第2話 バケモノッッッッッ!!!!! 2 ―寝ぼけるなよ正義……―

 2


「あ………ヤッベェ! 忘れてた!!!」


「うおっと! ………何ぃボズ?」


 切り株のテーブルの上に座って、穏やかな気持ちで朝食のサンドイッチの最後の一口を楽しんでいたボッズーは、さっきまで自分のすぐ後ろの椅子に座り眠気まなこを擦っていた筈の正義の突然の叫びに驚いて、後ろを振り向いた。


「いやぁ……ヤベェ、忘れてたよ……」


 振り向いたボッズーの後ろでは、正義が何やら困った顔をして赤いダウンジャケットのポケットの中を探っている。


「そんなに慌ててどうしたんだボズ?」


 ボッズーは朝食のお供にしていた牛乳を一口飲んだ。ストローでちゅ~と一口。そして、ボッズーは顔だけじゃなく体ごと正義の方を向く事にした。


「忘れてたって、何ボズ??」


 そんなボッズーに正義はポケットから取り出した物を見せた。


「これだよ、これ、ダンボールジョーカー!!」


 それは、5cmくらいの小さな人形。茶色い髪がクルクルと巻いて、白い肌に真っ赤な鼻、銀色のサングラスみたいな目………


「んぅ?? なんだっけこれ??」


 しかし、ボッズーは首を傾げた。見せられてもピンっと来なかった。なんだか見た事ある気がするけど、いまいち思い出せない。


「おいおい、なんだっけじゃないだろ。これ、希望のだよ! ほら、昨日"あの男"の車にあった!!」


 正義が口にした『あの男』、それは希望を誘拐した三人組のリーダー格の男の事だ。


「あぁ~~!!」


 その言葉を聞いて、やっとボッズーもピンっと来た。


「……アレかボズ、正義があの男を怪しいって思った切っ掛けの」


「そうだよ、ソレだよ! ソレがコレだよ! あぁ……昨日色々あり過ぎて、結局希望に返し忘れちまったなぁ」


 正義は髪の毛をかき回した。元々寝癖でぐちゃぐちゃだったのに、それがもっとぐちゃぐちゃになってしまった。


「そうかぁ。でも、だったら返しに行けば良いだろボズ。そんな悩む事じゃないボズよ」


 ボッズーはまた一瞬後ろを振り返って牛乳パックを手に取ると、朝食の続きを取る事にした。

 正義の困った顔が何事かの大事を予想させたが、説明を聞いてみると『思ったよりも大した事じゃなかった』とボッズーは思った。


「いやいや、返せって言ったってさ! 俺、希望の家も知らないし、電話番号も知らないんだぜ! あぁ参った……希望、今頃きっと失くしたと思って悲しがってるぜ……」


 正義の髪をかき回す手はドンドン速くなった。まだついちゃいないが、そろそろ正義は『はぁ……』と溜め息をつきそうだ。


 だけど、ボッズーはそんな正義の落ち込む様子も気にしない。それどころか、ボッズーは集中力の行き先を完全に牛乳に戻してしまっていた。まろやかな口当たりに、心を落ち着かせる優しい甘さ。牛さんに感謝だ。


 そしてまたボッズーはストローで牛乳をちゅ~~と吸い込んだ。


「そんな事は俺も知ってるボズよ。そんなの勇気に聞けば良いだろボズ。勇気は昨日希望を家まで送ってったんだからさ。正義、お前も何か食べるか飲むかしろボズ、頭が全然働いてないぞボッズー!」


 そう言ってボッズーは、自分の真横に置いていたクーラーボックスからもう一本牛乳を取り出し正義に差し出した。


「え……勇気??」


 ボッズーに指摘された正義は一瞬首を傾げた…………が、すぐに『あっ!』と思い出した。


「あっ! そっか、そっか!」


 そして、正義は髪をかき回す手を止めて、困った顔から照れた顔へと変わった。


「へへっ……そうだったぜぇ。昨日、結局希望を送ったの勇気だんだもんな! いやぁ、寝惚けてんのかな、俺?馬鹿だな、俺!!」


 正義は笑った。自分の馬鹿さ加減に。


 でも、しょうがない。正義は昨日、体を休める為にたっぷりの昼寝をしてしまって、夜は日付が変わっても全然眠れなかったんだ。だから午前10時の現在でも、まだ起床から15分も経っていない。寝起きの正義の脳ミソはまだエンジンすらかかっていなかったのだ。


「そういう事ボズ。馬鹿ボスよ、本当に。慌てん坊ボズ。ほら、コレ飲め! 目ぇ覚めるぞ!!」


「へへっ! ありがとよ! んじゃ、お言葉に甘えて!」


 正義はボッズーから牛乳を受け取ると、勢い良く飲み口を開けた。


「ん……?」


 でも、その手はすぐに止まった。


「あれ? ……ちょっと待て、この牛乳、何であんだ?? まさか、ボッズーお前が買いに行ったんじゃ……」


 正義が疑問を言い終える前に、空かさずボッズーが首を振る。


「……じゃ無いよなぁ。んじゃあ……」



 ウィーーン………



 と、正義の背後から自動ドアが開く様な音が聞こえた。


 そして、それと同時に


「俺だよ……」


 聞き覚えのある声が………


その声は正義に言葉を掛け続けながら、コツコツと足音を立てて近付いてきた。


「……やっと起きたか正義。それは俺が持ってきたんだ。久し振りにお前と朝食を取るのも悪くないと思ってな。だが、まさかまだ寝ているとは思わなかった……」


 正義はその友の声が聞こえると、すぐに振り返った。


 そして、その声の主は勿論……


「勇気!!」


 油断すればまだまだ半目になってしまいそうな程だった正義の眠気は、勇気の顔を見た瞬間に一気に吹き飛んだ。


「お前、来てたのかよ!!」


「あぁ、30分以上も前にな……」


 そう言って勇気はスマホを見て時間を確認すると、正義の隣の椅子に座った。因みに、切り株のテーブルの前に置かれたこの椅子も、小さな切り株の形をしている。


「そんな前にか!! なんだよ、だったら起こしてくれたら良かったのに!!」


 正義は勇気に向かってニカッと笑った。


「いや、起こす程の用でもないからな。それに、この下の高台から輝ヶ丘の町並みを眺めがら喰う朝食も悪くはなかった……」


 そこまで話すと勇気は、手に持った鞄を膝の上に乗せてその中からビニール袋を取り出した。


「ん? なんだよそれ??」


「さっき朝食でも……と言ったろ? 母さんになお前がこの町に帰ってきたと伝えたら、お前の為に作ってくれたんだ。サンドイッチだ。嫌いじゃなかったら食べてくれ」


「えっ!」


 正義は勇気のその言葉を聞くと、瞳を爛々と輝かせた。


「おばちゃんが!! 俺のために!!!」


「あぁ、ついでと言えばついでだけどな。これから少し出掛ける用事があるから、自分の朝食を作るついでにな」


「へへっ! いやぁ、それでも嬉しいぜ!! 俺の為に作ってくれたんだろ!! へへっ!!」


 そう言って正義は嬉しそうに勇気から袋を受け取った。


「アハッ!! 本当だ! おばちゃんのサンドイッチだ!!!」


 袋の中身を覗き込んだ正義の瞳はより爛々と輝く。


「へへへっ!! おばちゃんのサンドイッチなんて、めちゃめちゃひっさびさだぜぇ~~!! なぁなぁ、勇気! 小学校の遠足の時、俺のおにぎりとお前のサンドイッチよく交換こうかんこしたもんな!! 懐かしいなぁ!!」


 正義が袋から取り出したのはラップにくるまれたごくごく普通のサンドイッチ。でも、正義の顔は特別な物と再会出来たという感じでとても嬉しそうだ。


「フッ……そんな事もあったなぁ」


 勇気もだ。勇気も昔を懐かしんで微笑みを浮かべた。


「へへっ! ほらぁ、ボッズー! 羨ましいだろぉ~~!!」


 嬉しさの反面、調子に乗った正義は、勇気の母が作ったサンドイッチをボッズーに見せびらかした。

 でも、そう簡単には神様は調子に乗せてはくれない。


「何言ってんだボズ……調子に乗ってる所悪いけどなぁ、ほら! 俺だって貰ったボズよ!」


 ボッズーは舌を『べぇ~~!』と出しながら、足元に置いていた丸まったラップを正義に見せた。


「えっ! ありゃ! お前も貰ったの! 俺だけじゃないの?」


 正義がちょっと残念そうな顔になって聞くと、


「ハハッ! あぁ、桃井にも作ってくれと言ってボッズーの分も作ってもらったんだ!」


 勇気は笑った。自分の母が作った物をこんなに喜んでくれるなんて、正直勇気は嬉しかった。


「チェ~~ッ! 俺だけかと思ったのに、なんだよぉ……」


「何をブー垂れてんだボッズー!! 早く食べろボズ! 美味いぞボッズー!!」


「知ってるよ! お前よりずっと前からな!」


 そう言って正義は、唇を尖らせながらサンドイッチのラップをといた。

 すると、その鼻をふわっと美味しそうな匂いがくすぐった。


「うおっ! 美味そうな匂い!!」


 その匂いを嗅いだ正義は、ちょっと拗ねてた気持ちも忘れて再びニカッと笑った。


「へへっ!! んじゃ勇気、おばちゃんにありがとうって言っといてくれ!いただきまぁ~~す!!!」


 正義は勇気に向かってそう言うと、間髪入れずに口をガバッと大きく開けてサンドイッチにかぶりついた。

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