第1話 大木の中へ 15 ―大木の中で―

 15


 あのあと、正義は《願いの木》の前で一時ひとときの休息を取った。ボッズーの優しさで《願いの木》からキングサイズのベッドを出してもらって。その睡眠のお陰で、正義の胸からは黒々とした痣がすっかり消え去っていた。


「へへっ! 遂に治りましたぁ~~!」


 目を覚ました正義は皆が待つ切り株のテーブルのある部屋に戻ると……


(《願いの木》がある部屋から切り株のテーブルがある部屋までの戻り方はかなり簡単だった。『どうしたら一番上の部屋に戻れるのかな?』と正義が滑り台のゴールになっていた木の穴に頭を突っ込んだ瞬間、正義はまるで逆再生されたかの様に滑り台を"逆に滑り"、《願いの木の門番》の部屋まで戻る事が出来たんだ。)


 ……Tシャツを捲り上げ、勇気、愛、ボッズーの三人に痣が消えた事を見せ付けた。


「おい、正義……脱ぐな。桃井は女性だぞ。デリカシーを持て」


 勇気の注意する様なものの言い方。だが、勇気の顔は微笑んでいる。傷付いた体を完璧な状態へと戻してきた正義を、勇気は心の中で称賛していた。


「え……あぁ! そっか、そっか!! ごめんな、愛!」


 因みに、もうここには希望はいない。正義が眠りについた後、勇気が希望を自宅まで送り届けていた。

 本当はボッズーが行く予定だったのだが、ボッズーの翼の傷もまだまだ治りかけだった為、彼が行く事にしたのだ。


「ちょっとせっちゃん!! 『そっか』ってどういう意味! まるで私が女だって事忘れてたみたいじゃん!!」


 勇気の正面に座っていた愛が拳を作って立ち上がった。


「うぇ!! いやいや、そういう意味じゃねぇって!!」


 ……と、正義が止めても愛の耳には入らない。愛は怒った顔をして切り株のテーブルを回ると正義に近付いていった。


「あっ! ちょっと……殴んないで!!」


「待ちなさい!!」


 正義と愛の二人は切り株のテーブルの周りを走り出した。まるで猫とネズミだ。


「おいおい正義、あんまりはしゃがない方が良いんじゃないか? 転んでまた怪我をしたらどうする?」


「そうだぞボッズぅ~!」


 勇気に同調したのはボッズーだ。彼はむにゃむにゃと美味しそうにアイスクリームを食べている。食べているのはバニラ味だ。


「ほら、そんな事してないでお前も食えボズ! 体をしっかり治してきたご褒美だ! うんまいぞぉ~~~!!」


 ボッズーは満面の笑みを浮かべて、クーラーボックスからアイスクリームを一個取り出すと正義に向かって見せた。


 でも、正義は見てない。全く見てない。だって愛に追い掛けられているから。

 因みに、因みに、このアイスは愛がボッズーに頼まれて買ってきた物だ。しかし、ボッズーは代金を後々正義に請求するつもり。そうなると、決して『ご褒美!』ではなくなる……悲しい話だ。


「元気になったらなったで、やはり騒がしい奴だな……」


『やれやれ……』といった雰囲気を出しながらも、勇気の顔はまだ微笑んでいる。勇気は元気いっぱいに走り回る正義を見て心を和ませているのだ。

 そして、勇気は『なぁ、お前もそう思うだろ?』と再びの同調を求める様にボッズーの顔を見た。

 勿論、求めている同意は『お前もこの瞬間が最高に楽しい時間だと思っているだろ?』という、言葉にしない本心の方だ。


 だけど、ボッズーはもうアイスの事しか考えていなかった。もう正義の方は見てはいない。


「フッ……そんなにか。ボッズーはアイスが大好きなんだな。良いのか一つ貰って?」


 勇気は少し前のめりになってテーブルの上に手を伸ばすと、ボッズーがくれたアイスを手に取った。


「うん! そうボズよ! 俺、アイス大好きボズ! 勿論、勇気も一緒に食べるだボズよ!」


 そう答えるとボッズーは勇気に向かって平たい木のスプーンを投げた。


「愛にはさっきあげたからな! 勇気も目を覚ましたなら食べろぃ!」


 アイスを食べるボッズーは本当に嬉しそう。冷たいアイスを食べているのに、その顔は少しほっぺが赤く見える。


「そうか、なら有り難く貰おうか……」


 勇気はアイスの蓋を取り、渡された木のスプーンの袋を破った。


「しかし、フッ……ボッズー。そんなに食べて大丈夫なのか? そろそろ腹を壊すぞ。いつまで食べるつもりだ?」


 勇気は少しからかう様な言い方で言った。


 勇気はさっきまで30分~40分くらいうたた寝をしてしまっていたのだが、ボッズーはその前からアイスを食べ続けていた。勿論、勇気の言葉は冗談だが、半分は本音だ。眠る前には既にアイスを食べ始めていたボッズーが、目を覚ました時もまだアイスを食べていたんだ。『いったいいつまで食う気だ……』と思ってしまうのも仕方がない。


「いつまでも、いつまでもボズよ! それにお腹はもう壊し慣れてるボズ!!」


 アイスを食べてボッズーはご満悦。出てきた返答も答えになってない答えだった。


「フッ……そうか、慣れてるのか……なら良いか!」


 勇気はそんなボッズーのご満悦な顔を見て、ニッコリと笑った。『こんなに幸せそうなら、好きなだけ食べさせてあげても良いか……』そう思えた。


 そして、勇気はアイスを一口食べながら正義を見た。


 悪と戦うために勇敢にも輝ヶ丘へと帰ってきた友の顔は、今はとても焦ってる。


「ボッズー! アイスはもうちょっとしまっててくれ! 愛が、愛がヤバイ!!」


「何がヤバイの!!」


 切り株のテーブルの周りをドタバタと走り回って正義を追い掛けていた愛は、同じくドタバタと走り回って逃げる正義に遂に追い付いた。そして、


「待てっ!!」


 愛は前傾姿勢になって思いっきり手を伸ばすと、正義のダウンジャケットの裾を掴んだ。掴んだ瞬間に、グィ~~っと引っ張って、正義を自分に引き寄せる。


「おとととと……!!」


 走っていた正義は突然後ろに引っ張られてバランスを崩した。床についていた足をけんけんぱの様にして片足でトントンと跳び、倒れないようにバランスを保とうとする。しかし、気付けは正義はクルっと回っていて愛と正面から向き合う形になった。


「ありゃ……へへっ! こんちわ!」


 正義はふざけた。愛と顔と顔を付き合わせた時、怒った顔をした愛に向かって『ヨッ!』って感じで軽い敬礼を見せて。


「何が『こんちわ』だよ! 馬鹿せっちゃん、謝れ!」


 愛は両手を握り直すと、正義の右肩の下の辺り、肩と胸の間をポコポコと連打した。



 愛の怒りの形相は凄まじい………



 いや、嘘だ。


 大丈夫だった。愛もふざけている。愛だって本気で怒っていた訳じゃなかった。

 よく見れば怒った顔も段々と笑い始めている。


「へへっ!!」


 正義も笑った。

 場所はちょっと下だけど、肩たたきの様に叩かれて愛の連打が心地よく思えた。


 ボッズーもそんな二人の姿を見て微笑んでる。


「ぐへへへぇ~~」


 あ……でもこれは、もしかしたらアイスが美味いからかも……


「フッ……フフ……」



 そして、最後に



「………フハハハハハハハッ!!!」


 勇気が腹を抱えて笑い出した。


「おわっ! ビックリしたぁ! へへっ! 勇気がめっちゃ笑ってる!!」


 正義はそんな勇気の笑顔につられて更に大きな笑顔、ニカッとした笑顔を浮かべた。


「え………どうしたの? そんな笑って?」


 愛も驚いて振り向いた。勇気と長年の付き合いの中で、こんなに勇気が爆笑するところなんて数えられるくらいしか見た事が無い。


「いや……ハハハハハッ! 俺も分からん! でも、二人の姿を見ていると……何故か、ハハハハッ!!」


 勇気の心は大分和んでいた。勇気は幸せだった。心許せる良き友と再会を果たせた事の喜びを今やっと勇気は噛み締めていた。正義や愛、ボッズーと過ごせるこの瞬間が、懐かしくて、嬉しくて、楽しくて、勇気は笑顔を抑える事なんて出来なかった。幸せ色の空気が勇気を包み込んでくれていた。




 でも………





 勇気はもっと自分の心の中を見詰めるべきだったんだ。


 ボッズーは彼に聞いた『《勇気の心》を陰らせる"何か"があるのか?』と。


 勇気は否定した。『いや、そんな物は無い』と。


 でも……



 探すべきだった……



 否定せずに、探すべきだった……



 自分の心の中を見詰め、その"何か"を探すべきだった……



 すぐに見付けられた筈だから………




 そして、己の本当の生き方を、考えるべきだったんだ………



第二章、第1話『大木の中へ』 完


―――――


第二章、第1話「大木の中へ」をお読み頂き誠にありがとうございます。

第二章『勇気の英雄の激誕 編』はその名の通り、青木勇気が英雄の力を掴み取る物語となります。

どうか、どうか……青木勇気を見守ってあげて下さい。

そして、次回の第2話「バケモノッッッッッ!!!!!」では、遂に《バケモノ》と呼ばれる存在が登場します。

お楽しみ……


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今後とも「ガキ英雄譚ッッッッッ!!!!!」を宜しくお願い致します!!!!!


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