第1話 大木の中へ 13 ―何故なのか……―

 13


「まだ??」

 正義は大きく首を傾げた。


「うん……そうなの」

 愛は小さく頷くと、腕時計の文字盤を叩いた。

「ほら、何も起こらないでしょ? ………私と勇気くんは、腕時計を叩いても何も起こらないの……変身出来ないの……」


「………」


「………」


 正義とボッズーは顔を見合わせる。


「せっちゃん……せっちゃんはどうやって力を手に入れたの?」


「え? いや……俺はぁ」

『どうやって』と問われても正義は答えられなかった。何故なら、正義にとって英雄の力は

 "当たり前に使えるもの"だったからだ。変身出来ないなんて"あり得ない事"だった……


 初めて正義が変身したのは中学3年の時。だが、それまで変身が出来なかったのではなく、まだ体が幼くて、ボッズーから変身をする許可を貰えなかっただけだ。許可を貰えたらすぐに出来た。出来てしまった。だから、愛の質問には答えられない。


 ―――――


「………」


「どうやら……お前は悩む事なく、力を得られたみたいだな……」

 正義が黙ってしまうと、勇気はその理由を察した。

「はぁ……」

 勇気は大きくため息を吐くと、項垂れる様にその場にしゃがみ込み、額に吹き出してきた焦りの汗を、皆に気付かれぬ様にそっと拭った。

「……ボッズー、俺はこの大木に来れば力を与えられる筈だと信じてここへ来た。何か知らないか?」


「う……う~ん……」

 ボッズーは困った顔をした。いや、驚いた顔にも見える。おそらく想定外なのだろう。英雄に選ばれた筈の人間が、英雄の力を使えないなんて。


「そうか……分からない様だな」

 ボッズーの返答が得られないと知ると、勇気は再び大きなため息を吐いた。

「じゃあ……どうすれば良いんだ」

 勇気はまるで憎い者を見る様な目で腕時計を睨んだ。

「ここに来れば……と信じていたのに。何も変わらないまま? ……お前は俺達に世界を救ってほしいのではなかったのか? なのに、何故力を与えてくれない……」

 勇気には腕時計が自らを英雄に選んだ"あの男の子"に見えていた。

 そして、胸ぐらを掴んで訴えかける様に、文字盤を掴み、強く揺さぶる。

「何故だ……何故だ……何故だ……」

『何故だ……』と同じ言葉を繰り返す度に、揺さぶる力は更に更にと強くなっていく。

「何故だ………何故なんだよ!!!」

 始めは囁くような小さな声だったのに、徐々にその声も大きくなっていき、遂には勇気は叫んでいた。腕時計を揺さぶる力も、それに呼応する様に激しくなる……


「ゆ……勇気、やめろって!!」

 正義はそんな勇気を止めようと彼に近付いた。

「どうしたんだよ急に……」


「うるさい……お前に何がッ」

『お前に何が分かる』勇気はそう言い掛けた。しかし、

「あ……」

 正義を怨む様な目で睨み付けた瞬間、

「あ……いや……」

 勇気は突然我に返った。

「あ……いや……何でもない……すまん……取り乱してしまった」

 そして、虚ろな目をしてその場に力なく尻をつく。


 ― 馬鹿野郎……何をやっているんだ……俺は


 勇気にはまだ理性があった。『思ってもいない言葉を投げてはいけない』と思える理性が……


「勇気……」


 でも、勇気が平常心を失いそうになるのも仕方がない事だった。勇気はこれまで、変身が出来ない事への不安をずっと抱えて生きてきたのだから。

 それでも、今まではまだ希望きぼうがあったから良い。

 勇気は正義が変身を達成している事実を知ると、『ならば自分も、約束の場所でもある輝ヶ丘の大木に行きさえすれば、力が与えられるのでは……』と思えていたから。しかし、今その希望きぼうが打ち砕かれてしまった。


 ―――――


「………」


「なぁ……勇気」

 そんな勇気の横に正義は座った。

 正義は勇気に優しく声をかける。

「俺達にも考えさせてくれよ。一緒にさ……どうしたら、二人が英雄の力を使えるようになるかさ……」


「………」

 コクリ、この言葉に勇気は静かに頷いた。


「そうだボズね……」

 今度喋ったのはボッズーだ。

「勇気……勇気がそんなになるのは、逆に一生懸命だからだボズよな?」

 ボッズーはそう言いながら、勇気に近付いていった。

「でもな……勇気。自信を……自信を持つんだボズよ。焦る必要は無いボッズー。お前も立派な選ばれし英雄なんだからな。愛もそうボズよ」

 ボッズーは後ろを振り向いて、愛の顔を見た。

「二人は英雄ボズ! 勇気は《勇気の英雄》、愛は《愛の英雄》……それは絶対だボッズー!! だから、自信を持つんだボッズー。二人にはあるボズからね、英雄の証である《勇気の心》が《愛の心》がね。ここにあるボズ……」

 そして、ボッズーは顔を伏せたままの勇気の胸を指先でコツンと突いた。


「………」

 胸を突かれた勇気はチラリとボッズーの顔を見る。

「俺に……《勇気の心》が?」


「そうボズ……確かにあるボズ。なぁ、正義?」


 問い掛けられた正義もコクリと頷く。

「あぁ、そうだぜ。だって、俺に《勇気の心》と《愛の心》を教えてくれたのは、勇気と愛の二人だからな」


「え………」


「私が?」


「あぁ、自分じゃよく分かんないかも知れないけど。俺は確かに、二人から教えてもらったんだぜ。《勇気の心》と《愛の心》をな!」

 そう言うと、正義はニカッと笑った。


「この俺が……いつ?」

 勇気は隣に座る正義の顔を見ながら問い掛けた。


「"山田の時"だよ!」


「"山田"……大分前じゃないか」


「へへっ!」

 正義は笑いながら勇気の肩に腕を回した。


「正義………」

 そんな事をされると、勇気の顔がほんの少し和らぐ。


「せっちゃん……勇気くん……」


 愛もだ。悩みに満ちていた彼女の顔も和らいだ。今まで彼女は三人の会話をずっと黙って聞いていた。勿論、その理由は勇気の激昂に驚いたからというのもあったが、一番の理由は彼女もまた不安を抱え悩んでいたから。

 勇気の中から吐き出された感情が他人事とは思えず、とても哀しい気持ちに陥っていたんだ。


 でも、暗く沈んでいた二人の顔にもやっと明るさが戻ってきた。


 そんな二人の顔を見たボッズーもニッコリと笑った。


「勇気、もう落ち着いたかボズ?」


「あぁ……ボッズー、ありがとう」


「そうか、ここが大事ボズよ……ここがね」

 ボッズーはフワリと浮上して勇気の肩に止まると、自分の胸を叩いた。

「自分の心を信じるんだボッズー! お前は英雄ボズよ。焦るな。自信だぞ、自信。それとも《勇気の心》を陰らせる"何か"をお前は抱えてるのかボズ?」


「《勇気の心》を陰らせる、"何か"……いや……」

 勇気は首を振った。

「そんな物は無いよ……」


「そうか、なら大丈夫ボズ!!」


「そうだ! 大丈夫だ!!」


 正義はもう一度、勇気にニカッとした笑顔を向けた。

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