第4話 王に選ばれし民 9 ―ガキセイギは負けないッ!!!!!―

 9


「転がってぇ~~♪ ハイ、立ち上がってぇ~♪ OH~コンテンポラリぃ~~~♪♪」


 挫けず何度も立ち上がるセイギの姿を見て芸術家はそう歌った。セイギがコンテンポラリーダンスを踊っている……とでも言いたいのか。


「馬鹿に……馬鹿にすんならぁあ………好きなだけすれば良い………うぅッッ!!」

 でも、セイギの諦めない心とは裏腹に、セイギの立ち上がる力は遂に尽きてしまったのだろうか。セイギは遂に膝をついた……

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 膝をついた時の衝撃が、亀裂の走っていた仮面に最後の一手を加えた。仮面は右前頭部から斜めに大きく割れて、仮面の破片が涙の様に落ちていく。割れた仮面の奥からは、血と汗でグッショリと濡れた髪と、未だに燃え続ける右目が覗いた。

「まだ……まだだ!!……」

 それでもセイギは立ち上がる。諦めようとはしない……


 …………しかし、敵は残酷な方法を知っていた。


「あっ………!!」

 大剣で体を支えて立ち上がろうとするセイギのその大剣を、"手を開いた拳"が薙ぎ払う様に屋上の外に弾き飛ばしたんだ。

「うぅ………」

 突然、体の支えを無くしたセイギは、前のめりに手をついて倒れた……でも、

「まだまだ……まだまだだぜ!!」

 それでもセイギは諦めない。もう一度立ち上がろうと、膝を立てる。


 そんな姿をピエロが笑った……


「ケケケケケッ! 無様だなぁ!! 無様だねぇ~!! いい加減諦めちゃった方が良いんじゃないのけ? その方が痛みが少なくて良いと思うけど!! ………あっ! そっか! 王はお前を殺すなって言ったんだっけ! あぁ~残念!! 残念!! なんて可哀想なんだろぉ~~!!」


 ピエロはわざとらしく頭を抱えた。


「ふふふん♪そうですよぉ~~♪ ピエロさん~~♪ 貴方はいつも早とちり過ぎるぅぅぅ~~~♪ 王の言葉を忘れてはいけません~~~~♪ あの子は殺しちゃいけないのぉぉ~~♪」

 芸術家はそう歌いながら、上空に浮かぶ巨大なスクリーンを見た。

「ほらほら、見て見てぇぇ~~~♪ 私はもうあの子を追い詰めましたぁぁぁ~~~♪ これは王から受けたご命令ぃぃぃ~~~♪ 私はとても仕事が出来るぅぅ~~♪」


 芸術家が言った言葉、『追い詰めた』……そうだ、その言葉はセイギを『傷付けた』という意味だけじゃない。セイギはもう屋上の端にまで"追い詰め"られていたんだ。


「何が仕事が出来るだよぉ~! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!! この、三角野郎!! ラクガキしか出来ないくせにぃ~!!」


「ラクガキ? ふふふん♪ 貴方こそ喋っているだけぇ~~~♪ あぁ~あぁ~唾が飛ぶぅ~~♪ 汚いぃぃぃ♪ 貴方はこの子に傷の一つでも付けましたかぁ~~♪」


「五月蝿ぇ!! このラクガキ野郎!! ケケケケケケッ!」


 ピエロと芸術家はわざとらしく罵り合った。

 ふざけているんだ。傷付いたセイギの姿を見て喜んでいるのか、芸術家とピエロはふざけ合っている。


 しかし、そんな事などどうでも良い。芸術家とピエロの戯れなんかどうでも良い。


 それよりも、セイギだ。


 彼はやはり諦めない。どんなに笑われようが、大剣を失おうが、諦める事はしない。柵の無い屋上の端で、冷たい風に背中を擦られながら、彼は芸術家とピエロが話すその隙に、ゆっくりと立ち上がった。


「セイギ………!!」

 ボッズーはその姿に希望を感じた。諦め知らずのセイギの姿に。



「おい………」



 セイギは静かな声で芸術家とピエロの会話に割って入った。


「ん?OH~~♪ まだ立ち上がる力が残っていたんですねぇ~~~♪ 驚きましたぁ~~~♪」

 呼び掛けられた芸術家はセイギが立ち上がった事にやっと気付いたらしい。芸術家がピエロとの会話に夢中になっていたからか左右に分かれセイギを斜め上から見下ろす形で止まっていた両拳もピクリと動く。


「おい……」

 セイギはもう一度芸術家を呼んだ。

「………あの魔女って婆さんも、お前も、俺を殺さないって何なんだ……」

 割れた仮面から覗いたセイギの目が芸術家を睨む。

「……王だか何だか知らねぇけど、何でソイツはそんな命令をすんだ!!」


「オォホッホッホッホッホォォ~~~~♪ 君は今、『ソイツ』と言いましたかぁ♪ 我等が王に向かって『ソイツ』と♪♪ 聞き捨てなりませんねぇぇ~~~♪」

 笑ってはいるが、芸術家の歌声はより低く変わった。怒りを抱いたに違いない。

 同時に、空中に浮いていた両拳が屋上のコンクリートの上へと降りてくる。

「本来ならぁ~~♪ 君はとっくに死んでいるのですよぉ♪ 全ては王の優しさぁ~♪ 王が我等に命令をしなければぁぁ♪ 私達は君の命を簡ぁぁ~~単んに握り潰せたぁぁ~~♪ でも君は生きているぅ~~♪ 王に感謝すべきぃ~~♪ それなのに君は王を侮辱したぁぁぁ~~~あぁ~~~♪♪」


「うるせぇなぁ!! だから、何でソイツはそんな命令をするのか!! その理由を聞いてんだよ!!!」


「ホホホホホォ~~~♪ 生意気なガキですねぇ~~♪ 殺してやりたい……殺してやりたい……殺してやりたいですねぇ~~~♪♪」


「ケケケケケケケケッ! やっちゃえ! やっちゃえ!!」


 怒る芸術家をピエロが囃し立てた。


「ノンノン♪♪ ピエロさん、それはダメですよぉ~~♪」

 そうは言うが、陽気にも聞こえる歌声とは正反対に芸術家の顔は怒りに満ち溢れている。

「ふふん♪」

 そして、腹の前で組んでいた手を肩の高さまで振り上げ、


 サッ………


 指揮を取るように一気に振り下ろした。


 すると、セイギを挟む形で構えていた両拳が手を開き、蚊を叩き潰す様にセイギを叩いた。


「うわッ!!」


 セイギの呻き声が屋上に響く。


「ふふふふん♪」

 拳はセイギを挟んだまま、指と指を組み合わせ、ゴキゴキ……と空耳が聞こえてくる程の強い力で握り潰す。


「うぅ……くっ……あぅッ」


 絡まりあった拳と拳の間からセイギの頭だけが見える。彼は呻き、そして苦しそうに揺れる。


「ホホホホホォ~~~♪ 生意気ばかり言っているともっと痛い目にあいますよぉぉ~~~♪」


「やめろ!! やめろボッズー!!」

 ボッズーは吠えた。彼は『親友を助けたい、助けなければ……』という気持ちで自分を縛る蛇から逃れようと必死にもがき続けていた。

 ボッズーもまたセイギ同様、諦めようとはしなかった。『必ず逆転のチャンスが来る筈だ……』と、信じ続けていた。


「OH~~♪ ここにも口の汚いお馬鹿さんが居ましたねぇぇ~~♪」

 しかし、芸術家はそんなボッズーの気持ちを蹂躙する様に、ボッズーに一歩、二歩、三歩と近付くと、足元に転がるボッズーの頭を虫を踏み潰すかの様に思いっきり踏みつけた。


「うわッ!!」


「ふふふん♪ ペットと飼い主、二人揃って同じ泣き声ぇ~~~♪ 良い歌声ですぅ~~ホホホホホホホォ~~♪♪」

 芸術家は足に体重を乗せて、更に強くボッズーの頭を地面に擦り付ける様にして踏みつける。


「うぅ……うぅ……」


「ホホホホホォ~~♪」

 ボッズーの苦悶の表情を見るのがそんなに楽しいのか、芸術家は満面の笑みを浮かべて大袈裟に笑った。



「……め……ろ」



「ん♪」



「やめ……ろ……」



「なにぃ♪」



 セイギの声だ。芸術家はボッズーから目を離し、再びセイギを見た。


「やめろ……って言ってんだ……、ボッズーから離れろッ!!」


「OH~~♪ まだ叫べる元気が残ってたんですねぇぇぇ~~♪」


「うる……せぇ……ボッズーから離れろって言ってんのが聞こえねぇのかよッ!!」


「ホホホホホォ~~~♪ どんなに吠えても君が私に逆らう事は出来なぃぃ~~~い♪ 体がボロボロに折れる痛みに耐えながらぁぁ~~~♪ 可愛いペットが踏み潰される姿を見るがいぃ~~~~♪」

 芸術家はセイギを嘲笑いながら、より強い力でボッズーを踏みつける。


「うぅぅ~~~!!」


 ボッズーの痛みを表す様に、ボッズーの頭を覆うタマゴの殻がピキリと音を立てて欠けた。


「ホホホホホォ~~♪」


「やめろ……やめろぉぉぉぉーーー!!!! その足を離しやがれぇぇぇ!!!!!」

 どこにそんな力が残されていたのか、セイギは力強く叫んだ。



 そして、



「え……♪」


「へへ……嘘だろ………ボズ」


 ボッズーですら驚いた。


 それは、セイギを握り潰そうとする拳と拳の間が徐々に開き始めたからだ。

 そして、✕を描くように絡まり合っていた親指と親指が離れ、頭しか見えなかったセイギの体が徐々に見え始めた。拳の中で彼は、重たい扉を腕ずくで強引に打ち開く様に、両腕に力を込めて拳と拳を無理矢理に引き離そうとしていたんだ。

 ボロボロの傷付き過ぎた体なのにもかかわらず、友を、ボッズーを救う為に、セイギは自分の限界を超えようとしていた。これが火事場の馬鹿力というヤツなのだろうか……


「お前ら……俺達を舐めるのもいい加減にしろッ!! 絶対に後悔させてやる!! 絶対にッ!! 絶対にだぁぁぁッッッ!!!」

 最後の絶叫の時、遂にセイギは拳の緊縛を引き離す事に成功した。

「うおぉぉぉぉぉぉぉおッッッ!!!」

 僅かに開いた拳と拳の隙間から抜け出しセイギは一気に駆け出す。

「ドリャーーー!!!」

 そして、そのまま空中を走り幅跳びが如く跳び上がる。

 何度も言う、セイギのボディスーツは人間の身体能力を超えさせる。ボディスーツは赤井正義の跳躍力を向上させ、ガキセイギは正に空を駆けた。

「ボッズーから離れろって言ってんだろうがぁーーー!!!!」


「な………♪」

 芸術家は余りにも想定外な事態過ぎて、呆然と立ちすくしてしまっていた。


 いや、芸術家にとって更に想定外な事態は続く。


 空を駆けたセイギは、膝を抱え込む様な格好で空中でくるりと回転すると、

「オリャーーー!!!!」

 片足だけを伸ばし、落下する勢いに乗って芸術家の顔面に激烈な跳び蹴りをくらわせたんだ。


「グワァァッッッ!!!」

 芸術家の高い鼻は『ボギラッ!!』と音を立てて折れ、芸術家から歌う余裕を奪った。

「グワァーーーッ!!」

 芸術家は苦悶の表情を浮かべながら体を仰け反らせて屋上から落ちていく。

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