第3話 慟哭 15 ―呼び出された正義―

 15


「へへっ! やっと会えたぜぇ!」


 正義は満面の笑みで現れた。その笑顔は『何事も無かった』そう錯覚してしまいそうになるくらい、"いつもの笑顔"だった。


「…………よぉ……わざわざ済まないな。戻ってきてもらって」


 だから勇気は、正義の顔から視線を反らす。『何事も無かった』そう思い込んで嘘に逃げれるなら、勇気はどれだけ楽だっただろうか。

 だが、勇気は苦しむ方を選んだ。

 今、勇気が秘めている決意は、生半可なものではない。『英雄として生きる……』そう決めた時と同じくらい固いものだった。

 だから勇気は、正義の笑顔を拒んだ。


「へへっ! 大丈夫だよ、ボッズーに飛んでもらえば一瞬だったぜ!」


「そうか………」


 勇気は正義を『秘密基地で会おう……』と呼び出した。いや、呼び出したというか、そこに居ると思っていたらそうじゃなかった……という方が実際のところだが。


「……で、そのボッズーは?」


「ん? 約束通り、下に居てもらってるぜ! 二人っきりで話したいって言ってたろ?」


 正義は勇気に笑い掛けながら、勇気が座る椅子の、真横の椅子に座った。


「あぁ……そうだな」


 正義が座ると、逆に勇気は切り株の椅子を立ち上がった。正義の近くにいると、友達として正義を見てしまいそうになるから。


 ― 今から話そうとしている事は、友達としては話せない。コイツとの仲はそんなに浅くはないからな。俺は弱い人間だ……友達として話すと、自分の考えを押し通す事が出来ないだろう。そんな事は自分が一番分かっている。でも、せめて"英雄同士として"でならば。これが英雄としての、俺の最初で最後の戦いだと思い込めば……


「おい、何で立つんだよ? つか、お前のコート滅茶苦茶だな! 葉っぱだらけになっちまって、へへっ! どんな状況で一日過ごしたんだ!」


「…………」


 勇気は正義の軽口に答えなかった。代わりに、基地の中を歩き回り始める。


「おい! 無視すんなよ、お前が呼び出したんだろ」


「………どんな状況? それは正義も見ただろ。昨日の俺を」


 勇気は切り株のテーブルを回ると、正義の向かい側で止まった。正義に背中を向けて。


「あぁ! 見たぜぇ! 勇気さぁ、俺の事どんな姿に見えたんだよ? へへっ! もしかして、赤鬼にでも見えたのか? あっ、でも似たようなモンだな!確かに真っ赤だもんな! なぁ勇気さぁ、ボッズーが俺が初めて変身した時に何て言ったか分かるかぁ? マジで最悪だぞ! だって、『トマトの怪人』だぜ! へへっ! 『顔が丸くてトマトみたいだ』ってさ、ヒドイよなぁ~~へへへっ!!」


 ― 良く喋る奴だな……いや、やっぱり正義は優しい奴だ。鏡を見なくても分かる。おそらく今の俺の顔は暗いのだろう。それを明るく変えようとしてくれてるんだ……………ならば……やはり俺は、正義の前から消えなければならない……正義は優しい……俺が近くにいては、俺を切ろうとはしないだろうから……

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