筈なのに、それなのに……また迷いそうになっていた。俺は臆病者だ……」


「ふふふ……あらあら」


 やっと自分の気持ちを吐露した勇気。だが、何故かそんな息子を麗子は笑った。


「『臆病者』だなんて、まるでパパの口癖じゃない」


「……え?」

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