第4話 王に選ばれし民 8 ―ガキセイギは諦めない―

 8


「ヤバイッ!! ボッズー、ごめん!! 投げんぞ!!」


「え?!」


「そんな状態の時に悪いけど!! 上手く逃げろ!!」


 セイギは突然、ボッズーを宙に放り投げた。あれ程『離しはしない!!』と強く抱き締め、『絶対に守る!!』と誓ったボッズーを。

 しかし、今はそれしか無かった。

 上空から殴りかかる拳と、これから向かってくる新たな拳、どちらのスピードも速いのは既に拳と戦っているセイギには分かっていた。だから、セイギは悟ったんだ。『どちらかの拳を弾き飛ばしても、もう一方からは必ず攻撃をくらってしまう』と。


 そして、セイギの予想は当たった。


「ウワァーーーーッッ!!!!」


 先に現れた拳を弾き飛ばし、ボッズーを宙に放り投げた瞬間、新たに現れた拳が勢いよくセイギに殴りかかったのだ。


「くわぁ……あぁ……」


 殴り飛ばされたセイギは宙を舞い、コンクリートの屋上に叩き付けられる。


「くぅッッ………」


「セイギ!! セイギィ!!!」


 空中に逃がされたボッズーは、殴られるセイギの姿を足下で目撃した。この時ボッズーは気付いた。『セイギはこの攻撃に自分を巻き込ませない為に、自分を放り投げたのだ』と。


「コノヤローー!! 許さないぞボッズーッ!!!」


 ボッズーは怒った。叫んだ。絶叫しながら芸術家に向かって飛んで行く。

 ボッズーは考えた。『拳の攻撃を止めさせるには芸術家をぶっ叩くのが一番早い』と。

 しかし、今のボッズーは傷付いている。片翼だけの飛行だ、スピードが出ない。


 ― チキショー!! ビュビューンモードに変形出来たなら加速の勢いで突進を食らわせてやれるのにボッズー!!


「おぉ~~~♪ 天使の翼を持つ者よぉぉぉ♪ 傷付いた翼を圧してでもぉぉぉ♪ 友を救おう♪ 勇ましくぅ♪ その姿、勇気ある者、まことの勇ぅ者ゃあ♪♪」

 芸術家は歌う、リズミカルに、ボッズーをからかう様に。



 ドゴンッ!!



 ………ボッズーの背後から鈍い音が聞こえた。そして、セイギの叫び声が聞こえてくる。


 まただ、またセイギが攻撃をくらったんだ。


「セイギィ………うぅ……セイギィ」

 ボッズーは歯痒かった。

 本当なら今すぐセイギを連れて、空へと逃がしてあげたかった。

 しかし、ボッズーの今の傷付いた体ではスピードが出せない、セイギを助けようと彼を空に連れ出そうとしても、結局二人纏めて拳の攻撃をくらってしまう事になるだろう。魔女の時とは違う。そうなれば共倒れ。だからボッズーは考えた。『今自分がやるべき事は芸術家の邪魔をする事、芸術家の邪魔をしてセイギに逆転の切っ掛けを与える事だ……』と。


 だから、ボッズーは振り返らない。


 ― 振り返ってる時間は無いボズ!! 芸術家の攻撃を早く止めなくちゃボッズー!!


 だからどんなに歯痒くても感情に任せて振り返る事はしない。


 しかし、そんなボッズーを嘲笑うかの様に芸術家は歌った。


「アダムとイブは蛇にそそのかされましたぁぁ♪」


「そしてお前は蛇に! ケケッ! 束縛されるぅ~!!!」


 二つ目はピエロだ。ピエロは芸術家の歌に合いの手を入れるように言った。巨大スクリーンの中からピエロはボッズーとセイギを見ていたのだ。


「ふふふん♪」

 そしてまた、芸術家は鼻唄混じりに筆を振った。自分の顔の正面に、一筋の線を描く……


「さぁ♪ 行くのですぅぅ~~♪ ニョロニョロニョロニョロォォ~~~♪」


「なにぃ!!!」


 芸術家が描いた線は『ニョロニョロ~~♪』という言葉と共に白い蛇へと変化した。そして、ボッズーに向かって飛び掛かる。


「うわぁっ!! や……やめろ!!!」


 飛び掛かった蛇は一気にボッズーの体に巻き付く。


「うっ……くぅ……うわぁぁぁ…」


 ギリギリ……ギリギリ……


 ボッズーは全身を絞められた。芸術家まであともう少しだったのに、ボッズーはゴトンッと音を立てて冷たいコンクリートの上へと落ちてしまった。


「クッソ!! 放せボッズー!!」

 ボッズーは抵抗した。だが、芸術家が描いた蛇はただの蛇じゃない。どんなに振りほどこうとしても無理だ。鋼鉄の様に硬い。



「ウワァァァァァーーーーー!!!」



 そしてまた、セイギの叫び声が聞こえてきた。


「セイギ!!!」


 ハッとしたボッズーがその方向を見ると、巨大な拳に弄ばれるセイギの姿が……


「やめろ!! やめてくれボッズー!!!」


 拳は遊んでいた。それが端から見ても分かる。


 拳は起き上がりこぼしで遊ぶ子供の様に、セイギを殴っては、転がし、そしてセイギが立ち上がるのを待って、また殴る……

 立ち上がっても、立ち上がっても、二つの拳が間髪入れずにセイギを殴る……


「おぉ♪ おぉ♪ 踊れぇ~~♪ 踊れぇ~~♪ もっともっと優雅な踊りを続けなさぁ~~い♪」

 芸術家の歌声は1オクターブ高くなる。『ご機嫌だ♪』とでも言うように。


 しかし、


「へへっ!」


 セイギは笑った。


「踊れ……ってか、へへっ! 悪いけど俺に、ダンスのセンスは無いぜぇ……フォークダンスだってまともに踊れねぇんだかんな!! ウッッッ………」


 でも、セイギの軽口も今は効かない。


「強がらないでぇ~~♪ 無理をしないでぇ~~え♪」


 芸術家の言う通りだった。


「う……うぅ……」


 何度も何度も殴られて、セイギの体にはもう力が入らなくなっていた。今では足も震え、腕も上がらずダラリと垂らして大剣を杖にしてやっと立ち上がれるくらいだ。その立ち上がる時のスピードも徐々に失われていっている。

 それもそうだろう。セイギの仮面を見てくれ。彼の仮面にはまるで稲妻の様な亀裂が右前頭部からゴーグルの右下の辺りまで斜めに走ってしまっている。戦う為だけで無く、装着者を守る為にも存在するセイギのスーツですらも悲鳴を上げ始めているんだ。


「ちき……しょ……」


 しかし、それでもセイギは諦めなかった。彼はどんなに殴られ、転がされても立ち上がり、弱音を吐く事をしない。顔は前だけを向き、ダラリと下がったその腕の先を見れば、両手は未だに硬く握られている。それは、敵と戦う闘志を、そして、勝利を信じる希望を失っていない証だ。



 殴られ、転がり、立ち上がる……



 殴られ、転がり、立ち上がる……… 



 何度も何度も……



 殴られ、転がり、立ち上がる…………



 何度も……



 殴られ、転がり、立ち上がる……………



「踊れぇ~~♪ 踊れぇ~~♪」



 芸術家はセイギを見て嬉しそうに歌った。

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