第3話 慟哭 13 ―夢と優は何処にいるのか―

 13


「ず……頭突き? なんで?」


「なんでも!!」


 愛は自分でも分かっていた。『今の気持ちはただの嫉妬だ』と。『妹や弟の様に想う年下の友達に、情けなくも嫉妬してしまっていた』と。そんなマイナスな感情よりも、最初に話そうとしていた話題の方が大切だ。愛は心も切り替え、すぐに話を戻そうと考えた。


「それよりも、さっきの話の続き! せっちゃんが、私達が連絡取ってたの知ってるなら話が早い。あのね、まず優くんの方からなんだけど、この前は、私がメールしたらすぐに返信くれたのに昨日のは全然返信が無くてね……」


「あ……あぁ、そうなの? それは、なんか事情があるんじゃないのか?」


 正義は『頭突き』という言葉に、驚き戸惑った顔をしていたが、愛が話を進めるとすぐにケロっと答えた。


「そう思う? でも、既読はついてるんだよ? ほら!」


 愛はスマホを取り出し、画面を正義に見せた。愛の顔はまた不安げに変わっている。


「あぁ、本当だなぁ。これ、いつ送ったんだ?」


「昨日の、夜の1時……」


「そっか! なら、まだ一日も経ってないじゃん! もうちょい待ってみようぜ!」


 どうやら正義は共感してくれないらしい。愛の不安感に。

 愛は勇気の事もあって『音沙汰の無い優に、何かあったのではないか……』と不安を抱いていたんだ。でも、その不安を共感してもらいたい相手は笑顔を崩しそうにはなかった。


 諦めて愛は次にいく。


「そっか……じゃあ、次に夢ちゃん何だけど」


「おう!」


「メールは返ってきたの。でもね……」


 愛は再びスマホの画面を正義に見せた。


「……よく分からないんだ。コレ」


「ん?」


 正義はスマホを覗き込む。


「何だコレ?」


 愛のスマホには、多分空港の中から撮影された飛行機の写真が一枚。そして、その写真の下には、


『たら、忘れちゃった』


『パパ怒ってる』


『またぶーんする!』


『遅れるね!』


『ごめんね』


 ……と短い文が連発できていた。


「ど、どゆこと??」


 どうやらこっちは愛に共感出来たらしい。画面を見た正義は首を傾げた。


「よく意味が分からないよね? だから、私も……」


 愛は画面をスクロールさせた。


「……『?』って送ったんだけど」


 さっきの『ごめんね』のすぐ下には、愛が送った『?』を頭に浮かべた動物のスタンプがあった。


「でも、結局これに対しての返信は無くって……」


 愛は更に画面を動かす。


「これしか来なかったんだ」


 画面には二つの文。


『ギッチョンがんばってんじゃん!』


『伝えといて』


 これだけ。


「多分、せっちゃんの活躍を知って、コレなんだと思うんだけど。結局さっきの文の意味は分からないまんまなんだ……」


「そう……だな。意味分かねぇな、これじゃあ」


 因みに『ギッチョン』とは、夢が使う正義のあだ名だ。『ギッチー』と呼ぶ友達は数名いるが、『ギッチョン』と呼ぶのは夢しかいない。更に因みに、正義はこのあだ名を『ギロチンで首をチョン切られているみたいだ……』とあまり気に入ってはいない。


「それで、この後は?何も送ってないのか?」


「ううん、一応『日本には帰って来てるんだよね?』って送ってはみたんだけど……」


 確かに『伝えといて』の右下に、愛が送った文が少し見える。


「それに対しての返信は……」


「無い……」


「そっか……夢は、勇気に『約束の日には戻る』って伝えてたけど『遅れる』って事は、日本に到着するのが少し遅れるって事なのかな?」


「う~ん……どうだろ? 私は『パパが怒ってる』って言うから、日本には居るけど私達に合流するのが『遅れる』って意味かと思ったんだけど。今、無闇に出掛けるのは危険だって言う人もいるしさ……私もお母さん達の目を盗んで無理矢理出てきてるとこあるし」


「そうなのか?」


「うん。今日は勇気くんのお母さんのお見舞いに行くって言ったら何とかなったけど。昨日ボッズーに呼び出された時は、ちょっと苦労したよ」


「そうだったのか」


「うん。でも、そうだとしても『ぶーんする』とか『忘れちゃった』とかよく分かんないね……」


「あぁ……まぁ、遅れるって事はその内来るって事だろうし、もう少し待ってみよう。優の奴もこの前連絡した時はやる気満々だったから大丈夫だよ! とりあえず二人に関してはもう少し待ってみようぜ、返信くるかもだし!」


 そして、正義は左腕にはめた腕時計を見た。


「う~ん………それにしても、アイツも全然返信くれねぇなぁ。全く集まりが悪いぜ、俺達……へへっ! まぁアイツには、後でまた連絡してみるか! 自分の母ちゃんのお見舞いに行けないようじゃ、勇気も嫌だろうしな!」


 そう言って正義は、同意を求める様に愛の顔を見た。


「うん、そうしよ! 病院に着く前にね!」


「あぁ! そうだな!」


 だが、何故正義は『今』じゃなくて『後で』連絡を取ろうと言ったのか、それは二人の目的地がすぐ目の前に見えたからだ。


 病院……いや、違う。その前にお見舞いの品を買わなければならない。ピカリマートが閉店している事は愛は知っている。だから二人が向かったのは、病院へと向かう道中にある青果店だ。


「へへっ! メロンとか買っちゃう?奮発しちゃうか? 旨そう!!」


「せっちゃん……勘違いしないでね。せっちゃんは食べれないからね、おばちゃんの為に買うんだからね!」


「分かってるよ! へへっ! 勇気の奴がいれば、おばちゃんの好みも分かんだけどなぁ~~! 何にしよっかなぁ!!」


 正義はそう言いながら、青果店の軒先に見える真っ赤なリンゴに目を付けた。

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