第4話 王に選ばれし民 10 ―怒りよりも、優しさや勇気、未来を夢見る心、そして愛だ―

 10


「ハァ……ハァ……ハァ……ボッズー、大丈夫か?」


 芸術家を蹴った反動を利用してバック宙を決めたセイギは、スタッと軽い足音で屋上へと着地すると、急いでボッズーに駆け寄った。


「大丈夫ボズよ……どうやら芸術家は退散したみたいだボズね」


 どうやらその様だった。ボッズーに巻き付いていた蛇も、巨大な拳二つも、芸術家が屋上から落下するとほぼ同時に、白い煙となって消え去っていったのだから。


「それより、そっちは大丈夫なのかボズ?」


「へへっ! 大丈夫!! 全然な!!」


 セイギの仮面の割れた所からは、赤井正義の右目が覗いている。その目がボッズーの顔を見ながら目尻に皺を寄せてニコリと笑った。

 でも、嘘だ……本当はセイギの全身には激痛が走っていて、今すぐにでも倒れしまいそうなくらいなんだ。でも、セイギはボッズーに心配をかけない為に思わず嘘をついてしまった。『空元気野郎』と言えばそれまで、でもこれこそが赤井正義という男なんだ。



「ケケケケケケケケッ!!!」



 しかし、やはり、敵は束の間の休息ですらもセイギとボッズーに与えてくれない。


「………」


「………」


 ピエロの笑い声を聞いたセイギとボッズーは空に浮かぶ巨大スクリーンを見上げた。


「ケケケッ! 芸術家のヤツやられてやんの!! 馬鹿だよなぁ~!! 逆に怒らせて、ドゴンッて!ケケケケケケッ!! 弱いものイジメのセンスが無いッ!! 固い頭を踏み潰そうとしても時間がかかるんだから、まずは目だよ! 目を潰せば良いのに! プチぃ~~ってさぁ! ケケケケケケケケケッ!」


 ピエロは腹を抱えて笑った。


「でもさぁ~、そこの赤いヤツ! 名前何だっけ? バカセイギ?? 違うかぁ!! ケケッ! まぁ何でも良いや、どーでも! お前、流石だぜ! 王が見込んだだけの事はあるねぇ!」


「見込んだ……それはどういう意味だ!!」

 セイギは巨大スクリーンに向かって叫んだ。


「ケケケッ! よく吠えるねぇ! そんなに吠えてばっかいたら声枯れちゃうよお! ガラガラガラ~~って! ヤダなぁ~! 俺は声が枯れるのがいっちばん嫌い!! あっ……俺はもう枯れてんだったっけ! ケケケケケケケケッ!!」


「この野郎……ふざけんな! 質問に答えろ!! くだらねぇ冗談を挟まなきゃ、テメェは話せないのかよ!!」

『ピエロが自分の質問をのらりくらりとはぐらかそうとしている……』セイギはそう感じた。

「見込んだって、それは俺を殺さない理由と繋がってんのか!!」


「ケケケケケッ!!」


 そんなセイギの姿を見てピエロは笑った。


 そして、もう一度……


「ケケケケケッ!!」


 しかし、二度目の笑いは口先だけだった。笑い終えた時、突然ピエロの顔は真顔へと変わる。そして、両手を広げてまるで演説をするかの様にピエロは語り出した。


「ケケケケケッ!! そんなに気になるか、そうか、そうか! ケケケッ! 分かってるよぉ! ちゃんと説明はしてやるさ! 良いか? 今から俺が言うことをよぉ~く覚えておけ! 俺達はなぁ、別にお前をナメてる訳じゃない。全ては王の命令さ!!」


「王の命令? ……何でだ!!」


「おいおい、焦んなって! 今から話してやるって言ってんだろ? 良いか、お前はなぁ、王に"見付かった"んだよ!」


 ピエロはセイギに質問を挟ませない様に矢継ぎ早に話す。


「王はな……破壊を望んでいるんだ。この世界全ての破壊を! 破壊……それは"死"だ。人を殺すのは簡単だよ。ケケッ! 銃を頭に突き付けて……バンッ!! ケケケケケッ!!」


 ピエロは抑揚豊かに声色を変えながら、身振り手振りを付け、仰々しく語り続ける。


「でもさぁ、それじゃあ面白くない! 笑えないよッ!! ケケケケケッ!!! 本当に面白い破壊は、じわりじわり……とだ。指を一本一本、骨を一本一本折っていって、一発で仕留める事なんかしない!! 火をつけてやっても良い!! 焼き鳥だ!! ケケケッ! 最後には生まれてきた事を後悔しながら涙を流して死んでいく………そうやって殺すのが一番面白い!!」


 セイギは叫んだ。


「なに言ってんだ! やめろッ!! お前のふざけた理屈なんて聞きたくもない!! 『王の命令』って、俺はその意味を聞いてるんだ!!」


 しかし、ピエロは首を振る。

「いやいや、聞け聞け!! これはお前等、人類に関わる事だ! 俺は丁寧に教えてやってるんだよ。良いか? これは俺達の総意だ。《王に選ばれし民》のな。でもそうは思っていても、本来なら今日は楽しみを捨てて、この世界中のみぃ~~んなを一発で殺してやるつもりだったんだよ! ドッカーンってさ!! ケケケッ! でも、お前が邪魔をした。苛つくぜ! ムカついた! だから俺達は方向転換、楽しもうって決めたんだ!! お前等人類に地獄を味あわせてやるってな。苦しませて、苦しませて、苦しませて、殺そうって! ジックリ、ジックリ……自分がいつ死ぬのかっていう恐怖を覚えながら殺してやるってな!」


「ふざけんな!! そんな事俺がさせるか!!」

 ボッズーに寄り添うように跪いていたセイギは立ち上がった。その手は震えている。その震えはもう痛みではない。それでは、恐怖に……いや、違う。


 それは、怒りだ。


 ピエロの発する言葉全てが、セイギの逆鱗に触れた。それはそうだろう、命を嘲り、奪う事を楽しいと笑うピエロと、『世界の平和のために戦う』と決意し生きてきたセイギとでは、世界の見方が全く違う。


「セイギ……」

 後を追ってボッズーも起き上がる。その顔は心配そうにセイギを見詰めている。


「分かってる……」

 ボッズーが何を言おうとしているのか、セイギには分かった。だから、彼はその震えを抑えようと手を握る。

 セイギはボッズーから言われた言葉を忘れてはいない。

『怒りよりも、優しさや勇気、未来を夢見る心、そして愛……その心を大切にしろ』

 この言葉をセイギは心に刻み込んだのだから。


 だから、懸命に怒りを抑える。


 今までもそうだ。希望のぞむを救い出した時もそうだった。ボッズーを芸術家から助けた時も。怒りを覚えそうになる時、愛や優しさを思い出し、敵に立ち向かう勇気に変えて、希望ある未来を夢見ながら戦ってきた。


 しかし、ピエロの言葉はそんなセイギの怒りを呼び起こす。

 それでもセイギは戦った。怒りと戦った。

『怒りを覚え自分に負ければ、ピエロに負けた事にもなる……』そう自分自身に言い聞かせながら。


「………セイギ」

 ボッズーは片翼だけを使ってセイギの肩に止まった。ボッズーはセイギが言葉にしなくても、彼の背中を見て全てを察した。

 だからボッズーはセイギに寄り添う。

 ボッズーだって一緒だったんだ。敵と戦いながら何度も怒りと戦っていた。今だってそうだ。

「怒りはいつか憎しみに変わるボズよ。戦うんだボズ……戦うんだボズよ」


「あぁ……分かってるよ」


 ボッズーが肩に止まると、セイギの震えは静まり始めた。


 セイギには仲間がいる。友がいるんだ。


 彼の心を、いつも友達が支えてくれている。


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