第2話 絶望を希望に変えろ!! 8 ―嘲笑―
8
「えっ!!」
銃声が工場内に響いた直後、少年のスマホは火花を散らして、その手から弾け飛んだ。
真っ二つに割れた"スマホだった物"は工場の闇の中に消えていく――スマホを持っていた少年の右手には熱い痺れが残る。
「な……なんだボズ!!」
「あっちだ……!!」
タマゴが反射的に驚きの声をあげるのと同時、少年は銃声が聞こえた方向を睨んだ。
それは右方向、最前に男の子と抜け出した部屋がある方向だ。
「目ェ覚ましたのか……」
「………」
「………」
タマゴと男の子も少年の視線に合わせて彼が睨む方向を見た。
「あ……!!」
「あぁ……」
彼らの目にも入った。ソイツの姿が。
こちらに向かって銃を構えるリーダー格の男の姿が。
「フハハハハハハハハッ!!!!」
高笑いとは正にこの事を言うのだろう。リーダー格の男は少年達が自分の存在に気が付くと嘲笑いの声をあげた。
「何を楽しそうに喋っているんだ?」
男は部屋のすぐ外に立っていた。体がまだふらつくのか壁に体を預けているが、銃を持つ手はしっかりと三人に向けている。
少年達と男との距離は15m以上はある。スポットライトの明かりが暗闇を薄れさせていても工場の中はまだ薄暗い。その表情は確かには見えない。
だが、男から溢れ出る怒気なのだろうか、ねっとりとした熱風の様なモノが二月の冷たい空気を裂いて少年達に伝わってくる。男が野獣の様に目を血走らせながら、少年達への抑えきれぬ怒りを爆発させようとしているのがその顔を見なくても分かる。
「あ……あぁぁぁ……」
男の子はリーダー格の男の姿を見た瞬間に、腰を抜かしその場にへたり込んでしまった。
頭の中で悪夢の様な想像が一瞬にして渦巻いたのだろう――リーダー格の男が自分達の頭を撃ち抜く姿が……頭を撃ち抜かれる自分の断末魔が……
「ちきしょう……」
少年は悔いた。タマゴと合流した事で油断してしまった自分の甘さを。
しかし、今は悔しさに打ちひしがれている暇は無い。少年は両手を広げ、男の子とタマゴを庇う格好を取った。
そして、叫ぶ。タマゴに向かって。
「ここは俺に任せて、お前はその子を連れて早く逃げろッ!!!」
「いや……でもボズ!」
「でもじゃないッ!!」
しかし、タマゴはすぐには動けなかった。それは仕方がない。少年の要求通り、彼を一人残してこの工場を去る事は明らかに危険だ。
― 相手はバケモノみたいな奴だボッズー! 一人になんてしたら殺されてしまうかもボズ! そんな事……そんな事出来ないボズ! でも……
タマゴは全身を震わせる男の子の姿を見た。
― でも……こんなに怯えていたんじゃ、この子一人で逃げてもらう事も不可能ボズ。じゃあどうすれば……俺が、俺が残るか……
タマゴは考えた。『自分がリーダー格の男の気を引きつけて、その隙に少年が男の子を抱えて逃げれば良い』と。しかし、タマゴの心に不安が襲う。
― ……しかし、それが本当に俺に出来るのかボズ? さっき俺は失敗したんだぞ……今度の失敗は絶対に許されないボズ! どうする!! どうすれば良いんだボッズー!!
タマゴの頭の中で迷いがグルグルと巡る。が、敵はその暇すら与えようとはしてくれない――
「おいおい!! 何が逃げろだ? そんな事させねぇよ!! 三人共……いや、一人は一匹か? まぁ良い、どっちでも良い!! 三人共まとめてブッ殺してやるッッ!!」
――男は再び引き金を引いた。
「うわぁぁぁ……!!」
再びの銃声に、男の子の断末魔の様な叫びが工場内に響き渡った。
「何やってんだッ! 早くしろッ! 早くその子を連れて逃げるんだよッ!!!」
少年は後ろを振り向きタマゴに向かって叫んだ。その瞬間、少年の頬のすぐ横を熱い風が走った。
「………あッ!!」
少年達の背後で火花が散る。弾丸が彼らの後ろの壁に当たったのだ。
「フハハハハハハハハッッ!! ビックリしたか? どうだ? 撃たれると思っただろ? 踊るなぁ~お前ら!! ハハッ! でも、次は当てるぜ!! 嗚呼、調子に乗らなければ殺しはしなかったのによ! お前らの親から金さえ奪えれば帰してやったのにさぁ!!!」
そう言うと男は、のっそりと壁から離れ、ゾンビの様にユラユラと揺れながら少年達に近付いてきた。
「バンッ! バンッ! バンッ!!! フハハハハハッ!!!」
男は銃声の口真似をしながら少年・タマゴ・男の子の順番でその銃口を向けた。
「この野郎……」
少年はボソリと呟いた。
― コイツの挑発に乗って暴走する気は無い!! でも、挑発するだけじゃなくて、またすぐにコイツは撃ってくるだろう!! 多分、さっきのはわざと外したんだ!! だったら次は言葉通り、誰かが撃たれる!! それがこの子であっちゃいけない!! 早く!! 早くしないと!!
「早くッ!! その子を連れて早く行けッ!!」
少年は再び叫んだ。
「お前は、 俺を死なせる訳にはいかないって考えてるんだろ!! 俺の命には世界の命運が掛かっているから!! でもな!!」
「フハハハハハハハハッ!!! お前に世界の命運が掛かってる? おぉ!! 遂にとち狂ったかッ!! フハハハハハハハッ!!!」
少年の言葉を男は嘲笑う。
「うぅ……もう嫌だぁ……」
男の笑い声を聞いた男の子は現実から目を背ける為か、それともほんの少しでも自分の身を弾丸から守る為か、ガクガクと震えながら目を瞑り、膝を抱えて倒れてしまう――男の子の心が限界に近い事は誰の目にも明らかだ。
「あぁ……ダメだ……ダメだボズ!!」
その姿を見たタマゴは思った。
― ダメだボズ……このままじゃ、この子の心は絶望によって壊されてしまうボズ。心が一度でも破壊されたら、その心はもう簡単には元には戻らないボズ……早くこの子を、この場所から脱出させないと!!
タマゴは少年を見た。
その瞳に決意が宿る。
「俺は、お前を信じてるからなボッズー!! 絶対生きて、お前の笑顔をまた俺に見せてくれボッズー!!」
タマゴは少年に向かって叫んだ――と同時――少年もタマゴに向かって叫ぶ。
「俺を信じろ!! 俺は英雄だッ!! お前と一緒に世界を救う、それが俺だッ!! こんなところで、こんな奴に負けない!!」
二人の声は重なり合った。
「えっ?」
「えっ?」
やっと、二人の意見が合致した。
「「へへっ……!」」
二人はその事に気が付くと一瞬笑みを漏らす――そして、少年はタマゴに向かって叫ぶ。
「ヨッシャァ!! んじゃあ、頼んだぜ!!」
「ほいやっさ!!」
一致団結すれば早い、タマゴは翼を一振り。
一気に男の子に近付くと、その体を両手両足でしっかりと掴み、持ち上げた。
「え、え? なに??」
体が宙に浮く感覚に驚いたのだろう、男の子が目を開けると、
「行くぜボッズー!!」
タマゴは開け放たれたシャッターに向かって飛んだ。
「うわぁーーーー!!!」
絶望の世界に足を踏み入れ様としていた男の子にも、タマゴが何をしようとしているのか分かったのだろう、最前までの恐怖の叫びとは違う、希望に溢れた声を男の子はあげた。
「あっ……なにぃ!! 待てッ!!」
男が飛んで行く二人に向かって銃を向ける。しかし――
「おっとと! お前の相手は俺だぜ!!」
――それを阻止しようと、少年は腕時計を叩く。
叩くと文字盤が開く。瞬間、目映い光が工場内に輝く。
「うッ……!!!」
あまりの眩しさに、男は思わず目を瞑った。
「へへっ……!!」
少年は笑う。
おそらく、男の子にとっては太陽の様な少年の笑顔も、男にとっては不敵な笑みだろう。
「何笑ってんだぁぁ!! クソガキィィ!!! ………え?何ッ!!!」
光が消えて男が瞼を開いた時、不思議な事が起こっていた。
それは何か――
「おっと、驚いたか? 」
光が消えた後、少年の手には巨大な剣が握られていたのだ。
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