第4話 王に選ばれし民 7 ―王に選ばれし民 芸術家―

 7


「イッ……テテテテ……ふぅ……ありがとボズ。着いたボズよ」

 ボッズーは片翼だけを使って、ゆっくりゆっくりと屋上へ着陸した。


「ありがとう? ……いんや、違うぜ。それはこっちの台詞だ!」

 そう言いながらセイギは、両手を頭の後ろに回して背中に掴まるボッズーの手を取った。

「……ボッズー、ありがとな。ボッズーのお陰で助かった。本当にありがとう」

 そして、そのままボッズーを大事そうに自分の胸へと抱き寄せる。

「さて……ここなら見晴しも良い。もし敵が来てもすぐに分かる。俺が見張ってるから、ボッズーは少し休んでくれ」

 空を遮る物も無く、影一つ無い平地の屋上。セイギが言う様に、敵が現れてもそれはすぐに分かるだろう。


「へへっ……うん。じゃあ、5分だけ休ませてくれボズ。そしたらまた飛べるボズよ。ビュビューンモードは今日はもう無理そうだけど……」

 ボッズーが言う『ビュビューンモード』、それはジェット噴射が如く飛ぶ四本の翼の事だ。


「うん、それは仕方ねぇよ」

 セイギはボッズーの頭を優しく撫でた。

「ボッズーが無事ならそれで良い!」


「ありがとうボズ。俺も、お前が無事ならそれで良いボズよ。怪我も痛みも勲章ボズ!」


「「へへっ!」」


 二人はお互いを想い、笑い合った。


「でも、5分休んだらまた行くぞボズ! このまま奴等の好き勝手にはさせないボッズー!! 俺達の底力を見せてやるんだボズ!」


「あぁ! その通りだ! アイツらゼッテェ許さねぇ!!」


「うん!」


「へへっ! んじゃ、ちょっとばかしだけど、休んでくれ!」


「うん!!」

 ボッズーはコクリと頷くと、セイギの腕の中で目を瞑った。


 そしてセイギは、

「さて……」

 ボッズーをぎゅっと抱き締めながら、辺りを監視し始めた。


 ― アイツらがこのまま黙って俺達を休ませる訳が無い。必ず追手が来る……その追手から必ずボッズーを守る!!!


 屋上には誰もいない。『来るなら空か……』そう思ってセイギが空を見上げると、巨大スクリーンの中ではピエロが「ケケケッ……」と不気味に笑っていた。

「何が可笑しいんだよアイツ……笑いやがって」

 そう言ってセイギはピエロを睨み付けた。


「あぁ~~~~♪ あぁあ~~~~~~♪」


「ん?」


「あぁ~~~~♪ あぁあ~~~~~~♪」


「え?!」


 歌声だ……


 何処かから歌声が聞こえてきた。


「………クソッ!!!」

 セイギは急いで辺りを見回す。しかし、誰もいない。


「あぁ~~~~♪ あぁあ~~~~~~♪」


 しかし、確かに聞こえてくる。その歌声はまるでバリトン。とても低く、地面から響く様な声……


「な……なんだボズ?」

 その歌声に、目を瞑ったばかりのボッズーも思わず瞼を開く。

「セイギ……じゃないよなボズ?」


「いいや……違うよ」

 ボッズーに向かって首を振ると、セイギは左手に持つ大剣を握り直した。

「何処だ!!!」

 そして、叫んだ。

 セイギは察したんだ。新たな敵の出現を。


 ― もう少し休ませてくれたって良いのによ……


 セイギは本音を心の中で呟くが、仕方がない。敵はセイギとボッズーにほんの数分の休みも与えてはくれなかったのだから。


「あぁ~~~なんて勇敢なお方ぁ~~♪ 友を思いやりぃ~~♪ 友の為に剣を握るそのお姿ぁ~~♪ それは正に芸術ぅぅ~~♪」

 その声は喋り始めた。オペラ歌手の様に、"歌いながら喋り始めた"……

「しかしぃ~~真の芸術はぁ~~~♪ 破壊から生まれるぅ~~♪」


「何言ってんだ!! ふざけてんのか!!!」

 セイギは再び辺りを見回した。いや、『再び』じゃない。もう何度も見回している。屋上の全域を、空を、何度も、何度も。でも、誰もいない……………筈だったのに、影一つ無い屋上に影が射す。セイギが立つその場所だけに。


「!!!」

 影に気付いたセイギは、ボッズーを更に強く抱いて、頭上を見上げた。

「なッ!!!」


 拳……


 巨大な拳……


 セイギはいつの間にか体を小さくされてしまっていたのであろうか。セイギが頭上を見上げると、そこには巨大な拳があった。

 でも、セイギは正常だ。異常にはなっていない。だが確かに、手首から先だけの"拳だけの巨大な拳"が、『今すぐにでも殴ってやる』とでも言うようにセイギを睨み付けていた。


「ちくしょう!!!」


 セイギは咄嗟に走り出す。


 そして、その瞬間セイギが立っていたその場所を拳が殴った。



 ドカンッ!!



 屋上のコンクリートが破壊される音がする。


「クッソ! さっきまで誰もいなかった筈なのに! コイツらマジで神出鬼没かよ! 《ピエロ》に《魔女》そして次は拳?何なんだ!! クソォォ!!!」


 セイギは後ろを振り返らずに必死に走った。



 ドカンッ!!



 ドカンッ!!



 ドカンッ!!



 ドカンッ!!



 逃げるセイギの後を追って拳は屋上を殴り続ける。屋上には大きな穴が次々に開いていく。


「拳だけ……拳だけって何なんだよ!! チキショーーッ!!! ナメんな!!」

 セイギはやめた。逃げる事を。


 ― このまま逃げても屋上の端に追いやられるだけだ!! ボッズーを守る為には戦わなければならねぇ!!!


「やってやんぜッ!!!」

 勇猛果敢、セイギは後ろを振り返り、ボッズーを片手に抱えたまま大剣を振り上げた。

「ドリャァ!!!」


 ガキンッ!!!


 拳と大剣がぶつかり合う。二つの力は同等、いや、若干拳の方が強いのか、拳が大剣を押してくる。


「ウォォォッッ!!! 負けるかぁーーー!!!!」

 しかし、セイギは負けない。全力を大剣に込めて、

「どうだぁぁ!!!」

 豪速球を打ち返す様に拳を無理矢理弾き返した。


「あぁ~~クッソォ!!」


 しかし、拳は強かった。止まらなかった。弾き返しても拳は再び襲いかかってくる。


「だったらまた飛ばしてやるぜッ!!! ドウリャ!!!」


 だが、


「ゼアーーーッ!!!」


 弾き返しても、弾き返しても、


「ハァッッ!!!」


「テェアーーーッ!!!」


 拳は止まらない。止まらないだけじゃない、攻撃をくらわせているのにダメージを与えられている感じもしない。


「巨大な敵にも立ち向かうぅぅ~~♪ 勇敢な心ぉぉぉ~~~♪ それは芸術ぅぅ~~~♪」


「歌うなッ!!! 歌う拳っていったい何なんだよ!! ドゥウリャッッ!!」


 空中には見えない支点でもあるのだろうか、弾き返しても拳は振り子の様に飛んでくる。

 しかし、戦うセイギにはその謎を解明する余裕はない。


「あっ!! セイギ!! 違うボズ!!」


 だが、セイギには仲間がいる。ボッズーがいる。たとえ傷付いた体でも、ボッズーの心は折れていない。セイギと共に戦う意思は変わらない。

 彼は今、この事態に何が起こっているのかを必死に観察し、敵に対抗するにはどうしたら良いのか考えていた。


 だから、見えた。


「違うボズ!! 違うボズよ!!」

 ボッズーは気付いた。ボッズーは叫んだ。


「違う? 違うって!! なんだ!!」


 拳と戦うセイギには見えていない。しかし、ボッズーには見えた。敵の本当の正体が。


「拳の向こう側!! 屋上の先ボズッ!! そこに男がいるボズよ!! あそこだ!! あそこ!!!」

 セイギが拳と戦う向こう側、柵の無い屋上の端、その場所に立つ男の姿がボッズーには見えた。ボッズーは急いでその場所を指で差し示す。


「私は拳ぃ♪ いえいえ違うぅぅ~~♪ 私の名前は芸術家ぁぁ~~~♪」


「あそこ?? ………トリャッ!!!」

 セイギは今また拳を弾き飛ばし、ボッズーの指差す先を急いで見た。

「……あッ!!!」

 セイギの目にもやっと映った。真っ白な三角形の帽子を被った白装束の男の姿が。


 さっきまで、そこには誰もいなかった。いつ間にやら現れた。セイギが言う様に敵は神出鬼没。


「あぁ~~~♪」


 男は腹の前に両手を組んで歌っている。ビブラートをかける度に男の顎が震える。長い、長い、顎を震わせて歌っている。この男、顎が顔の半分を占めているんだ。

 そして、この男も《ピエロ》や《魔女》と同じくその顔は真っ白だった。まるで色付けられる前の塗り絵みたいに。

 しかし、この男の一番異様な点はその顔の形だ。

 男の顔には一切丸味がないんだ。顔の形は三角形の帽子とは真逆に、逆三角形に尖っていて、もしシルエットだけで見たとしたら、きっと首から上は少し細く伸ばされた菱形に見える事だろう。

 そして、更に目を凝らし見てみると、男の三角形は帽子と顔の形だけではないのが分かる。

 この三角帽子の男の全てが、三角形で出来ているのだ。

 眉は小さな正三角形、目は眉より少し大きな逆三角形、上唇は正三角形を二つ並べた形で、下唇はその逆だ。耳もピンッと三角形に尖っていて、鼻は稲妻のようにカクカクとしており、三角形を意識して見れば三角形が積み重なって鼻の形になっているのが分かる。


 奇妙な男、不気味な男。


 男が着た白装束も、近くで見れば三角形が何処かに隠されている事だろう。そう思わせる程に男は三角形だらけだった。三角形でしかなかった。


「な……何だお前は!!」

 セイギのこの言葉、『誰だお前は?』という意味と『何だこの変な男は!!』という二つの意味が込められていた。

 どこかで見た事のあるような姿のピエロや魔女と違って、三角形だらけの男はそれだけインパクトがあったのだろう。


「何だとは何ですかぁ~~~♪ ですから私は芸術家ぁ~~~ぁぁ♪ 絵を描く事がお仕事ですぅ♪」

 少し怒った口調になった《芸術家》と名乗る男は、「ふふん……♪」と鼻唄を混じらせながら白装束の懐から一本の筆を取り出した。

 その筆も毛先から全てが白い。太陽光を浴びて毛先が金色に見えるくらいに。

「あぁ~~~♪」

 男はその筆を歌いながら宙に向かって軽やかにふわりふわりとまるで指揮棒を振るう様に振り始めた。自分の歌のリズムに合わせて、ふわりふわり、ふわりふわりと。

「ふふん♪ ふん♪ ふふふん♪♪」


 この間もセイギは拳と戦い続けていた。だから《芸術家》が何かをしようとしていると気付いていても動けない。

「な……何をするつもりだ!!」


「セイギ!! 俺を行かせろ!! 俺も戦うボズ!!」

 ボッズーはセイギの腕の中で暴れた。ボッズーは『傷付いた体を圧してでも戦いたい』そう思ったんだ。


「ふふふん♪ 出来上がりぃぃぃ~~~~♪♪」


 しかし、もう遅い……芸術家は書き上げてしまった。宙に絵を。セイギが戦う拳と同じくらいの大きさの大きな絵を。書き上がった絵は、はじめは枠しか無かった。だが、芸術家が『出来上がり♪』と歌うとその枠の中は一瞬にして白く色付いた。


「うわっ……そういう事か!!!」

 セイギは気付いた、一瞬の内に全てを理解した。芸術家が描いた絵、それは拳の絵だった。そして気付く。自分を襲う拳が芸術家の描いた絵だった事を。

「な……ッ! って事は!!」

 そして、もう一つ気付いた。それは、これから起こる出来事だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る