第1話 少年とタマゴ 6 ―少年は頭をポリポリ考える―

6


「ヘックションッ!!」


「ぶぇっ……汚いボッズー!」


「ぶるるる……あ~寒ッ!」


「はぁ……だから言っただろボッズー! 本当に大丈夫なのかってぇ」


「もぅ~そんな事言ったって仕方ないだろぉ?」


 車の往来が激しい道路の脇道、赤いダウンジャケットの少年と謎のタマゴ型の生き物は、何か困った顔をして座り込んでいた。


 時刻は愛と勇気が話し込んでいる時とほぼ同時刻。

 座り込む彼等の目の前には、颯爽と駆け出した筈の少年の自転車が停まっていた。

 少年はその自転車を見ながら困った様子で頭をポリポリと掻いている。


 飛び出た言葉は


「はぁ……やっちまったなぁ」


 そしてこちらは


「本当……やっちまったなボッズー」


「う~む……」


 少年は頭を掻いていた手を顎まで滑らせると、何かを考える仕草で


「う~む……うぅ~む……」


 と唸った。


「何でこんなになったかなぁ……」


 少年は自転車のタイヤを触った。指に少し力を入れると、タイヤはぷにぷにと柔らかい。


「釘でも落ちてたのかな……」


 少年は今まで自転車で走ってきた道を見返した。どうやら自転車のタイヤがパンクしてしまったらしい。


「スピードの出しすぎじゃないかボッズー」


「スピードの出しすぎでパンクすんのか?」


「そういうことじゃなくて、スピードの出しすぎで前を確認してなかったせいじゃないか! って意味だボッズー!」


「はぁ、なるほどなぁ」


 少年はそう言うと真横に座るタマゴをチラリと見た。


「なんだボズぅ?」


「へへぇ……」


 少年はニカッと笑った。

 そして、両手の親指と親指を横に並べて小さな翼を作って、タマゴに向かって


「パタパタパタっ……ダメ?」


 "羽ばたく仕草"を見せた。

 だが、タマゴの反応は……


「ダメだボズ……」


 即却下とはこの事だ。

 タマゴは怒っているのか、呆れているのか、鼻を『ふんっ!』と鳴らした。


「何でだよ?」


「『緊急事態以外は自分一人で頑張る!』って出発前に自分で言ってただろボッズー!」


「いや……だから、今がその緊急事態だろ?」


「違うボズ」


「なんでだよ?」


 タマゴは、やれやれという顔をして、


「あぁ~あのとき昼寝をしなければ……」


「朝寝だよ! つか、居眠り運転ダメだろ?」


「あぁ~あのときラーメンなんて食べなければ……」


「腹が減ってはいくさは出来ぬ……だろ?」


「あぁ~あのとき……」


「あ~もう分かった、分かった!」


 歌う様に皮肉るタマゴを少年は手を振って止めた。


「分かったよ! 自分でなんとかするって!」


「なんとかするって、どうするんだボッズー?」


 止められてもタマゴはまだ続けたいみたいだ。


「だから寝てる時間なんかなかったんだボッズー! もっと余裕を持った行動をだなボッズー!」


「むむむ……でもさ、ゆ~っくり走ってても釘なんか落ちてたら分かんないと思うんだけどな!」


「屁理屈だボッズー! 失敗しても時間に余裕があったら焦らないだろボッズー!」


「どっちが屁理屈だよ~!」


「俺は屁理屈じゃないボズ! ここから歩いてどのくらいかかるか分かってるのかボッズー!」


「んな事言ったってさぁ~」


 キキッ……!!


 その時、言い争いをする少年とタマゴの前に一台の小型トラックが止まった。


「ん?」


「なんだボッズー?」


 少年とタマゴが自転車越しにそのトラックを見ると、

 バンッ!

 大きな音を立てて色黒の一見チャラい雰囲気の男が降りてきた。


「な……なんだろ?」


 少年は首を傾げた。


 何故なら、トラックから降りてきた男はゆっくりとした足取りで、少年に向かって歩いてきたからだ。

 不思議に思った少年とタマゴは顔を見合わせた。


「な……なんだ?」

「さぁ……分からんボッズー」


 その男は少年の自転車の目の前まで来ると立ち止まり、しゃがみこむ少年を自転車越しに見下ろした。そして、


「どうした兄ちゃん? 困ってんのか?」


「えっ!!」


 少年は驚いた。……というか、ビビった。


「えっと……まぁ、ちょっとぉ……」


 それはそうだろう。現れた男は少年よりも背が高く、体もがっしりして見える。更に顔は強面だ。普通なら少し距離を置きたい人物だ。そんな人物が話し掛けてきたのだから、それはビビるだろう。

 だが、男の方はそんな少年に気付いていないのか確かめるようにもう一度聞いてきた。


「困ってんのか?」


「え……えぇ……まぁ……」


 少年は言葉を濁した。

 その顔は明らかに『絡まれてる……』と言っている。浮かべた笑いも、どう見ても苦笑いだ。

 だがそんな少年とは反対に、突然男は大声で笑った。


「ハハ! おいおい……そんな警戒するなよ」


 男はそう言うと、チラッと少年の自転車を見た。


「なんだ、故障か?」


 男は少年の返答も聞かずしゃがみ込むと、パンクした自転車のタイヤを触った。


「はぁ~ん、そういう事か。これはもうダメだな。兄ちゃん、何処に行くんだ? なんだったら乗せてくけど」


 男は親指で後ろに停めたトラックを指した。


「え……!!」


 突然の男の申し出に少年は驚いた。ビビったのではなく、今度はちゃんと驚いた。


「えと……どうしよう?」


 困った目で少年はタマゴを見るが、タマゴは固まった様に直立不動で動かない。人形のフリをしているんだ。


「あ……なんだよ、コノヤロぉ……あぁ……えぇ~と……えっと……どうしよ」


 少年は考えた。"足"を無くした今、目的地まで向かうには他にどんな手段があるのか。この人の提案を受けるべきか。


― さっき見たら、時間は12時に入るちょっと前だったな。って事は今はもう12時は回ってるだろ……自転車を押して徒歩じゃ、絶対に間に合わない。それは絶対にダメだ……電車にするにしても、荷物が多過ぎるしな……


 少年の自転車には『日本一周でもするのか?』というくらいの大量の荷物がサイドバックに入って前と後ろに積まれている。

 もしかしたら、これの重さがタイヤをパンクさせたのかも知れない。


― あぁ……"コイツ"に飛んでもらうのが一番なんだけどな……


 少年は人形のフリをして動かない足元のタマゴを見た。


― ダメだ……知らんぷりしやがって……


 少年は顔を伏せたまま視線を男に移した。

 男は少年が悩んでいるのが分かっているのだろう、ニコリと笑って少年をただ見詰めている。


― このお兄さん、顔怖いけど悪そうな人じゃないよな……それに、これからの事を考えると体力を残せるなら残しておきたい。ヨシッ……決めた!!


 少年は伏せた顔を上げて、男の目を真っ直ぐに見た。


「あの! 輝ヶ丘なんですけど、良いですか?」


 少年がそう言うと男はニヤリと笑った。


「ほぉ~! これは偶然だな、俺も輝ヶ丘に行く途中だったんだ」


 その言葉に少年は再び驚いた。


「え……本当に? マジすか?」

「あぁ……そうだよ」


 男がそう答えると、少年は人懐っこくニカッと笑った。


「じゃ、是非ご一緒させてください! お願いします!」


 さっきまでの警戒心はどこへやら、少年は嬉々とした表情で頭を下げた。


「勿論だよ、さっさと荷物載せちゃいな!」


 男がそう言うと


「はい!」


 少年は小学生の様な無邪気な返事で答えた。

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