第1話 大木の中へ 2 ―俺は恐怖を抱きはしない―

 2


「ッ……!!!」


 誰だったろうか? 『自分で自分を褒めてあげたい』と言った人は? マラソン選手だったろうか? まぁ良い、今の俺も同じ気持ちだ。

 叫び声を上げずに目を覚ました事を、自分で自分を褒めてやりたい。


 幼い頃に何度も見た夢………何年ぶりだろう久々に見た。

 あの頃は、父の死を受け入れられずにいた。

 しかし、なぜ今更またあの夢を?


 そんな事を考えている俺の顔が不思議だったのだろう桃井が話し掛けてきた。


「勇気くん……どうしたの? すっごい汗だよ?」


「え………?」


 本当だ。額に触れると大粒の汗をかいていた。


 恥ずかしくなった俺は誤魔化すために必要のない事を呟く。


「あぁ……ちょっとな。暑くて……」


「暑い? まだ冬だよ」


 いや、冬ではない。春だ。2月になっているのだから春だ。


 そう言い返そうとした時、甲高い声が俺と桃井の会話に割り込んできた。


「疲れてるんだボズねぇ~! 仕方ないボズ、勇気にも一個分けてあげるだボッズー!」


 ソイツは、いやボッズーは、俺の斜め向かいに居た。木目のテーブルの上に座り、桃井が家から持ってきたクーラーボックスに入ったアイスクリームを夢中になって食っていた。

 俺が居眠りを決め込む前からずっと。どのくらい眠ってしまっていたのかは時計を見ないと分からないが、おそらく30分以上前からだろう。

 眠る前はまだ一個目だった。今じゃボッズーの横には、アイスの空箱が五個も並んでいる……いったいいつまで食う気だ。


「んしょ!」

 ボッズーは自分の背の高さと同じくらいはあるクーラーボックスに背伸びして手を突っ込むと、アイスクリームを一個取り出した。

「ぐへへへへぇ~~」

 そのアイスを満面の笑みを浮かべながら俺に見せると、エアーホッケーの円盤の様にテーブルの上を滑らせ俺に渡してきた。


「あげるぜボッズー!!」


 ボッズーなりの労いなのだろう。王が消え、正義をこの場所へ担ぎ込んだ後、ボッズーは俺と桃井に向かって

「よく来てくれた! よく来てくれたボッズー!」

 と何度も何度も言っていた。

 そんなに俺達が来た事が嬉しいのか?と思った。当たり前の事なのに。ボッズーは相変わらず面白い生き物だ。


「へへっ! ボッズー、旨そうなもん食ってんじゃん。俺にもくれよ!!」


 おっと……アイツの声がした。

 俺が声がした方向を向くと、アイツは眠そうな目を擦りながら俺達が居る部屋へ入ってきた。

 ボッズーが《英雄たちの秘密基地》と呼ぶこの場所へ担ぎ込んだ時には、正に満身創痍だったのに、今のアイツの顔には想い出の中と全く同じ笑顔が浮かんでいる。

 王と対峙していた時の様に、また無理をしているのか?

『起きてきて本当に大丈夫なのか? まだ休んでいた方が良いんじゃないか?』

 と俺が声を掛けようとしたら、桃井が先に動いた。


「せっちゃん、もう起きてきたの?痣は……治った?」


「へへっ! 大丈夫、大丈夫!見ろよ!! やっぱ睡眠って大事だなぁ~~!!」


 そう言うとアイツは、笑顔を浮かべたままTシャツを捲り上げ、"痣があった筈の場所"を俺達に見せ付けた。


「へへっ! 遂に治りましたぁ~~!」


 驚いた。そして素晴らしい。アイツの体にあった痣や傷がすっかりと無くなっている。

 でも、俺は己の体を全快させてきた正義を称賛するより先に、一言言いたくなった。


「おい、正義……脱ぐな。桃井は女性だぞ。デリカシーを持て」


「え……あぁ! そっか、そっか!! ごめんな、愛!」


『そっか、そっか!!』って………ほらほら、桃井の顔が曇ってきたぞ。


「ちょっとせっちゃん!! 『そっか』ってどういう意味! まるで私が女だって事忘れてたみたいじゃん!!」


「うぇ!! いやいや、そういう意味じゃねぇって!! あっ! ちょっと……殴んないでぇ!!」


 拳を握った愛が追い掛ける。それから逃げる正義……あぁ、何故こんなにもコイツは元気なのだろう?

 あんなに傷付いていた筈なのに。


 そして、俺はふと思い出した。子供の頃によく見ていた悪夢を再び見た事を。父が死に、漠然と"死"というものに恐怖を抱いていた、あの頃に見た夢を。


 ふっ……だが結局は夢は夢だ。ただの夢でしかない。

 あの頃の俺とは違う。

 俺は恐怖を抱く事はない。何故なら、俺達は勝つからだ。


 コイツとなら、俺はどこまでも行ける気がする。


 コイツがいれば、俺は恐れを抱くことはない。


 なぁ……そうだよな?正義

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