第2話 絶望を希望に変えろ!! 9 ―正義の心で悪を斬る!!―

 9


 "白色の柄"に"鳥の翼に似た形の真っ白な刃"を持つ一メートル以上もある巨大な大剣、少年はその大剣を軽々しく持ち、刃のみねで肩を叩く。


「おっと、驚いたか? でも安心しろ、この剣でお前を斬る事はしねぇよ。コイツは人間に向ける物じゃねぇんだ! でも、その危ねぇモンは取り上げさせてもらう……行くぜッ!!!」


 少年は男に向かって走り出した。


「クソがぁ!! 意味分かんねぇ! 意味分かんねぇよ! お前ら意味が分かんねぇんだよぉぉぉ!! 言ってる事も! 何もかもがよぉぉぉ!!!」


 男は走り来る少年に銃を向けた。この時の男の絶叫は怒りの感情だけではなくなっていた筈だ。訳の分からぬ存在に出会ってしまった事への混乱と恐怖に焦り、様々な感情が綯い交ぜになった絶叫だったろう。


「このクソガキッ!! バケモノがぁッ!!! お前はいったい何者なんだぁぁぁぁ!!」


 男の銃が再び火を吹く、一発、二発、と弾丸が放たれる。


 しかし、


「フンッ!!」


 


「なッッッッ?!」


 男はその光景を歯軋りをしながら見た。見たとしても理解はしていない。だが、今起きた現象を理解するよりも本能が働いたのだろう、危険を察知した男は再び弾丸を放つ……が、


 一発……二発……カチ、カチ……


 弾倉が空になる――


「ち……ちくしょう!!」


「ハァッ!!!」


 少年が再び弾丸を消す――


「俺か……俺はッ!!」


「はぅ………ひぃぃい……」


 男は慌ててジャケットの右ポケットに手を突っ込んだ。ガチャガチャと音が鳴る。どうやら、弾丸のストックがそこに入っている様だ。


 しかし、男が弾丸を籠める時間はなかった――少年が男の目の前に立ったのだ。


「正義の心でぁくを斬るッ!!」


 少年は啖呵を切りながら大剣を振り上げ、その剣先で男の手から銃を弾き飛ばした。


 男は「あっ……」と声を漏らして、宙を舞う銃を見た。


 その隙に少年は左腕につけた腕時計の文字盤を自分の胸で叩く、文字盤が開く、文字盤が開くと少年の手にある大剣は光り輝き、細かい粒子となった。その粒子は開かれた文字盤の中へ吸い込まれて消えていく。粒子となった大剣が消えると文字盤は再び閉じた。


 しかし、男は眼前で起こった出来事に気付いてはいない。何故なら、全ては一瞬の出来事だったからだ。男は飛ばされた自分の銃を未だ目で追っている。


 カラン………


 今やっと、銃は地面へと落ちた。


 そして、少年は左手で男の胸ぐらを掴んだ。その事にも男は気付いていない。ただ地面に落ちた銃を唖然とした表情で見詰めるだけ。

 だから少年の動きに反応出来ない。


 少年は男の胸ぐらを掴むと、『グッ!!』と引き寄せた。男の顔の位置を自分の狙いが定まる場所へと持ってくる為だ。


「赤い正義ッッ!!!」


 男の顔が絶好の位置までくると少年は胸ぐらから手を離し、右手で拳を作った。そのまま右上半身を大きく仰け反らせ、豪速球を投げるかの様に拳を振り上げる。


 ここからは更に一瞬だった。


 少年は『ダンッ!!』と左足を一歩前に踏み込むと、男の顔面目掛けて拳を振り下ろす。


「あ………!」


 胸ぐらを掴まれた事にようやく気付いた男は反射的に正面を見た。が、気付いた時にはもう遅い。男の視界に入ったのは猛スピードで向かってくる少年の拳。それはまるで砲丸だ。



「ガキセイギ!!!!!」



 強烈な一撃が男の顔面にメリ込んだ。


 男は言葉を発する事も出来なかった。

 一発KOでブッ飛んだ男は、背後の壁にぶつかり、前のめりに倒れた。


「………これが俺の、英雄としての名前だッッッッッ!!!!!」


 ―――――


 時刻は14時を回った。


 ここは輝ヶ丘高等学校。


 桃井愛の教室だ。


 自分の席に座っている愛は、さっきから何度も何度も時計を見ていた。黒板の上の時計を何度も何度も……


 輝ヶ丘大防災訓練が始まるまで、あと約一時間。


 14時30分になると輝ヶ丘校生は担任の引率で教室から移動を開始し、15時までには校庭に集められ、それからシェルターへの避難訓練が開始する。


 そして、彼女達の約束の時間は17時。


 あと三時間を切っているのだ。でも、その前に愛と勇気はやらねばならぬ事があった。

 現在、愛が時間を気にしている理由は、今はその事の為だ。


 愛と勇気がやらねばらならぬ事、それは学校からの脱出だ――愛と勇気の二人は他の皆と一緒に訓練に参加する訳にはいかない。何故ならば、訓練に参加してしまえば彼女達も地下シェルターへの移動を余儀なくされてしまうから。シェルターへの移動は消防署の隊員や警官が引率をする。抜け出そうとする者がいればすぐに見つかってしまう。約束の時間に約束の場所へと向かわなければならない二人は、その中に混じる事は絶対に避けなければならないのだ。


 今、時計の針が動いた――14時09分。


 二人が学校から居なくなった事は、教室で点呼を取る際にすぐにバレるだろうが、先日の打ち合わせの時に勇気がこう言っていた。


『俺達が居なくなった事は少し騒ぎになるかも知れないが、防災訓練は学校行事じゃない。もし騒ぎになっても時間が来れば訓練は始めなくてはならない。訓練が始まってからは、警官か消防隊員が少しの間探す事になるかもだが、そんな大捜索って事にはならないだろうな。何故なら、俺達は付き合っていると噂されているだろ……今日に限って言えばコレは嬉しい勘違いなんだ。俺達が消えても、ただのバカの逢瀬としか思われないだろうからな。そして17時になり、俺達は"事"を終わらせる。終わらせて、後でひょっこりと顔を出せば、少し怒られるだろうけど、それだけで済むさ』……と。


 それを聞いた愛は『怒られたくはないな』と思いながらも、『勇気くんの算段は外れないだろうな』とも思った。


 では、二人はいつ動き出そうとしているのかそれは14時10分だ。

 何故この時間なのか、それは最前まで愛達が参加させられていた校長の長いスピーチが特徴の体育館でのオリエンテーションの後、諸々の片付けを終わらせた担任が教室へ現れる時間が大体14時20分だからだ。

 それは今までの経験で愛も勇気も知っていた。

 ならば、多少の誤差も考えて14時10分には動き出そうと二人は決めた。


 そして、再び分針が動いた。


 時刻はジャスト。14時10分。


 愛は動き出す。


「ん? どこ行くの?」


 愛が立ち上がると、隣の席の果穂が聞いてきた。


「あ……ちょっとトイレ!」


 愛は果穂の顔を見ずにそれだけ言って答えた。

 愛は嘘が下手だ。だから勇気から『教室を出る際に誰かに何かと問われたら余計な事は言うな、「トイレに行く」とだけ言えば良い』と教えられていた。


 それから、愛は足早に教室を出るとトイレがある方向へと歩き出す。が、トイレへは行かない。向かうは裏庭だ。

 そこが勇気との待ち合わせ場所。

 愛の教室は二階にある、トイレのすぐ横には階段がある。愛は階段を駆け下りる。


『一階へ降りたら、階段の目の前の窓から外へ出るんだ』と勇気から指示があった。

『勿論、周りに他の生徒が居なければだ……』とも。『もしも人が居た場合は、変にコソコソすれば逆に疑われる、その時は堂々と裏庭へ通じる扉を使って外へ出れば良い』とも。


「階段の目の前の窓……人が居たら堂々と……背筋を曲げず……」


 愛は勇気からの指示をブツブツと口に出して思い出しながら、一階へと降りる最後の一段に足を下ろした。


 ―――――


「うわっ……マっブシぃ! なんか随分久々に日の光を浴びた気がすんなぁ~」


 少年は工場を出た瞬間に額に手をかざして空を見上げた。


「スマホ壊されちまったから、実際何時か分かんないけど、こりゃ約束の時間までまだまだ余裕があんな!! 良かったぁ~~!!」


 まだ沈む気配を見せていない太陽を見て、少年はニカッと笑った。

 少年は工場に連れ込まれてから脱出まで半日近くもかかっていた気がしていたが、実際の時間は一時間も経っていないくらいだった。


「さて、アイツはどこに行ったんだ?」


 少年はタマゴの顔を思い浮かべながら腕時計の文字盤を叩いた。文字盤が開き、時計に出来た空洞の中からは昔ながらの黒電話の立体映像が飛び出す。それに向かって少年は呼び掛ける。


「お~い! 聞こえてるか? そっちは何処に居る? こっちは終わったぜ!」


 少年が軽い口調で呼び掛けると、黒電話の立体映像は文字盤の中に引っ込み、代わりにタマゴの顔が飛び出した。


「はいはい、もしもしぃ~~! こちら、ただ今大空を羽ばたいておりますボッズー!」


 タマゴの口調はさっきまでとは打って変わって何やら楽しそう。顔を見るとキラキラと瞳が輝いているのが分かる。


「うぇ?! 大空??」


 少年はまた空を見上げた。


「ん?」


 すると、先程は額にかざした手が邪魔して見えなかったが、今度見た空には米粒程の大きさの黒い点が見えた。


「あっ! へへっ! 居た居た!」」


 その点を目を細めてよく見ると、その点がバサバサと羽ばたいているのが分かる。それは明らかにタマゴだ。


「でぇ、あの子は? あの子も一緒なんだよな?」


「もちろん一緒だボッズーよ! この子凄いボズね、空を飛ぶの全然怖がらないボズ! 逆に楽しんでくれてるボッズーよ! だから、今サービス中だボッズー!!」


「サービス? 何だそれ?」


「ほいほい! ちと、お待ちをボズ! 今そっちに行くからなボッズー!」


 そう言うとタマゴは一方的に通信を切った。


「え? お……おい!」


『何なんだ?』と首を傾げた少年が、腕時計から目を離して再び空を見上げると、最前まで米粒程の大きさだった黒い点が徐々に大きくなっていく。

 すると、点は点ではなくなり、完全に鳥の形になった。

 すると、少年の耳に叫び声とも笑い声とも取れる雄叫びが聞こえてきた。


「ワッハーーーーー!!!」


「ん? ん??」


 その雄叫びはタマゴの声ではない。あの男の子の声だった。

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