第3話 空が割れた日 27 ―のるかそるか―

27


 ボッズーの超全速力の余力も完全に無くなって、バッサバッサのボッズーの羽ばたきの力だけで空に浮かぶセイギ、彼はクルリと体を反転させると足元を見た。


「さぁ……のるかそるか」


「え?!」


 雲ひとつ無い快晴の青空に浮かぶセイギとボッズー。二人と太陽との距離は近い。ギラギラと強い光が二人を照らし、今はまだ二月なのに、真夏かと思える程に暑い。


「大分置いてけぼりにしたな、アイツら」


 ボッズーのお陰だ。ガキセイギとボッズーを追い掛ける光体の群れは、まだ小指の先くらいにしか見えない。


「かなり飛んだからなボッズー。輝ヶ丘もあんなに小っちゃいボズ」


「あぁ、LEGOみたいだな」


「うん、そうだなボズ……ってそんな例えなんていらないボズよ! それより、『のるかそるか』って何なんだボッズー! さっき『逆転の切っ掛けを掴んだ』って言ってたじゃないかボッズー! ……おまっ、まさか! こんな土壇場になってまた賭けに出るつもりじゃないボズな? バグるは当たった、でもそんな何度も……」


「いや、出るぜ……」


「え?!」


 あっけらかんと答えたセイギにボッズーは驚いた。


「おいおい、なんだよそれ! 賭けに出るなんてそんなの聞いてな……」


「だって、ボッズーが言っただろ。『自分自身を過信するな』……って。切っ掛けは掴んださ、でも、こっからアイツらに逆転するには、俺の腕次第なんだ。掴んだ切っ掛けを生かすも殺すも、俺次第。緊張で胸がドキドキしてるよ。この世に絶対に決まった未来は無いからな。だから賭けだ。俺は自分自身に賭ける。んで、絶対にするんだ。決まってない未来を、俺が絶対にする。勝利を掴み取ってやるんだ」


 そして、ガキセイギは大剣を構えた。


「自分自身に賭ける……ボズか?」


 セイギの口調はとても落ち着いていて静かだった。だけど、その声はボッズーには決して弱々しくは聞こえなかった。

 いや、その反対だ。雄々しく力強く聞こえたんだ。


 このセイギの力強い宣言はボッズーの慌てた心に染み渡る。

 この時、ボッズーはある事を思っていた。


『やはり彼を信じていて良かった』……と。


「なるほど……先走って悪かったボズ! そういう事ボズね。分かったボズよ。だったら俺もお前に賭けるボズ!! ……でも、『賭け』って言葉よりもそれは『自分自身を信じる』って言葉の方が正しいんじゃないのかボズ?」


「ん? へへっ……そっか。まぁそうかもな」


 しかし、このボッズーという生き物も調子の良い奴だ。今日、この二人のこんなやり取りを何度も見た気がする。

 ボッズーは心配性なんだろう。けれど、もうそろそろセイギに対しての心配は捨てても良さそう。だって、セイギはボッズーが心配しなくても、世界を救う為の道は決して甘くない事を知っているのだから。

『この道は苦難の道だ』と、『少しでも隙を見せれば、死が待っている』と、セイギは知っているんだ。


 それはボッズー自身が彼に教え込んだ事でもあった。


 だが、そうは言っても希望のぞむが捕まっていた工場でセイギは動揺を見せ、取るべき行動の選択を間違えそうになった。だからボッズーが心配するのも無理もない。

 しかし、セイギは成長した。今日の今日でまた一つ、セイギは英雄として成長したんだ。


 だからもうボッズーが心配する必要はないのだ。セイギはもう己を過信する事はない。反対に彼は考えるんだ。『今この瞬間自分が何をするべきか、どう戦うべきか、最善の選択は何か?』……と。時にセイギは、大胆にも見える行動もするが、それも考え切った結果、考えて、考えて、彼は戦うんだ。


 そして、彼はまた最善の選択を見付けた。だから彼は大剣を構え、光体を見下ろす。




「んじゃ、頑張んぜぇ、俺!!」


 セイギは仮面の奥でニカッと笑った。


「ふぅ……」


 でも、その笑顔はすぐにしまって、自分自身を落ち着けようと、息を一つ吐いた。




 今日彼は、考えに考え抜いた末、何度も最善の選択を選んできた。

 それは光体との戦いでも、希望を誘拐した男との戦いでも。失敗が許されない境地で、彼は"最善の選択"を探し求めてきた。


 しかし、"最善の選択"は"最善"ではあるが、それが自分自身にとって安全な選択かどうかは別だ。時に"最善の選択"を取るのであれば、生と死の境目に自分自身を立たせなければならない時もある。


 今が正にそれだ……


 だからセイギの胸の鼓動は早くなる。でも、セイギに迷いは無い。怯えもしない。何故なら、彼の覚悟は決まっているから。例え、自分を生と死の境目に立たせなくてはならなくても、"最善"ならば彼はその選択をする。そして、彼の言葉をそのまま借りて言うならば、"自分自身に賭ける"のだ。



「さて……」


 セイギは『ふぅ……』と息を吐き終えると、ボッズーにある事をお願いした。


「ボッズー、ちょっと頼みがあるんだけどさ。今から俺の体を、上手い事アイツらに向けてくれないかな」


 それは、これから行う作戦の為の準備だ。今、セイギが光体と対峙する為には、足元を見下ろさなければならない。


「この格好じゃちょっとやり辛いんだ。俺をアイツらと真っ正面から討ち合える形にしてほしいんだ!」


「ん? 真っ正面から討ち合える形……ボズか? あぁ、なるほど!」


 ボッズーはセイギのお願いに一瞬頭を捻ったが、その意味をすぐに理解したらしい。


「お安いご用さ! 俺に任せろボッズー!」


 ボッズーはセイギに気前の良い返事をすると、セイギの肩を掴む小さな手に力を入れた。

 それから、ぶらりと垂らしていた両足でセイギの背中の下の辺りを掴む。背中を掴むといっても、セイギの背中の肉を掴んだら流石のセイギも痛い。掴んだのはスーツの方だ。


「せーのっ!」


 背中を掴むと、今度は肩を掴む手に力を入れて、ボッズーはセイギの体を前のめりに倒した。


「おおっと! そうそう、それそれ!」


 そうすると、セイギの上半身はお辞儀をする様な形になって、セイギの要望通り、上半身は真下から迫る光体と"真っ正面"になれた。でも、これじゃあまだ戦い辛い。

 ボッズーは更に背中を掴んだ足にも力を入れる。ボッズーは意外と力持ち。セイギの下半身を持ち上げて、お辞儀になっていたセイギの体を、いとも簡単に地面に向かって水平にした。


「どうだ? これで良いボズか?」


「うん! へへっ! ばっちりだぜ! 流石、ボッズーだ! これで行けるぜ!!」


 セイギはニカッと笑った。それと同時に大剣を握り直す。どうやら準備万端の様だ。そして、再び


「ふぅ………」


 と一息吐くと、自分に向かって飛んでくる光体の群れを睨み、彼は叫んだ。


「おーい! のんびりのんびり飛んでないで、さっさとかかってこいよこのバカヤローッ!! ほら、早くしろ! 撃ってこい!! 俺に向かって撃ってこいッ!! アレ? どうしちまったんだ?もしかしてヤル気無くしちまったか? ハハッ! そりゃそうだよな! お前ら弱ッぇ~~もんなぁ!! 悔しかったらドデカイヤツを撃ってこ~~いッ!!!」


 驚くべき事に、セイギの口から飛び出したのは、なんと光体への挑発だった。


 もし、少し前のボッズーがこの場に居たならば、このセイギの言動にツッコんでいただろう。『何でそんな事するんだボッズー!!』と。

 だが、今のボッズーはセイギを理解している。彼が決してふざけていない事を分かっていた。


「撃ってこい……なるほどボズ。"アレ"をやるつもりなんだボズね?」


「あぁ、そうだ! その為にアイツらの弾丸が必要なんだ……ん? おっ! 始まった……へへっ!」


 もしや、光体には日本語が通じるのか……ガキセイギの挑発を受けた光体の群れが一斉に震え出した。


「さぁ、早くしろッ!! ほら、撃ってこい!!!」


 セイギの再びの挑発。それに応じる様に光体の震えは増していく。


「来いッ……来いッ……」


 現在、セイギに向いている銃口は上から見下ろして約100いる内のその半分くらい。それ以外の光体はバグってしまった酔っ払いだ。ガキセイギに向けているつもりで他の方向を向いている。


「さぁ来い……さぁ来い……さぁ、さぁッ!!」


 光体の震えと共にガキセイギの心拍数も上がっていく。


「来るか……来るかぁ!!」


 ガキセイギの手にじんわりと汗が滲んだ。



 そして……遂に



 ドォーーーン!!



 光体は光弾を発射した。


「ヨシッ!! 来たぜぇ!!」


「来たボズぅ!!」



 始まった……


 さぁ、ガキセイギの一発逆転、起死回生の一手を見届けようではないか。

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