第1話 大木の中へ 9 ―滑って、滑って―

 9


「うわぁ~~~~!!!!」


 正義は暗闇の中、何処かへ向かって滑走していた。滑走………いや、そんな格好良いものではない。何故なら、正義は今走ってはいないのだから。正義はただ、滑っているだけだ。


「わぁ~~~!!!! なんだよコレぇ~~~!!!!」


 正義は全く状況の分からない中、幼い頃に滑った巨大ウォータースライダーを思い出していた。

 そのウォータースライダーは、蜷局とぐろを巻いた蛇の様な形をしたトンネルの中を滑るウォータースライダーだったのだが、正義は『まだアンタには早いよ!』と言う母を強引に押し切ってワガママで滑らせてもらったものの、滑り降りるスピードの予想以上の早さと、トンネルの中の薄暗さに恐れおののき、ウォータースライダーを滑り降りた後には、母に向かって『なんてもんやらせんだよ!』と理不尽にもキレてしまったものだった……


「あん時は母ちゃんに悪い事したな………って! 今は昔を思い出してる場合じゃない! いつまで続くんだよコレぇ~~~!!!!」


 でも、正義が昔を思い出すのは仕方がない事だった。だって《願いの木の門番》を通った先は、水は無いものの巨大な滑り台になっていたのだから。だから正義の現在の状況はウォータースライダーを滑ったあの時と極々似ていた。

 真っ暗闇の中を、バウンドしたり急カーブを何度も曲がったりしながら、猛スピードで何処かへと滑っていく自分、どこまで続くのか分からない終わりの見えない不安感。もし幼い頃の正義なら『うわぁ~!』と絶叫していただろう。


「うわぁ~~~~!!!!」


 いや………それは現在の正義でも同じだった。


「愛の野郎! 俺の事心配してる口振りだったクセにぃ~~!! なんて事しやがんだぁ~~!! めちゃめちゃ怖ェじゃねぇかよコレぇ~~~!!! うわぁ~~~~!!!!」


 正義は目を瞑った。滑り台の中は真っ暗だ、目を瞑ろうが瞑らなかろうが変わらないが、瞑った方がいくらか安心する。


「ウオォ~~~~!!!!」


「ん?!」


 目を瞑った事で正義の感覚は、ほんの少し鋭くなった。

 本当にほんの少し、cmで表したら1㎜程度。だが、少し気持ちが落ち着いたからだろうか、正義の耳にさっきまでは聞こえなかった誰かの叫び声が聞こえた。


「ウオォ~~~!!!!」


「ん?? ……この声って、もしかして勇気??」


 その声の主に気付いた瞬間、もう一つ気付いた。その声がドンドン自分に近付いて来ている事に。


「え……ヤバッ! このままだとぶつかるんじゃないのか? おいッ! 勇気ッ! 止まれ!! 止まれぇ!!!」


 正義は目を開いて後ろを振り向いた。


「ウオォ~~!! 止まれぇ~~~!!!」


「そうだ! 止まれ!! 止まれぇ!!!」


 ドスンッ!!


 勇気の叫び声と共に、正義の背中を衝撃が襲った。


「痛ッテェーーー!!!」


 その衝撃が、また正義の胸をズキッと痛めさせる。


「な……なんだ!! 誰だ!!」


「だ、誰だ……じゃねぇよ!! 俺だよ、俺!!」


「俺?? ハッ……!! そ、その声は!! 正義か!! そうか……正義か、正義なのか!!」


 勇気はかなり嬉しそう。その口調は、まるで『謎は全て解けた』とでも言いたげ。

 いや、普通に考えれば自分の前に《願いの木の門番》を通ったのは正義だ。何者かにぶつかったのであれば、それは正義以外にいないとすぐに気付くのが普通。しかし、どうやらそんな事も分からないくらいに、勇気も正義と同じ様にこの滑り台のせいで混乱してしまっていたらしい。


「ヨシッ! 正義なんだな!!」


 そして、勇気はぶつかった相手が正義だと気付くと、空すかさず両手で正義の肩を掴んだ。


「お、おい! 『ヨシッ!』ってなんだよ勇気、掴むなって!!」


「うるさい! 俺の自由にさせろ!!」


「あ? なんだよお前、怖いのか?」


「怖い? そ、そんな訳がないだろ!! こ、こんな……ジェットコースターみたいなもん!!」


 勇気は正義と違って、この滑り台をウォータースライダーではなく『ジェットコースターみたいだ』と思っているらしい。そして彼は『怖い?そんな訳がないだろ』と正義に言い返したが、その声は震えている。


「へへっ!! もしかしてお前、ジェットコースター苦手なんだろ!!」


 勇気が現れた事で正義も安心したのか軽口を叩ける余裕が生まれていた。


「ジェッ……ジェットコースター!! そ、そんなもんは別にッ!! 苦手じゃない!! 怖くないッ!!」


 いや、きっと勇気はジェットコースターが苦手だ。その震える声で分かる。ジェットコースターが怖くなければ『ジェットコースター』と言う時に声は震えないだろう。


「へへっ! 強がんなって、誰にだって怖いもんはある!! 俺だってな、昔母ちゃんに連れてかれたプールの………うわっ!!!」


「ウオッ!!!」


 突然、正義と勇気は叫んだ。


 それは、突然体がバウンドしたからだ。


 この滑り台を滑っている間に何度も体をバウンドさせる場所はあった。しかし、それは少し体が浮く程度、でも今度のバウンドは強烈だった。

 たった一秒くらいの僅かな時間ではあったが、二人の体は完全に宙に浮いた。



 そして、



 ドスンッ!!


「痛ェ!!!」


「ウオッツ……!!!」


 二人は同時に尻餅をついた。


 そして、そのまま


「うわぁ~~~!!! 曲がる曲がる!!! 急カーブだッ!!!!!」


「急カーブ過ぎるだろッ!!! 体が真横になってるぞーーー!!!!!」


 これまでも右に左にと何度も急カーブを曲がった。しかしさっきのバウンドと同様に、今度のもまた、今までのものよりも強烈な急カーブだ。


「うわぁ~~~!!! どうなんだよコレぇ~~~!!!」


 正義は叫ぶ。強烈なGが体を襲い、自由がきかない。『このまま異次元へとスッ飛ばされそうだ!!』と正義は思わず目を瞑った。


「ウオォ~~~」


 勇気も同じく叫ぶ。

 強烈なカーブに目を瞑った正義とは反対に、勇気は逆に目を見開いた。


「ウオォ~~~!!! ………………ん??」


 その目に何かが映った。


「………オッ……オ……オぉぉ??? ま、待て正義ッ!! 見ろ、光が見えるぞ!!!」

 勇気は正義の肩に手を置いたまま前方を指差した。


 勇気の目に映った物は、そうだ、光だ。太陽の光に似た優しい光が、勇気達の前方斜め下から真っ暗なこの空間に差し込んでいるのが見える。


「ひ、光??」

 正義は勇気の言葉に驚いて片目を開いた。


「そうだ! 前だ!! 斜め下だ!!」


「ま、前? 斜め下ぁ?? ………あっ!! ほ、本当だ!! 光だ!! 光だぜ!!!」

 その光に正義が気付くと、カーブは段々と緩やかになっていく。


 そして、その光に段々と近付いていく。


「やっと……やっと終わりかぁ?」


「みたいだな……」


 ここからは普通の滑り台だった。二人はゴールに向かって真っ直ぐに滑り降りていった。

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