第3話 慟哭 11 ―勇気は逃げたのか?―

 11


「う~ん……」


 切り株の椅子に座って切り株のテーブルに頬杖をつく愛は、スマホの画面を見ながら小さく首を傾げた。


「どうした?やっぱり返信が無いのかボズ?」


「うん……」


 愛は残念そうな顔をしながら、本を閉じる様に手帳型のスマホカバーを閉じた。


 現在はもう正義とデカギライとの戦いから一夜明けている。今は日曜日の午前。昨日とは打って変わって、快晴の空が輝ヶ丘の町を照らす、そんな日曜日だ。


 では、『返信が無い』それは誰からなのか。それは、勇気だ。愛は昨夜、正義から事の一部始終を聞いた。そして就寝につく前に、勇気に『大丈夫?』とただ一言だけのメールを送っていたのだが、一夜明けても結局返信は来ていなかった。


「はぁ……」


 愛が秘密基地に来てからはまだ30分も経っていない。それなのに、愛が勇気からの返信を確認した回数は、もう両手で数えられる数字を優に超えていた。

 それだけ愛は勇気が心配だった。


 ただ、ボッズーは少し淡白。


「もしかしたら、勇気はもう俺達に関わるのを止めにしようとしてるのかもなボッズー」


 悪気はなさそうだか、少し冷たい口振り。


「何でそう思うんだよ?」


 愛とボッズーの会話に入ってきたのは正義だ。正義は愛の向かい側に座っていた。片手には傷を癒す《魔法の果物》を持っている。その果物を一口齧りながら、正義は二人の会話に入ってきた。


「だって、昨日勇気は逃げたんだぞボズ」


「だから、何度言わせんの? 逃げてないよ。ただ走ってっただけだよ」


「だから、何度言わせんだボズ。それが逃げたって事なんだよボズ」


「違うよ。ただ走っただけ」


「何だよそれはボッズー!」


 実はボッズーと正義は、昨日からこんなやり取りを、少し言葉や内容を変えて、何度も何度も繰り返していた。


「いやぁ、だって、山ん中は暗かったからなぁ。俺も一瞬アイツを敵だと思っちゃったし、アイツも多分一緒だ。俺だって気付かなかったんだよ」


 正義は勇気が逃げたとは決して認めなかった。


「いや、そうだとしても、敵前逃亡は敵前逃亡だろボズ。敵を目の前にして英雄が逃げるのか? 戦えないにしても、正義を呼ぼうとするとか考えるのが英雄だぞボズ! それに、勇気が逃げなかったら、正義も怪我しなくて良かったかもだろボッズー!」


 でも、ボッズーは『どんな事情があろうが、勇気が逃げた事は英雄として許されない』と譲らない。


「いや……だから、俺がデカギライにやられたのは勇気は関係無いんだって。勇気が居なくなった後が本番だったんだから。俺が勝手に油断して、デカギライにしてやられただけだよ」


「いや! 違うボズ!」


 この話も前にも聞いてる。ボッズーは正義がどう言おうが、『正義がやられたのは正義だけのせいじゃない』と頑なに否定した。


「勇気が居たなら俺をすぐに呼ぶ事が出来たろボズ!」


「いや、それもさ、俺がデカギライに出会った時にお前を呼べば済んだ事さ」


 正義も同じだ。ボッズーの言い分を頑なに否定する。


「デカギライにやられたのは、全部が全部俺のせい。俺が油断したせいだよ。そんなの俺が一番分かってる。俺の考えが甘かったせいだ。馬鹿だよ俺は……」


 正義は分身したデカギライにリンチにされた。しかし、その時の記憶を正義は持っていない。気を失ってしまったのか、それとも記憶を失くしてしまったのか、それすらも定かじゃない。ボッズーから聞いた話でしか、その時の事は分からない。


「自分のせいってねぇ……」


 ボッズーが見付けた時の正義はもうボロボロで、デカギライはそんな正義をピンボールの様に弄んでいた……そんな壮絶な光景を見たからこそ、ボッズーは勇気を庇う気にはなれなかった。


「それは違うボズよ。勿論、正義に伝えるべき事を伝えてなかった俺も悪い。けど、やっぱり俺は、勇気が居たらって考えちゃうけどなボッズー! 俺はこの前、勇気には《勇気の心》があるって言ったし、信じてた。でも、昨日の勇気の行動は、結果論かも知れないけど、正義を傷付けたんだボズ! 見捨てたのと一緒ボズ! 敵前逃亡ってヤツだボズよ!」


「う~ん……」


 正義は頭を掻いた。


「何だボズ! その態度は!」


「ん? いや、腹減らねぇ? そろそろ朝飯喰わねぇか?」


「なにぃ? さっき喰ったろボズ! それにお前は今も喰ってんだろ!」


「え? あっ! そうだった! じゃあ、ブランチだ! ブラブラブランコ!」


 正義はこの話題は堂々巡りで終わりが無い事を察した。言い合いの内容だって、始めは『勇気はもう自分達に関わろうとしないかも』というボッズーの発言からだったのに、今はもうその話題からは反れてしまっていた。だから正義は下らないダジャレで話題を変えようと考えた。正義は『いつかボッズーも、自分の言い分を理解する筈だ』と信じていた。だから一先ずは話題を変えようとしたのだが、正義のダジャレは話題を変えるどころか、ボッズーの口をつぐませた。


「あ……ありゃ? つまんなかった? へへっ! スベったか!」


「ぺゅぅ……」


 呆れ顔と言うか少し怒り顔のボッズー。ボッズーは真面目に議論をしているつもりだったから、正義が急に茶化し出した事に怒ってしまったんだ。


「………」


 一人、元から黙っていた愛は、いつも間にか再びスマホを開いていた。愛は別に二人の話を無視していた訳ではない。ちゃんと二人の言葉を耳では聞いていた。だが、二人が話している最中にスマホにある通知が届いていたんだ。そして、愛はスマホの画面を見ながら、正義とボッズーに向かってヒラヒラと手を振った。


「ねぇねぇ、せっちゃん、ボッズー。あっ……ごめん、今私が話しちゃっても大丈夫?」


 勿論だ。ボッズーに睨まれる正義は、いち早く今の空気を変えたかった。


「勿論! 勿論! なに? どうした?」 


「これなんだけど」


 正義に問い掛けられると、愛は正義にスマホの画面を見せた。テーブルの上に座るボッズーも、回り込んでスマホの画面を覗き込む。


「さっきニュース速報が届いたから見てたんだけど、デカギライだっけ? 昨日せっちゃんと戦ったバケモノ? それのせいで燃えてた火事がさっき鎮火されたんだって」


「ほぉ~~」


 正義の口からフクロウが鳴いた。


「木が燃えた以外は………え~っと、大きな被害も無さそうだな! 良かったぁ~~!」


 正義は勝手に画面をスクロールさせてニュースの文面を読んだ。


「勝手に人のスマホを使うなボズ……」


 さっきの正義にそんなにムカついたのか、ボッズーは不機嫌だ。


「あ……そっか、ごめん」


「ふふっ、別に良いよ!」


 と愛は笑う。


 それから暫くの間、正義達三人は何気ない会話を楽しんだ。普通の会話をしている内に、正義とボッズーのギクシャクとした感じも無くなって、いつもの感じに戻っていった。


「なぁ、愛、今何時?」


《願いの木》からどっさりと持ってきた果物を食べ切った正義は、腹をポンポンと叩きながら愛に向かって聞いた。


「今? えーっと……」


 正義に聞かれると愛は、スマホを開いて時刻を確認した。


「あっ! もう10時になるよ! 今、9時43分!」


「そうか! んじゃ、もうそろそろ良い時間だな!」


 実は、正義達はこれからある場所へ行く約束をして集まっていたんだ。約束した時間は10時だった。でも昨日の件もあって、正義の体を心配した愛が少し早く来てしまい今までずっと時間を潰していた。


「10時にここ出て、多分15分とかで着くよな? それとも20分かな? あ、つか差し入れも買わなきゃだから、もうちょっと時間かかるか!」


「差し入れって……ちょっと、せっちゃん言葉違くない? お見舞いなんだから」


「そっか、じゃあ何て言えば良いんだ?」


 三人の約束は、勇気の母のお見舞いだ。

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