第1話 大木の中へ 14 ―勇気は使命感のある男だ―

 14


 勇気は立ち上がると、希望の方を向いて頭を下げた。

「希望くん、申し訳ない……怖がらせてしまったね」

 勇気は自分の失態が、情けなくて、愚かに思えて、恥ずかしくて仕方がなかった。


 でも、

「ううん……」

 希望は首を振った。

「僕、大丈夫ですよ! だから、謝らないで!」

 しかも希望の顔には笑顔が浮かんでいる。


 勇気が我を失いそうになっていた時、希望がどんな顔をしていたのかは勇気には分からない。しかし、今は特大の笑顔を希望は見せてくれていた。


「希望くん……」


 勇気にはその笑顔に感謝しかなかった。『情けない自分に嫌悪の眼差しを向けるならまだしも、笑顔を見せてくれるなんて……』と。

 希望の笑顔が本当の笑顔なのか、それとも"作ってくれた笑顔"なのか、まだ希望との関係が浅い勇気には分からない。でも、『笑顔を見せてくれる』その気持ちだけで、勇気は涙が出そうになる程嬉しかった。


 そしてもう一つ、希望が勇気に贈った言葉がある。それは、


「あのね、勇気さん! 僕、あのね、僕、尊敬します!!」


 希望は特大の笑顔から、少し恥ずかしそうな笑顔になってそう言った。


「え? 尊敬……? 誰を?」

 予想外過ぎる言葉に、勇気はその意味を理解する事が出来ない。


「勇気さんをですよ!!」


「お、俺……を?」

 そう言われても『そっか!』とはならず、勇気は驚きで口をポカーンと開けるしかなかった。


 その姿に、愛が

「ぷっ……!!!」

 と吹き出した。

「アハハハッ!! 勇気くん、今変な顔になってるよ!」


「え……そ、そんな事言われても、だって俺には意味が」

 勇気は『軽蔑されるなら分かるが、尊敬されるだなんて……』と思っていた。


「へへっ! ほら、希望、勇気の奴困ってるぞ。尊敬してるんなら、ちゃんと言葉にして伝えてやれよ!」


 戸惑う勇気を見て、正義が助け船を出した。因みに正義は今、両手いっぱいに《魔法の果物》を持ってガリガリ、ガリガリと頬張っている。食べても、食べても、飽きない味だから。


「うん!!」


 正義に促された希望は大きく頷くと、「ワハッ!!」と一声笑って、ダダダッ!! と勇気の目の前まで走った。


 そして、勇気の前に立つと、

「あのね、僕! 勇気さんは本っっっ当に、使命感の強い方だなぁって思ったんです!! だから、尊敬します!!!」

 またまた特大の笑顔を浮かべてそう言った。


「え……し、使命感? 俺が……か?」

 と言われても勇気の困惑の表情は消えない。


「うん!! だって、僕だったら悪い奴等と戦うの怖いもん!! それなのに勇気さんは、変身出来ない事を悩んで……僕なら『戦わないで済むならそれで良いや』って思って、逃げちゃうかも!! ワハッ!!」


「い……いや……」

 それでも勇気の困惑は消えない。

「そんな……俺は、ただ自分勝手にキレただけで」


「そうなんだよなぁ~~」

 正義だ。正義はニカッとした笑顔を勇気に向けながら、果物をガリっと齧った。

「そうなんだよ! 勇気は逃げないんだ! どんな時でもさ! な、勇気!!」


「な……なぁと言われても」

 勇気は首を傾げた。


 でも、正義はもう勇気の方を見ていなかった。言い逃げだ。


「ふぅ……さて! んじゃ、そろそろ上に戻るか!! 果物もいっぱい喰ったことだし、もう大丈夫だろ! 希望、お前もそろそろ家に帰らないとな! 送ってくぜぇ~~!!」

 正義は希望の頭をワッシワッシと撫でた。


「えっ! 本当!! 僕、ボッズーで帰りたい! またボッズーと飛びたいよ!!」


「へへっ! 仕方ねぇな、そうすっか!! あっ、でも警察と病院には必ず行くんだぜ! あ……でも病院はこの果物食ったしもう良いか。希望も元気になっただろ?」


「うん!」


「へへっ! じゃあ病院は無し! でも警察には……ってヤバ! 俺、警察に電話すんの忘れてたよ……って俺スマホ壊されちまったんだった!! どうしよ!!」


「ワハッ!!」

 まるで、一人芝居をする様にオーバーリアクションで頭を抱えた正義を見て希望は笑った。

「ワハハハっ! 正義さん面白い! でもね、慌てないで、大丈夫だから、安心して! 僕ね《王に選ばれし民》が消えた後ちゃんと通報しといたから!!」


「へ……? 希望が? そうなの??」


「うん!」

 希望は大きく頷いた。

「あの人達逃がしたら、絶対また悪い事するもん! そんなの許せない! 言ったでしょ? あの人達には警察にぎゅ~って首締めてもらうんだって!!」

 希望は自分の首をぎゅ~っと掴む真似をして笑った。


「へへっ! そっかぁ!!」

 それを見て、正義もニカッと笑う。

「希望はスゲー奴だな!! な、勇気!愛!」

 正義はニカッと笑ったまま、勇気と愛に問い掛けた。


「あぁ、そうだな」


「うん!」


 二人は希望を褒める正義に同意した。


「へへへっ! じゃあそろそろ戻ろっか! なぁボッズー、ここからはどうやって戻れば良いんだ?」

 と正義がボッズーに問い掛けた瞬間、

「ん………あれ? なんだ……あれ?あれれ……何だか……なん……ね、ねむ……」

 正義は急に強烈な睡魔に襲われた。

「あ……あれ? ダ、ダメだ……たえ……堪えられない」


「正義!!」


「正義さん!!」


「せっちゃん!!」


「大丈夫かボッズー!!」



 人の体を癒すには、やはり睡眠も必要なのだろう。正義はバタン……とクローバーの絨毯の上に倒れてしまった。

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