第2話 バケモノッッッッッ!!!!! 3 ―勇気も本気だ―

3


「ううぅぅぅぅ~~~~!!!」


 食べた瞬間に正義は悶絶した。目を閉じて足をドタドタと踏み鳴らす。


「美味ぇぇ~~~!!!」


「ハハッ! おいおい、大袈裟だろ!」


 オーバーリアクションな正義を見た勇気は、また嬉しくなって大きな笑顔で笑った。


「いやいや、お前は食べ慣れ過ぎて分かんなくなってんのよ!」


 そう言いながら正義はもう一口頬張った。


「美味ぇ~~!!! このピクルスが良いんだよなぁ~~!! 美味ぇ~~!!!」


 勇気の母が作ったサンドイッチには酸味の効いたピクルスが入っていた。ハムとレタスに、細かく潰されたゆでたまご、それとピクルスだ。

 正義は、勇気の家に遊びに行った時とかに時々出されるこのサンドイッチが大好きだった。


「昔さぁ、母ちゃんに真似して作ってくれって頼んだんだけど、何か違ったんだよな! やっぱ勇気のおばちゃんのサンドイッチじゃねぇと! このピクルスよ、このピクルスが良いのよ!!」


 久々に食べたこの味に、正義は満面の笑みだ。


「美味ぇ~~!!! 最高ぅ!! 最高ぅ!!」


 でも、勇気は正義があまりにも褒めるものだから、ちょっと恥ずかしくなってきた。


「おいおい……もういい、もういい! 褒めすぎだ!」


 勇気の笑顔は困った顔に変わって、幸福の表情を浮かべる正義から恥ずかしそうに顔を背けた。


「へへっ! 良いじゃねぇか! だって美味いんだもん!!」


 そう言って正義はペロっとサンドイッチを一個食べ終えた。


 でも、大丈夫。まだもう一個ある。


 そのもう一個のラップをときながら、正義は勇気に聞かなきゃいけない事があるのを思い出した。


「あっ………そうだった、そうだった! なぁ、なぁ、勇気!」


 そう言って正義は顔を背けた勇気の肩を叩く。


「俺さ、お前に聞きたい事があるんだ!」


「俺に聞きたい事?」


 勇気はチラリと正義の方に顔を向けた。


「あぁ、昨日勇気さ、希望の事送ってったろ?」


 勇気は頷く。


「あぁ、それがどうしたんだ?」


 正義の方は新たなサンドイッチにかぶりつく。


「いや、それがさぁ俺、希望に昨日返し忘れた物があって、ソイツを返したいんだよね。だから、希望の家の場所、教えてほしいんだ」


「返したい物?」


「うん」


 正義はダウンジャケットからダンボールジョーカーの人形を取り出した。


「コレなんだけどさ」


「なんだこれは……?」


 この勇気の疑問に答えたのは、正義じゃなくてボッズーだった。


「『仮面バイカーダンボールジョーカー』ボズ。子供向けのヒーロー番組のキャラクターボズ。今、子供に人気なんだボズよ」


「ほぅ……」


 そのボッズーの説明に勇気は口笛の様な音を鳴らした。


「……仮面バイカーか、懐かしいな。で、コレが希望くんの物なのか?」


「あぁ、多分な」


「多分?」


「うん。コレさ、希望を誘拐した犯人の車の中で見付けたんだよ。『きっと希望の物だ』……って思って、『返してあげなきゃ』って、ずっと持ってたんだけど、結局返しそびれちまって……」


『こんな俺、呆れて笑えてくるだろう?』とでも言いたげに、正義は眉を困らせ勇気を見詰めた。


「なるほどな……」


 でも勇気は笑わない。ただ納得した様子で、正義に向かって頷いた。


「分かった。でも……お前確かスマホ壊したんだったよな?」


「うん」


「それじゃあ、希望くんの家を教えてくれと言っても、どうするか………正義、お前は住所を知ってればその場所に行けるタイプか? 昨日希望くんに教えてもらった住所なら、俺のスマホにまだ履歴が残っているが……」


「いや……それはぁ……う~ん」


 正義は困らせていた眉をしかめた。正義は住所が分かっていても、スマホのナビが無いと目的地に辿り着けない現代人だ。


「そうか……そうだよなぁ」


 そして、それは勇気も分かってる……というか、勇気自身がそうだから、正義もおそらくそうだろうと思ったんだ。


「それなら、俺が直接案内するしか無いか……しかしなぁ」


「なんだ? 案内するの嫌なのかボズ?」


「ん? いやいや、そうじゃない。ちょっとこれから用事があってな……正義、明日で良いか?」


『明日』……それは正直ちょっと遠かった。


「あ、明日かぁ……今日じゃ無理そうなのか??」


 正義の眉がまた困った。


「希望の奴さ、この人形失くしたと思って悲しがってると思うんだよ。だから、俺、なるべく早く返してあげたいんだ……」


 正義はそう言うが、勇気にだって事情がある。


「う~ん……」


 勇気はスマホを取り出して時間を確認してみた。しかし、やはり首を横に振るしかなかった。


「いや……やっぱり今日はもう無理だな。そろそろここも出なきゃ行けない時間だ……すまん」


「そ……そっかぁ…………いや、こっちこそ無理言っちゃって悪いな……」


 残念そうに正義は呟いた。その背中も残念そうに丸まった。


「すまんな、正義。今日は…………父さんの命日だから」


 呟く様に、静かに言った勇気のこの言葉。

 この言葉に正義はハッとした。


「えっ!! あっ……! そっか……今日って! あぁ……ごめん、俺、自分の事しか考えてなくて全然気付かなかった。ごめん!!」


 正義は勝手な事を言っていた自分に気が付いて、申し訳なさそうに頭を下げた。

 何故なら、正義は知っていた。幼い頃から、勇気は父の命日には必ず墓参りに行っている事を。


 それが今日だった。


 そして、『父に会いに行く』……とも言えるこの日を、勇気がとても大事にしている事も、正義は知っていた。


「マジでごめん……馬鹿だな俺は」


「おいおい、そんな事を言うな。希望くんの事を喜ばしてあげようとしてたお前が馬鹿な事あるか……今日は俺とお前の都合が合わなかっただけだ」


 だが、勇気は友の要望にも応えてあげたかった。


 だから勇気は考える。


「そうだなぁ……う~ん……」


 腕組みをして、昨日この基地から希望と一緒に歩いた道を思い出す。


「……何か、何かないかなぁ………」


『何か、上手く希望くんの家までの道を説明する方法はないか……』と勇気は考えた。


 すると、


「あ……そういえば……」


 勇気は希望との道中で交わした会話を思い出した。そして、その会話が正義に希望の家の場所を説明する良い方法に変わる事に気が付いた。


「正義、お前山下覚えてるか?昔よく行ったろ?」


 質問をしてはみたが、勇気は『正義は忘れている訳が無い』と思っていた。


 そしてそれはその通り。


「山下? 駄菓子屋の山下商店か??」


「あぁ、そうだ。その近くに公園があるのも覚えてるか?」


 正義は頷く。


「あぁ、勿論! パンダ公園だろ?」


《山下商店》に《パンダ公園》……正義にとっては忘れる訳がない、勇気や愛たち同級生とよく行った想い出の場所だ。


「あぁ、そうだ。そのパンダ公園だ。正義、お前はまずそこ、パンダ公園に行け。そしたらな……」


「ああ、ちょ、ちょっと待って。なんだよ、急に道案内始まったのか!」


 枕詞も付けずに始まった勇気の道案内に正義は驚いた。でも、すぐに頭を切り替える。


「よしよし、パンダ公園な! パンダ公園に行く! で、で、次はどうすんだ?」


「次は、すべり台側の入り口……パンダの遊具側じゃないぞ。すべり台側だ」


「うん、うん、すべり台側の入り口……」


 こんな簡単な説明でも正義には伝わった。何故なら、毎日と言っても過言じゃないくらいに遊んだ場所だからだ。目を瞑れば写真を見る様に鮮明に思い出せる。


「そうだ。その入り口が面した道路を駅の方向に向かって真っ直ぐ歩け」


「真っ直ぐ歩く!!」


「そうそう、そしたら正面にある家々の少し向こうにデカいマンションが見える筈だ……」


「デカいマンション……」


 正義は頭の中にメモを取る様に目を瞑ってマンションをイメージしてみた。


「あぁ、お前がこの町に住んでいた頃はまだ建っていなかったから、きっとすぐに目に留まる筈だ」


「なるほど……」


「そのマンションの1005号室、そこが希望くんの住む家だ………すまんが、そこからの道は希望くんと話しながらだったから、あまり記憶にない……。公園からはまだまだ歩くが、上手く行ければおよそ5分くらいで着くと思う。どうだ?行けそうか?」


 勇気は心配そうに聞くが、その心配は無用だ。


 目を開いた正義は、勇気の顔を力強い眼差しで見詰めた。


「あぁ!!」


 そして、その声と同時に正義は勢い良く立ち上がった。


「大丈夫そうだぜ! マンションを目指して歩きゃなんとか着くだろ! ありがとう、助かる! マジで!!」


「ハハッ……そうか。なら、良かった!」


 やる気漲る顔をした正義を見て、勇気は一息の笑みをこぼした。勇気は安心したんだ。『正義の力になれて良かった……』と。


 そして、勇気も立ち上がる。もうそろそろタイムリミットだ。もう基地を出て出発しないと……


「さて……すまんが、俺はもう出ないとダメだ。正義、健闘を祈ってるよ」


「へへっ! 健闘って、大袈裟だぜ!」


「フッ……確かにそうだな」


 勇気は自分で言って自分の言葉に笑った。


「へへっ! それより、お前も気を付けろよ。今、何が起こるか分かんないからな。もし、アイツ等が出たりなんかしたらすぐにコレで俺を呼んでくれ……」


 正義は腕時計を勇気に向けた。


「……確か通信は取れたもんな!」


「あぁ、だが……フフッ!」


 勇気がまた笑った。


「敵が目の前に現れた時、その時が、俺の覚醒の時なんじゃないのか?? ……もしかしたらな」


 今度は勇気が正義に腕時計を見せる。冗談なのか、それとも本気なのか、ニヤリとした笑顔を浮かべながら。


「へへっ! かもな!!」


 正義の方は本気だ。だって、正義は勇気を信じているから。


「フフッ……それじゃあ、正義、ボッズー、またな! 明日も来るよ。ボッズー、また明日も牛乳買ってきてやるからな!」


 勇気は二人に向かってそう言うと、椅子の脇に置いていた鞄を手に取って、最後にボッズーの頭をポンっと叩いた。


「牛乳も良いけど、バニラアイスでも良いボズよ!」


「ハハッ! アイスか、了解! 了解!」


 勇気はボッズーにニコッと笑った。


 そして、


「それじゃあな!!」


 二人に手を振ると、勇気は《英雄たちの秘密基地》を出ていった。

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