第3話 慟哭 12 ―正義はやはりマイペース―

 12


 二人三脚の様に、正義と愛の歩調はよく合う。


「勇気くん、大丈夫だよね?」


「あぁ、大丈夫だろ!」


 愛の問いに、正義は軽い口調で答えた。


「そう……だよね?」


「あぁ! 大丈夫、大丈夫! だって、アイツは《勇気》のある奴だからな! へへっ! 勇気に《勇気》ってなんかダジャレみたいだな!」


 正義はニカッと笑った。


「うん……」


 でも、愛の顔は不安げ。愛は一昨日学校で見た、勇気の様子を思い出していたんだ。普段の勇気からは想像出来ない姿を。絶叫し、狼狽える勇気の姿を。でも、『大丈夫!』と言い切る正義に、愛はその時の事を話せなかった。


「そうだよね……大丈夫だよね」


「あぁ! 大丈夫! へへっ!」


 笑う正義の背中にはリュックが背負われている。ボッズーがその中に居るんだ。ボッズーは勇気の母の前に出る事は出来ない。正義達が英雄だという事は秘密だから、ボッズーの存在も他人には隠さなければならない。ならば、本当はボッズーは基地に居ても良かったのだが、デカギライの存在が懸念される。何かあった時の為に、正義はボッズーを同行させる事にしたんだ。


 そんなボッズーがリュックの中でモゾモゾと動く。正義の発言に何か文句を言いたいのだろう。


 でも、正義がボッズーを相手にしようとする前に、愛が喋った。


「それとさ……勇気くんの事も心配だけど、約束の日が過ぎてから、まだゆめちゃんとまさるくんからも連絡が全然無いじゃん?だから昨日ね、勇気くんにメールを送った後、二人にもしてみたの……」


 愛が言う夢と優とは、《黄島きじまゆめ》と《緑川みどりかわまさる》、この二人の事だ。この二人は正義達の旧友であり、そして、正義達と同じく、世界を救う為に選ばれた英雄でもある。

 この二人も本来なら、勇気と愛と同じ様に《王に選ばれし民》が空を割った日に輝ヶ丘の大木に来なければならなかったのだが、何故か未だに姿を見せていない…… 


「おぉ! どうだった?」


「うん、ちょっと待ってね」


 愛は『どうだった?』と聞く正義を一旦制止した。まだ前口上があるんだ。


「えっとね、その前に、優くんの方には一週間くらい前にも私の方から連絡送ってて、その時は『覚えてますよ! 絶対に行きます!』って返ってきたの。この話、まだせっちゃんにはしてなかったよね?」


 そう愛は聞くが、正義は首を振った。


「いや、それなら勇気から聞いたぜ。この前俺の傷が治って、みんなと居る時に」


「え……そうなの?」


「あぁ!」


「じゃあ、夢ちゃんの方は?」


「それも聞いてるぜ! 夢の方は勇気が連絡したんだろ? 約束の日までには輝ヶ丘に戻るって感じの返信があったって言ってたな! それにしても、驚いちゃうよなぁ! 父ちゃんの仕事の都合とは言え、夢が海外暮らしだもんな! ニューヨークだっけ? ホットドッグとか喰ってんのかなぁ?」


 どうやら正義の中では、アメリカ=ホットドッグ……らしい。おそらく今の正義の頭の中には、肉汁溢れるソーセージが挟まったホットドッグが浮かんでいるのだろう。正義はちょっと遠くを見て『美味しそう!』という感じの顔をしている……いや、そんな事はどうでも良い。それよりもそうなんだ、黄島夢は3年前に親の都合でアメリカに渡っている。『輝ヶ丘に戻る』というのも、『日本に戻る』という意味だ。


「う~ん、それは分かんないけど……あっ、じゃあ私達が二人に連絡してた事、全部勇気くんから聞いて知ってたんだ!」


 愛はこの事に驚いた。何故なら、愛からすれば正義は少しマイペースな人間に見えていたからだ。夢と優の事を聞かないのも、ただマイペースでいるからだと思っていた。

 でも、正義はちゃんと夢と優を気に掛けていたみたい。


「あぁ、ちゃんと聞いてるぜ! そう言えば夢さ、女優になりたいって昔よく言ってたろ?んで、向こうに行ってからはマジで目指し始めたらしくて、今レッスンとかスゲー頑張ってるらしいぜ! 最近はオーディションも良いところまで行けるようになったんだってさ! 後さぁ、これは優の事なんだけどぉ~~」


「ちょ……ちゃんと待って! 何でせっちゃんそこまで知ってるの?!」


 愛は驚いた。だって、正義の口から飛び出た情報は、愛も知らない情報だったからだ。


「え? そりゃあ、夢から聞いたからだよ!」


 正義は軽い調子で返した。そして続ける。


「それでさ、優の奴は輝ヶ丘高校の推薦通ったらしいぜ!」


「え?!」


 これもまた初めて聞く情報……


「アイツ、英雄として頑張る為に『受験は早いとこ終わらせよう』って考えてたらしくて、推薦で入学出来るようにめっちゃ頑張ったんだって! スゲーよな! へへっ!」


 正義は『へへっ!』と笑うと、誇らしい顔をした。


「これで四月からは、優も愛達と一緒の学校に通えるな!」


 因みに、緑川優は正義達よりも二つ下の年齢だ。現在は中学3年生。夢はその間の、高校1年。


「ちょ……ちょっと……」


 愛の驚きは止まらない。正義はマイペースどころか、二人に関しての情報を愛よりも全然知っていたから。


「な……なんでそんなに知ってんの?」


「え? だから、二人から聞いたからだよ! あ、そっか! ごめん、ごめん! 言ってなかったな! 俺もさ、前々から夢と優には連絡入れてたんだよ! あの二人はあん時まだ小4と小3だったろ?だから、もしかして『約束の日っていつだったっけ?』とかなってんじゃないかなぁ~~って思って! へへっ! 全然取り越し苦労だったけどな!」


 正義にとって夢と優は友達でもあり、妹や弟の様な存在だった。だから、二人の事を語る正義は優しく笑う。


 愛も同じだった。二人の事を可愛く思っていた。だが、今の愛の顔は曇る。それには理由がある。愛は正義が輝ヶ丘に戻ってくるまで、彼がちゃんと戻ってくるのかどうか、毎日毎日不安で不安で堪らなかった……その原因は正義が全く連絡をくれなかったからなのだが、

(『なら自分の方から連絡をすれば良いじゃないか』と思う人もいるかも知れない、でも、そうはいかないのが人間だ。『気になれば気になる程に、相手へコンタクトを取るのが怖くなる……』そんな事もあるだろう。)

 どうやら正義の方は、夢と優にはちゃんと連絡をしていたらしい。だから愛の顔は曇る。


「そう……なんだ。私と勇気くんの事は全然放置だったけど」


「へへっ! そりゃ~なぁ、勇気と愛は大丈夫だろうって思ってたからな!」


 この言葉を聞いた愛は、


 ― やっぱりコイツはマイペース野郎だ!


 と思った。


 ― 勝手に決めないでよ! 全然大丈夫じゃなかったから! 色んな意味で!!


 と……だが、愛はすぐに頭を切り替える。


「そっか、まぁ良いや。そういう事なら後で頭突きね」


 ちょっとした約束を添えて。

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