第1話 大木の中へ 3 ―あれから……―

 3


「ハァ……ハァ……ハァ……あぁ………ダメだ……げんか…い……ッ!!!」


 王が消えた後、気力を使い果たした赤井正義は再び気を失ってしまった。


「あ………ッ!! 危ないボッズー!!!」


 ゆらりと揺れた正義の背中を見たボッズーは正義の危険を察知した。高台のギリギリに立っていた正義、もし前のめりに倒れでもしたら高台から真っ逆さまに落ちてしまう。


「正義!!!」


「せっちゃん!!!」


 勇気と愛は思い思いの呼び方で正義を呼びながら、正義に向かって草原を駆けた。


 ボッズーは空だ。空を駆ける。

「正義ぃ!!!」

 と正義の名を呼びながら。

 王が消え、ボッズーの声が世界中に届いてしまうという異常は無くなっただろう。今なら存分に彼の名を呼べる。


 しかし………


 ………間に合わない。三人が正義に駆け寄ろうとして間もなく、正義はグロッキー状態のボクサーの様にグラリと大きく揺れて、膝から崩れ落ちてしまった。


「あっ!!!!」


「ハッ!!!!」


「キャッ!!!!」


 三人が同時に悲鳴にも近い声を上げた次の瞬間、



 今度は安堵が訪れる。



 やはりこの赤井正義という男は奇跡を起こす男なのだろう。

 正義は前のめりには倒れはしなかった。正義はドサリと膝を草原の上に落とすと、フワリと揺れて、背中から地面に倒れたのだから。


「はぁ………ビビった」


「正義のバカヤロボッズー!!」


「良かったぁ……本当に良かった……」


 正義のすぐそばに座り込んだ愛は思った、


 ー もしかしたら、神様がせっちゃんに味方してくれているのかも……


 と。


「いやぁ……今日は何回正義にハラハラさせられれば良いんだボッズー! ふわぁ~~! もう俺はクタクタだボズよ! でも………一番疲れたのはやっぱり正義かも知れないボズね……」

 ボッズーは正義の顔を見下ろしながらそう言った。そして、ボッズーはチラリと大木を見た。

「勇気、愛、ちょっと手伝ってくれるかボッズー?」


「ん? 手伝う? ……あぁ、勿論だ。今すぐ病院に連れていこう」

 勇気はボッズーの発言をそう受け取った。『病院に連れていく手助けをしてくれ』という意味に。


「いや、違うボズよ。病院じゃないボズ!」

 でも、ボッズーは首を振る。

「それよりももっと近くて良い場所があるボズ!」

 そう言ってボッズーは笑った。



 ボッズーはこの高台に正義を連れてきた時から、『この場所に来れば何か正義の体を癒す方法がある筈』と思っていた。

 それは直感でしかないが、ボッズーはその直感に自信を持っていた。

 それには理由があって、まずボッズーが持っている英雄に関しての知識や、《王に選ばれし民》に関する知識は、ボッズーの中に"生まれた時からあった知識"なのだが、その全てが"はじめから明瞭な知識"ではなかったからだ。


 例えばガキセイギの大剣の本当の能力の《ジャスティススラッシャー》、これに関してボッズーは生まれた瞬間からは"分かっていなかった"。しかし、正義が初めてガキセイギに変身した時(それは正義が中三の時)、まるで記憶喪失の人間が記憶を取り戻した時の様に、ボッズーの頭の中に突如"思い出された"ものだった。


 そんな知識は他にも色々とあって、ボッズーの得意とする《ビュビューンモード》もその一つ、これは正義がまだ小学生の時でボッズーがまだまだ生まれたばかりの時、オシッコがしたくてしたくて堪らなかった時、家まで急いでるうちに尿意とは違う"ゾワゾワ"を感じ、そして、"思い出した"。『自分の翼を四本に分けられる』と。


 こんな風にボッズーはふとした瞬間に、ふとした切っ掛けで"ゾワゾワ"とし"頭の中に眠っている知識"を"思い出す"。これをボッズーは『分かった』という言葉で表すのだが……


(もしかしたら、英雄に比べて《王に選ばれし民》に対して"分からない"事が多いのは、ボッズーが英雄である正義と過ごす時間は多かったが、《王に選ばれし民》とは今日まで出会う事がなく"切っ掛け"が少なかったからかも知れない。もしボッズーが今までの人生で一度でもサーカスに行っていれば、もしかしたら《ピエロ》の存在も"思い出した"可能性もある。他にも、《魔女》や《芸術家》《騎士》《薔薇の宮殿》に関しても……)


 ……今回、『この場所に来れば正義の体を癒す方法がある筈という直感は間違っていない』と思えた理由は、その直感が『分かる気がする』という直感だからなんだ。まだボッズーのゾワゾワは来ていない。でも、今までの経験から『切っ掛けさえあればゾワゾワが来る!』そう思えていたんだ。

 だからボッズーは、その"切っ掛け"を与えてくれそうな場所に正義を連れていきたかった。



「もっと良い場所? それってどこ?」


「あそこボズ!」

 ボッズーは『もっと良い場所』という言葉に驚いた顔で聞き返してきた愛に、大木を指し示す。

「あの大木の中に正義を連れていってほしいボズ!」


「え……? 大木の中? 大木って"中"があるの?」


「………」


 ボッズーの言葉は二人には予想外だったのだろう。愛と勇気は驚きの表情だ。


「うん、その腕時計の力を使えばねボッズー!」


「腕時計の力? ………あぁ、成る程な。そういう事か……分かった。なら、そうしよう。桃井、俺が正義を担いでいくから、君はその"腕時計の力"ってヤツを使ってみてくれ」


「OK! でも、勇気くん一人で大丈夫?せっちゃん、多分昔みたいに軽くはないよ」


 やはり、二人だって英雄だ。いちいちこんなところで戸惑ってばかりはいなかった。すぐにボッズーの提案を理解すると、二人は動き出した。


「一人で大丈夫? 大丈夫に決まっているだろ……」

 そう言うと勇気はお姫様抱っこの要領で、倒れる正義を軽々しく持ち上げた。


「おぉ~~! 凄いボッズー!!」


「おいおい……何が凄いだ。ボッズーはコイツを抱えながら空を飛んでいたではないか。そっちの方が凄いよ。それに、俺だって今日の為に何もしないでいた訳じゃない。それなりに鍛えてきたさ。こんなチビくらい重くはない」


「へへっ! 頼もしい奴だなボッズー!!」



 そして、三人は大木に向かって歩き始めた。



 ―――――


「さぁ……桃井、頼む」


 大木の前に来ると、勇気が言った。

 正義の体重は50キロ台後半、そんな正義を抱えているのに勇気は汗一つかいていない。


「うん! 任せて! ボッズー、この文字盤を木に押し付けるだけで良いんだもんね?」

 愛は勇気に向かってニコリと笑うと、ボッズーに質問をしながら大木の大きな根っこに足をかけた。


「そうだボズ! ポンってくっつけるだけで良いボズ!!」

 ボッズーは大木に向かって草原を歩く道中で、愛と勇気に大木への入り方を既に教えていたんだ。


「OKっ!!」

 そう言うと、愛は腕時計の文字盤を大木へ押し付けた。


 その後は前に正義がやってみた通りだ。文字盤を押し付けたその場所に、大人一人が通れるくらいの小さな扉が現れた。


 その扉はバタンッ! とひとりでに開く。


「おぉ……!!」

 それを見た勇気も思わず驚きの声を上げる。


「えっ! なにこれ? 大丈夫なの??」

 愛もだ。


「へへん! 大丈夫、大丈夫! さぁ《英雄たちの秘密基地》にようこそだボッズー!!」

 ボッズーは勇気と愛の制服の袖を掴むと、二人をいざなう様に扉の中へと入っていった。

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