第3話 空が割れた日 26 ―バグれ!!!!!―

26


「ついてきた! ついてきた!」


 ガキセイギは自分と同じ高さを保ちながらついてくる光体を見て笑った。


「何が面白いんだボッズー! そりゃついてくるだろ、今までもそうだったんだからボズぅ!」


「へへっ! 面白い訳じゃねぇよ! でもさ、見てみろよ、アイツら俺達についてくるのがやっとで攻撃が出来なくなってるぜ! やったぜ!」


「何がやったぜだボッズー!! そりゃそうだろ!! 俺は限界を超えそうなくらいの加速をしてるんだからなボッズー!! アイツらに攻撃する余裕があって堪るかバカヤロー!! お前がもっと速くしろもっと速くしろって五月蝿いから、もう俺は全速力も超えて超全速力なんだぞボッズー!!」


 そう……急上昇を始めてからセイギはボッズーを煽ったんだ。『速く! もっともっと!! 光になるつもりで飛んでくれッ!!』と……


「じゃあもう無理か? もっと速くはならないのか?」


「むむっ……鬼畜めぇ! やれるさ、俺はやれる! お前が悲鳴を上げるくらいに飛んでやるぜボッズぅぅーーー!!!!」


 ボッズーは眉間に皺を寄せて翼に力を込めた。すると"上の翼"に吸い込まれる風はまるで突風になった。そして、その突風を"下の翼"から噴き出した。空気が震える。『ブゥーーーンッ!!』と。


「ヨシッ!! 流石ボッズーだぜ!! 行け行け!! もっと行っけぇーーー!!!」


 その今までよりも強い噴射にセイギは興奮の声をあげた。


 だけど、セイギは一体何を考えているのだろうか?


「ほらほら、段々差が出来てきたぜ! アイツら俺達について来れなくなってきてる!!」


 確かに、今までセイギ達と同じ高度を保ち続けていた光体の群れは、ドンドンと速度を上昇していくセイギ達に遅れを取り始めてはいるが……


「うるせー! こっちは必死だボズぅ!」


 セイギの指示を受けて飛ぶボッズーも、セイギが何をしようとしているのかは理解していなかった。だからちょっとイライラ……


 だけど、怒った顔をしてセイギに文句を言うボッズーだが、苛つきを覚えながらもセイギには何かしらの考えがある事を分かっていた。だって、いくら多少のズレが生じようとも、元々の二人の考えは一ミリのズレも無かったんだ。セイギが何の考えもなく暴走する訳が無い事をボッズーは知っているんだ。でも、


「訳を言え! 訳をぉ!! お前の狙いを話せボッズー!!」


 セイギが何を狙っているのかはボッズーにも本当に分からなかった。しかし、ボッズーも可笑しな奴だ。『訳を言え!』と叫びながらも、ボッズー自身も『もっと光体との差を広げてやろう!』とセイギからの指示も無しに、再び超全速力で速度を上昇させたのだから。


「おうおう! スッゲーぜ、ボッズー!!」


 そのお陰で更に光体との差は広がった。それを見たセイギはテンションが上がって雄叫びを上げる。


「イエーーーーッ!!!」


「おいおい! 叫ぶなボッズー!! いったいお前は何を考えてるんだボズぅ!! 訳を話せってぇ!!」


「へへへっ!!!」


 セイギは仮面の中でニカッと笑った。


「何を考えているか? へへっ! それは、"のるかそるか"ってやつだぜ!」


「何ぃ? どういう意味だ??」


「へへっ! 俺の考えの通りならな、アイツらは自分の意思で動いてねぇ筈なんだ! 俺達とどう戦うか設定されたロボットなんだよ! ……って分かんねぇけど!」


「分かんねぇけどって、なんだそれはボッズー! そんな無責任な事言うな!」


「へへっ! だって、今はそうだって証拠を見つける暇は無ぇんだもん! 証拠が無いから分かんねぇ! 分かんねぇけどさ! もしそうならその設定通りに動けなくさせたら、アイツらバグるんじゃねぇかって思ったんだよ!」


「バグる?」


「あぁ! 俺達がこのままぶっちぎってアイツらを置いてけぼりにしたら、きっと何かが起こる! 分かんねぇけど!!」


「なんだよボズぅー!! その、分かんねぇけどってぇ!!」


「へへっ!」


 ガキセイギは再びニカッと笑う。


「むーーー!!! クッソォーーー!!!」


 そしてボッズーはより速度を上げる。



 二人の飛んだ空には飛行機雲が残り、雲一つない快晴の空に一筋の白線が生まれた。



 すると、どうだろうか……


 ガキセイギが言う『バグる』が起き始めたみたいだ。


 これまで光体と光体は均等の距離を開けて円を作り、セイギを追い掛けていたのだが、その円に変化が起き始めたのだ。

 始めに起きた変化は、円を抜け出してボッズーの噴射が生んだ白線をなぞるように飛ぶ光体が現れた事。そして次に起きたのは、抜けた光体の穴を埋めるように光体同士が距離を詰め始めた事。これで、光体が作る円は一個体分縮まった。


「おっ! 見ろ、円が乱れたぞ!」


「うるさい! 何が見ろだ! 俺はまだまだ超全速力で飛んでるんだボッズー!! 後ろを振り返る余裕なんか無いぞボッズーッ!!!」


 ボッズーの言葉通り、ボッズーの力で速度はまだまだ上昇していった。その加速が更に円を抜け出す光体を呼ぶ。それは一体だけじゃない。続々と、続々と、円を抜け出す光体が現れ出した。

 雪崩は人間や動物のほんの一声でも発生すると聞く。ほんの些細な切っ掛けで……

 円の乱れもそれと同じだった。たった一体抜け出しただけで、途端に円の崩壊は始まってしまった。


「へへっ!」


 白線をなぞる光体の群れを見下ろしながらセイギは言った。


「スカイツリーって上から見下ろしたらこんな感じかな?」


「だから俺は見れないって言ってるだろボッズー!!」


 全ての光体が白線をなぞり始めた訳ではない。だが、最初に円を捨てた光体が現れてから僅か数分で、大多数の光体が円を捨ててしまっていた。


「へへっ! まぁ見れなくても良い! 言ったろ? 俺の予想が当たった! アイツらバグり出したぜ!!」


「バグる? 本当にそうなの? 作戦を変更しただけじゃないのかボッズー?!」


「う~ん……そう言われると、分っかんねぇ!」


「なんだよそれ!!」



 ……と思わずボッズーがツッコんだその時、二人の後ろ……というより、足元でドォーーンッ!!と大砲の音が鳴った。



「うぇっ?!」


 ガキセイギは急いで振り返った。すると、


「うわっ!!」


 光弾が彼の真横を通り過ぎた。


「おいおい! 攻撃してきたじゃないかボズぅ!!」


 真上を見続けるボッズーにも、ガキセイギの真横を通った光弾は流石に見えた。


 そして、


 ドォーーンッ!!


 ドォーーンッ!!


 また足元で二発鳴った。それから間髪空けずに、ガキセイギの真横を一発、二発と光弾が通り過ぎる。更にまだまだ、ドォーーンッ!!と大砲の音が続く。何発も、何発も。


「ぺゅぅ! ヤバイボズ!! 当たるボズよぉ!!」


 ボッズーは目を白黒させて取り乱した。しかし、セイギは違う。セイギはボッズーとは逆に


「いや……大丈夫そうだぜ」


『さっきまでのテンションは何処かに置いてきたのか?』と思える程に冷静な口調でそう言った。


「何がだボッズー! 何が大丈夫なんだボッズー! ピンチだボズよぉ!!」


「いや、よく見ろよ……って振り返れないんだったな。なら俺の説明を聞け。アイツら、やっぱバグったわ」


「え? ……どういう意味だボッズー?」


「アイツら、俺達に銃口を向けられてるのは今俺がザッと見ただけでも、そんなにはいない。いても半分。殆どの奴等は狂っちまったのか全然関係ない所に向かって撃ってやがる」


「え?!」


 ボッズーは少し冷静になって左右を見回した。


 すると、セイギが言う事が正しいのだろう、自分達にかすりもしない斜め向こうに何発もの光弾が飛んでいく光景が見えた。


「これなら……これなら、もしかして行けんのか?」


 何やらセイギが呟く。


「え?! な……」


 その意味をボッズーは問い掛けようとしたが、その前にセイギが喋り出す。


「そろそろ余裕ブッこいてるのも終わりにしねぇとなぁ! ボッズー、もう加速するのも限界だろ?」


「え? え……と、それはぁ~~……」


 ガキセイギの問い掛けは『本当に限界か?』と聞いているのか、それともまたまた煽っているのか……『どっちの意味?』とボッズーは首を傾げた。


「へへっ! ごめん、ごめん。今回は本当に聞いてんだ。つか、アイツらの狂った銃口が空を向いてるならまだ良い、これが逆に狂い過ぎて町に向けられちまったなら本末転倒だ!! ボッズー、ありがとうな! 加速はもう良い! 止まってくれ!!」


「いや……で、でも」


 ガキセイギの突然の指示にボッズーは戸惑いを見せた。


「なんだ?」


「だ……だって、本当に止まっていいのかボズ? 止まったらアイツらに追い付かれちゃうぞボッズー、それに動きを止めたらアイツらの恰好の的にもなっちゃうぞボズ! それこそ本末転倒だろ?」


「へへっ!」


『心配ご無用』とでも言うように、セイギは笑った。 


「大丈夫!! 俺に考えがある! 俺を信じろって! 逆転だよ、逆転! その切っ掛けを今、俺はこの手に掴んだッ!」


「逆転の切っ掛け……何だよそれ? ほ、本当ボズか?」


「あぁ、本当だよ!」


「本当に本当ボズか?」


「本当も、本当!!」


 しつこいくらいにボッズーは繰り返す。


「本当に、本当に、本当に!! 大丈夫なんだボズね?」


「あぁ! だから止まってくれってッ!」


 ガキセイギは自信満々にそう言う。


「う~ん……わ、分かったボズよ。本当に止まるぞ……良いんだボズね?」


 ようやくボッズーはセイギを信じた……いや、ずっと信じてはいる、だがセイギの考えが今は読めなくなっているんだ。


「じゃあ、ビュビューンモードを解除するボズよ……」


 戸惑いながらも、ボッズーは翼の形を再び二本へと戻した。

 その後の二人の飛行はボッズーの加速の余力だけで進み、高速だったスピードも徐々に減速していった。

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