第2話 絶望を希望に変えろ!! 7 ―真昼の空の流れ星―

7


 タマゴは少年との通信を切ると、天井下を走る梁の上から飛び立った。

 向かうは、工場の外。

 少年の嘘に騙され追い出されたチョウの所だ。


 タマゴは急降下しながら一気に工場の入口へと近付いた。


 開きっぱなしのシャッターの脇に降り立った時、チョウの姿はすぐに目に入った。

 リーダー格の男の車の荷台、時折首を捻りながら少年の自転車のサイドバッグを探ってる。


 首を捻っているのは、お目当ての物が出てこないからだろう。

 チョウの奴はどうやらまだ少年の嘘に気が付いていないみたいだ。サイドバックを探っては首を捻り、探っては首を捻りを繰り返している。


 タマゴが耳をそば立てると、ボソボソと呟くチョウの声が聞こえてきた。


「何でないんだぁ~? あるって言ったのにぃ? こんな事してるの兄貴にバレたら又殴られちまう、どこだよぉ……あのガキにもう一回聞きに行こうかなぁ」


― おっと、危ない。疑い始めてたかボズ……行くか!


 タマゴは急いで地面を蹴って飛び立つと、リーダー格の男の車のルーフの上へ飛び乗った。


「なんだぁ?」


 リーフに乗った時にタマゴの足が鳴らしたコツンという小石が当たった様な音が聞こえたのだろう、眉間に皺を寄せながら少年のサイドバッグを探っていたチョウが顔を上げた。


「え……?」


 タマゴと目が合った瞬間に、チョウの口がポカーンと開く。

 皺を寄せて細めていた目も大きく開いた。

 パチパチとまばたきを二回……


「な……なんだぁ?」


『変なのがいる……』きっとチョウはそう思っただろう。

 それはそうだ。さっきまで何も居なかった筈の車の上に、タマゴの様なそれとも鳥の様な妙な生き物が居たのだから。


「お前は馬鹿だボッズーね。いつまでやってるんだボッズー? ま、その方がこっちにとっては都合よかったけどなボッズー!」


 しかも喋った。

 甲高い声で。

 チョウの思考は止まった。

 呆然とした表情でタマゴを見詰めたまま固まってしまった。


―――――


 後々、この時の事をチョウはこう語る事になる。


「今までも危ないクスリに手を出して幻覚を見た事も多かったけど、あんなにハッキリ見えた事も、あんなにハッキリ声を聞いた事も無かった……それにあの頃はクスリは抜いてたしね。金が無かったからぁ。だからすぐに分かったよ、これは現実だって」


―――――


 タマゴはその間抜けな顔を「ふふん……」と鼻で笑うと、スーっと飛んで自転車のハンドルの上に留まった。


「アホ面だボッズーね! 空飛ぶのは好きかボズ?」


「空? ……飛んだことないから分かんねぇよぉ」

タマゴの問いにチョウは答えた。驚き過ぎて思考停止な顔をしている。


「そか、なら飛んでみるんだボッズー!」


 タマゴはそう言うと、チョウの真後ろに回り込みチョウの肩を両手両足を使ってガシッと掴んだ。そして、タマゴの翼がピクンと微かに動いたかと思うと、その小さな翼はグングングン!と大きくなった。音は出てない、でも表すならグングングン!だ。


 翼が大きくなると


「せーのだっ! ボッズー!!」


 タマゴは大きな声で叫んだ。


「え! ひえっ……なにぃ! なにこれぇ~!!」


 チョウも叫んだ。

 当然だ。体が宙に浮いてしまったのだから。タマゴは大きくなった翼を使ってチョウの体を持ち上げたんだ。

 タマゴはそんなチョウを再び「ほほん……」と鼻で笑うと、羽ばたきを強くしてバッサバッサと音を立てながら空に向かって飛んだ。


「ひぇっ!! なに?なにこれぇ~?」

 混乱したチョウが手足をバタつかせながら再び叫ぶ。

「ドンドン叫ぶんだボッズーね! 大騒ぎだボッズー!」

 それをタマゴが煽る。煽りながらタマゴは5m、10mとドンドン高く飛んでいく。


「ひぇぇぇぇ~~~!!!」


 チョウの頭は大混乱。だってさっきまで車の荷台の上に居たのに、気付けばチョウはアジトにしている工場を見下ろしていたのだから仕方がない。

 しかもそれはほんの一瞬の出来事。


「ここからどうする? どうしたいボズ?」


「降ろしてぇ! 降ろしてよぉ!!」


 駄々をこねる子供の様な口調でチョウは言った。その顔はもうすぐにでも泣き出しそうだ。


「なるほど……」

 その言葉を聞いたタマゴは一拍ためて、

「それは、お安い御用だボズ!!!」

 早口でそう言うと、一気に地面に向かって急降下。

 斜めに滑るように降りていって、チョウの足が地面に着くか着かないかの高さまで来ると、

「やっぱや~めた!!」

 きびすを返して再びアジトの屋根が見えるくらいの高さまで急上昇。


「ひぇぇぇぇ~!!!」


 チョウの悲鳴は止まらない。


「どうしたんだ怖いのかボッズー?」


 そりゃそうだ。当たり前の質問。怖いんのだろう。

 タマゴの急上昇&急降下はシートベルトの無いジェットコースターだ。シートベルトも有って"乗ろうと思って乗る"ジェットコースターが怖いんだから、"乗ろうと思っちゃいない"シートベルトの無いジェットコースターはもっと怖いに決まってる。


「降ろしてよぉ! 降ろしてくれぇ~~!!」


「ほいやっさ!」


 タマゴは降りる。そしてまた、上がる。


「ひぇぇぇぇ~!!!」


「ふぅ~、お前は本当によく叫ぶなボッズー! でもオペラ歌手みたいに良い声をしてるぜボッズー! その声、お前らの兄貴に聞かせたくないか?」

 再びアジトを足下に見下ろす位置まで上がると、タマゴは意地悪そうに目を細めてチョウに質問をした。

「ふぇ! あ……兄貴にぃ?」


『兄貴に聞かせる』

 その意味を恐怖に乗っ取られた脳みそを使ってチョウは必死に考えた。でも答えは出ない。


「ど……どうゆう意味ぃ?」


「分からないかボズ? それはね……」

 タマゴはチョウを掴む手足にグッと力を入れた。

「こういう意味だボッズー!!!!」


 真っ昼間の空に、流れ星が降った。


 ドゴンッ!!!!


 タマゴはチョウを連れて工場の屋根に突っ込んだ。

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