第2話 バケモノッッッッッ!!!!! 13 ―その時、正義の瞳が真っ赤に燃えていた―

 13


『目は口ほどに物を言う』


希望はこの諺を思い出した……


「おじさん……」


 正義が呟いた。とても静かな声で。さっきまでの戸惑いと焦りを全面に出した少年っぽさは消えていて、とても耳心地の良い、優しい声。


「さっき……『化け物』って言いましたよね? その話、もっと俺にちゃんと話してくれませんか?」


「は……話……?」


 正義に話し掛けられた叔父の肩がビクリと動く。


 怯えているのだろうか……

『いや、そうじゃない。多分、おじさんは"コレ"を初めて見たんだ』……希望はそう思った。

 希望は見たんだ。正義の顔を見た瞬間に、正義の"瞳の奥にある物"を。そして、それを見るのは初めてじゃない。既に一度、希望は見た事があった。それは昨日だ。希望は昨日、正義の"瞳の奥にある物"を見たから『君を助けにきた』と言った正義の言葉をすぐに信じる事が出来たんだ。


 正義の瞳の奥にある物、それは……悪と戦う覚悟を持った激情と、命を慈しむ温和さを併せ持つ"心"……そう、赤井正義の瞳には《正義の心》が燃えていた。


「おじさん!」


 希望は叔父に話し掛けた。


「おじさん、話してあげて正義さんに!」


 今なら叔父はこの願いを聞いてくれるだろうと希望は思った。何故なら、叔父は自分の間違いに気付いた筈だから。正義の瞳の奥に見える《正義の心》が、叔父に教えてくれた筈なんだ。自分の間違いを……


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 叔父の息が激しくなった。


「の……希望、ちょっと……離れてくれるか。ごめんな。なんだか混乱している……」


 叔父は額にかいた汗を拭きながら立ち上がった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 叔父は立ち上がると、正義に背中を向け、コツ……コツ……と一歩、二歩と歩き出した。この行動に意味はない。叔父はただ混乱した頭を紛らせたかっただけだ。


 叔父は足早にエントランス内をうろうろと歩き回り始めた。歩きながら短い髪を何度もかき上げる。汗が拭いても拭いても、吹き出てくるからだ。


「はぁ……はぁ……あぁ……えぇっと……」


 ため息の様な呟き。叔父は自分自身を落ち着かせようとしていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 荒い息のままエントランスを歩き回った叔父は、再び正義や希望の近くまで来ると「ふぅ……」と息を吐いた。


「あぁ……と。き……君は、は……話を聞きたいって言ったね」


 叔父は遂に意を決した様だ。ただ、正義の方は見れない。額に手を置き、項垂れたまま話を始めた。


「は……話せる内容はそんなに無いよ。申し訳ないけど。俺はただ警察から聞いただけなんだ……犯人が逃げ出したって事と、逃げる際に犯人が"白い化け物"に変身したという証言がある事……それだけなんだ。それぞれも特に詳しくはない。申し訳ないけど、ただそれだけなんだよ……」


「そうですか……」


 やっと自由の身になった正義は、いつの間にか胡座をかいていた。

 叔父の話を聞いたその顔は思案顔へ、右手が髪の毛をクシャクシャとかき回し始めた。


「"白い"か……こりゃやっぱりアイツ等だな」


 ボソリと一言。希望には『アイツ等』が誰か分かった。叔父は頭の上に『?』を浮かべているのが表情だけでよく分かる。


「とりあえずボッズーにも知らせねぇとな……やっぱり出てきたか《バケモノ》が。『明日から365日』……ピエロが昨日言ってた通りにしようってつもりか。それにしても、あのリーダー格の男がバケモノに……ヨシッ! こうなりゃ動くしかねぇな!」


 正義は思案顔を捨てて、気合いに溢れた顔に変わった。そのままポンっと膝を叩いて勢い良く立ち上がる。


「おじさん! ありがとうございます! 今ので十分です! 助かりました!!」


 そして、その勢いのままで希望の叔父にペコリと頭を下げた。


「え……あっ……いや」


 でも、勢いの良い正義とは反対に、希望の叔父は肩を落として意気消沈の様子。


「へへっ!」


 そんな叔父に正義は笑いかける。


「……なんかよく分かんないけど、信じてもらえたって事っすよね? 俺が希望の友達って事!」


「え………?」


 話し掛けられた叔父は少し顔を上げて、チラリと正義の顔を見た。


 その目に正義のいつものニカッとした笑顔が映る。その笑顔を見た叔父は再び目を反らし、生唾をゴクリと飲み込んだ。


「えぇ……あ、あぁ……う、うん」


 コクリ……そして、希望の叔父は頷いた。


「へへっ! 良かった!」


「うん! 良かったねぇ~正義さん! おじさん、疑う方が変なんだよ! 正義さんは僕のヒーローなんだから!」


 希望は項垂れる叔父に近付いて、その手を取るとブラブラと揺さぶった。


「ヒーロー……ヒーローか」


 叔父は独り言を呟くと、希望の顔を見た。

 希望は嬉しそうにニコニコと笑っている。純粋な笑顔だ。


「はぁ……希望、俺は馬鹿をやってしまった様だね……」


「ハハっ、おじさん凹んでんの? 大丈夫だよ! 正義さんは怖い人じゃないから、多分怒ってないよ。ちゃんと謝れば大丈夫だよ!」


「あ、謝るか。う、うん。そうだね……このまま希望に、ダメな大人の姿を見せる訳にはいかないね……」


 その笑顔を見た叔父の中に、少しの勇気が湧いた様だ。叔父はスッと顔を上げた。


「アカイ……セイギくん。そう言ったね……?」


 まだ落ち込みは消えてないが、叔父は真っ直ぐに正義の目を見た。


「へへっ! そうです! 赤井正義です!」


 正義はいつものニカッとした笑顔を浮かべ、その目を見詰め返す。


「君……君はとても良い目をしているね……その目を見て分かったよ。私はとんでもない勘違いをしてしまっていたみたいだ。希望の友達の君に、本当に失礼な事をしてしまった……」


「え……目ぇですか? へへっ! ちょっとそれはよく分かんないですけどぉ……へへっ! いえいえ、おじさんは希望を守るためにした事じゃないですか! 俺も逆の立場だったらやってますよ! へへっ! 大丈夫っす!」


 正義は『全然気にしてない』と言った様子。だが、それじゃあ希望の叔父は納得しない。


「いや……私に、キチンと謝らせてくれ」


 叔父は体をほぼ90度に曲げた。


「本当にすまない事をした! 申し訳ない!」


「あ……いや、そんなぁ」


 正義は困った。ドキマギしてしまう。大人の人にこんな風に謝られたのは初めてだ。


「あ、謝らないで下さいよぉ……ほ、本当良いですから」


「いや、そういう訳にはいかない! 本当にすまない!!」


 叔父はガバッと顔を上げると、再び頭を下げた。


「え……えと、希望ぅ」


 正義は助けを求める様に希望を見た。


「ワハハハハっ!」


 希望は叔父が正義を信用してくれた事が嬉しいからか、それとも困る正義が面白いのか大きく笑った。


「お……おい、希望……笑うなってぇ!」


 正義は困って、また髪をかき回し始めた。


「ん?」


 その時、その手に着けた腕時計がピカッと光った。


「ん?」


「……ん?」


 薄暗いエントランス内に光った目映い光。その光に希望も希望の叔父も気が付いた。

 その光は青い光だった。青色の光が、腕時計の文字盤からピカピカと放たれている。


「これは……」


 ― 青い……光。これて、勇気か?


 正義は思い出した、ガキセイギの姿で勇気と愛と通信を取った時の事を。その時、仮面のゴーグルの内側に映る腕時計の形をした五つアイコンの内、青とピンクのアイコンが光っていた事を。


 ― 青が勇気、ピンクが愛だった……それじゃあこれは


 正義は胸騒ぎを覚えた。


 何故なら、正義は勇気に言ったから。


『もし、アイツ等が出たりなんかしたらすぐにコレで俺を呼んでくれ……』と。


「もしかして……」


 正義は腕時計の文字盤を叩いた。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 荒い息遣いが聞こえてきた………

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