第1話 大木の中へ 8 ―早く入れ!!!―

 8


「さぁ正義、勇気、愛……あそこの中に入るボズよ!」


「あ……あそこの中に?」


 階段を降りるとそこには扉があった。大木に入る時に出現した扉と似た木目調の扉だ。

 扉の前へと到着した正義は『もう一人で立てるぜ!』とまた空元気を出して、勇気と愛の肩から腕を強引に外し、意気揚々と扉を開いたのだが、今は動きが止まっている。ただ扉の縁に寄り掛かかる形で扉の先を見ているだけ。

 そして、ボッズーに『あそこに入るボズ』と言われると『マジで言ってんの?』と言いたげな顔をして聞き返した。

 その理由は扉の先にあった物にあった。ボッズーが言った『あそこ』もその物の事だ。


「そうだボズよ! ねぇ、希望そうだボズよね?」


「うん! そうだよ!」


 希望は、正義の戸惑いとは正反対にあっけらかんと答えた。


「う~む……」

 今度は勇気だ。正義のすぐ横に立つ彼は、眉をしかめて、唇を曲げて牛の様に唸った。

「希望くん……君は、何故アレに近付こうと思ったんだ?」


「え? 面白そうだからだよ!」


 また希望はあっけらかんと答えた。


 そのあっけらかんさに圧倒されて勇気は少しどもる。

「そ……そうか、気持ち悪いとか思わなかったのか?」


「ううん、全然! 逆に『なんか楽しそう!』って思って、僕あの"口の中"に入ったんだ!」


 また、あっけらかん……


「そ……そうか」


「希望……、希望ってけっこー好奇心旺盛だよな……良い事だけど、たまには警戒心も持った方が良いぜ……」

 そう言う正義の顔は少し引きつっている。そして正義は、再び扉の向こうを見た。


 扉を押し開いたすぐ先には一つの部屋があった。

 それ程大きくはない部屋で、全体はすぐに見渡せる。

 部屋と言っても、この部屋もまた草木に囲まれていて、足元にはまるで絨毯の様にクローバーの葉っぱが生い茂り、周りを見れば綺麗な木目がこっちに穏やかな眼差しを送ってくれている。


 ここまでは良い……ここまでは……


 ここまでは心を落ち着かせる要素でいっぱいだ。


 しかし、問題は扉を開いて正面に見える物だ……


 それは、大きな木。


 輝ヶ丘の大木と比べれば全然小さいが、全長はおそらく3m、太さは大人三人が手を回してやっと囲めるくらい。少しずんぐりむっくりな木でもある。

 それだけなら正義の顔は引きつらない。それだけなら全然落ち着けるし、正義と勇気が警戒する必要もない。でも、それだけじゃないから二人は警戒しているのだ。


 その理由は、この木に開いた"大きな穴"のせいだ。


 クローバーの絨毯から少し顔を出す太い根っこのすぐ上から、幹の中央にかけて縦横1mくらいの大きな穴が開いている。

 その穴が、二人には………



 "獲物に食らい付こうとする獅子の口"



 に見えて仕方がなかったのだ。


 何故正義と勇気がそう思ったのか、それはその穴の形状を知れば納得いってもらえると思う。その穴の形は正に、牙を剥き出しにガッと開いた獣の口の形をしていたのだから。

『牙を剥き出しに』というのだから、勿論牙もある。穴の周りにはギザギザとした突起があり、今にも『お前の血肉を喰らってやる!!』っと飛び掛かって来そうに思える。更に穴の上には鋭い眼光の狂暴な目もあり、その目を見詰めていると『お前が獲物だ!』と狙いを定められている様な気分に陥る………が、全ては目の錯覚で、木の模様等がそう見せているのだが、そんな事正義も勇気も分かっている。

 しかし、もしこの木が本当に自然の中に生まれた木であるなら、二人は警戒せずに自然の奇跡を面白がったであろう。しかし、この木は基地の中に生えているのだ。


 いわば人工物。


 この基地にある物は全て作られた物。基地を囲む木が正にそうだった。『本物の木じゃない』と愛が言い当てたあの木だ。


 ならば、『この木の形には意味がある!』……正義と勇気はそう思った。


『この不気味な口にも、牙にも、目にも……』


 ……と。この考えに至ってからの二人の警戒値は最大値を維持し続け、下がる事はなかった。


 とは言っても、ここは基地の中、敵を警戒するのと違い、二人が持つ警戒は『試練が与えられるのではないか?』といった類いの警戒だ。



 例えば正義はこう考えていた。



 ― 口の中に飛び込んだら、『ワシの牙の痛みに耐えられなければ貴様の望む物はやらん! ついでに英雄失格! 時計を返せッ!!!』……とか言われんじゃないかな……う~ん、ヤバいな


 とか………。


「う~ん……」


「何を唸ってんだボズ! サッサと口の中に入れボッズー!!」


 いつまで経っても扉の前で立ち止まって動こうとしない正義に、ボッズーは怒り声で催促した。


「わ、分かってるよ! でもなぁ……」


「何が『でもなぁ』だボズ!! ワクワクしてきたってさっき言ってただろボッズー! サッサとしろ!!」


「いや、確かにさっきまではワクワクしてたけどさぁ……何かイメージと違ってさぁ」


「イメージぃ?」


「ふぅ………」


 ため息。正義がボッズーと言い合いを始めると、何処からかため息が聞こえた。


 そのため息の主は、


「ねぇ、せっちゃん……」


 ……愛だった。

 扉の前で立ったまま動こうとしない正義と勇気の事をさっきから黙って見ていた愛が遂に割り込んできた。


「あのさぁ、ボッズーの言う通りだよ。サッサと行こう」


 なにやら愛の顔も若干怒ってる感じ。


「何考えてるか分かんないけど、せっちゃん怪我してるんだよ。この先にさっきの果物があるんだったら早く取りに行かないと。今だって別に痛くない訳じゃないんでしょ? だから早くしよ。自分の事、自分でも心配しないと!」


 そう言って愛は正義の手を掴み、


「うわ! あ、愛、ちょ……ちょっと!!」


 戸惑う正義を無視して、強引に部屋の中へ連れて入った。


「ちょ……ちょっと! だって……《願いの木》ってわりにコイツめっちゃ顔怖くね??」


「全然怖くありません!!」


「願いの木?? はぁ……正義、何を言ってるんだボッズー! この木は願いの木じゃないボズよ!! 願いの木はこの先だボッズー! 分かったらサッサと行けボズ!!!」


「違うってさっ!! 良かったね!! さぁ~せっちゃん行きましょう!!」


「えっ! うわっ!! やめろぉ~~!!」


 愛は大きく口を開いた木の前まで正義を連れてくと、その背中をドンっ! と押して無理矢理口の中に押し入れた。


「うわぁ~~~~!!」


 口の中へ入った正義の絶叫は、何故か、何処か遠くへと消えていく……


「はい!! 次は勇気くん!!」


 愛は、今度は勇気に向かって『来い来い』と手のひらをひらつかせた。欧米方式で。


「え……俺?」


「そうですッ!!!」


 愛は大股一歩で一気に勇気に近付くと、その手を取り、無理矢理部屋へ引き入れた。


「来てッ!!」


 そしてまた、無理矢理木の前に連れて行く。


「もう、本当に手のかかる奴だボッズー! 何が願いの木だボズ、この木は《願いの木の門番》だボッズー!! 心の汚い奴が穴を通ろうとするとガブッて噛み付いて退治するだボズ!!」


「え……何それ? マジかよ! 大丈夫なのかよ……も、桃井! 押すなぁ!!」



 ドンッ!!



 勇気はボッズーの言葉に驚きながら、愛に押されて穴へと入っていった。

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