17.ドタバタ?救出劇

「リズ!」


目を覚ますと、少しの頭痛と聞き慣れた声……ノアの声がした。


そして、


「エリザベス様!」

「良かった……無事か?」


ソフィアとテオの声。

ここまでは……あいつの世界の中で聞いていたからわかるけど、


「……微熱か?」


……何でのトウヤまで?


この喋り方と態度はケーナじゃない。

ケーナは?トウヤに化けてたケーナはどこに?


トウヤは明らかに具合が悪そうでは無いから、そこまで近くには居ないのは分かるけど……。


「リズ、歩ける?おぶろうか?」

「大丈夫……ちょっと待って」


3人が団結して私を助けに来てくれるのは……まぁ分からなくもない。


でも、どうしてトウヤと協力出来たんだろう。


私が地下でトウヤを飼い慣らそうとしてたのを知ってるのは、ケーナと関わってる数人だけで……誰も知らないハズなのに。


……頭が回らなくて仕方ない。


少しは楽になったものの、トウヤの言う通りまだ熱っぽいし。


「……トウヤ」

「何だ?」

「どうして来たのかは置いとくけど……貴方、私達の味方な訳?」


私が聞くと、トウヤは……前私が教えたように、私の前にひざまずいた。


「気が変わってさ。……あんたに忠誠を」


バカにしている様では無かった。


そこに居るのは、ただ私に仕える忠犬となったトウヤの姿。


驚いた。

まだ時間が必要だと思ってたのに……。


「僕はまだ完全には信じてないけど、こいつがリズの場所が分かるって言うから」

「それ……信じたの?」

「信じたよ」


あっさり言ってのけるノアに心配になりそうになっていると、トウヤは首元に巻いていたスカーフの様な布をどけて見せた。


「わっ、なにこれ……」

「あいつ、疑い深い方だよ。首ここまで切られて、やっと同行を許された位だから」


トウヤの首元には、程々に深い切り傷があった。


……なるほど、そこまでして信じて貰って……でも、今の彼にとって私はそこまでする価値があると言うの?


逆に不安なんだけど……。


「目的は?……安定した職に付きたかったなんて言わないでよ」

「目的?」


私が聞くと、トウヤは面白そうに笑った。


「ここに居るやつ、皆目的なんてなくて……ただあんたの為に助けに来たんだよ」


私……あ、いや、リズの為に……。


前も考えたけど、リズがそこまで人を惹きつける理由って、何なんだろう。


物語の主人公だから、みたいな……メタな物でも無い気がする。


一種の才能?

優しい仲間を手に入れるみたいな……


「どうしたの?リズ」

「え?……あぁ、何?」

「いや、なんか……上の空だったから」

「ううん。別に……ありがとう」


思わず上の空になってしまったのか、そんな事を言われて慌てて取り繕ったものの、なんだか空気が重い。


「えーっと……あ、ごめんなさい?気を抜いたら誘拐されちゃって、ノアとのお出かけもすっぽかしちゃったし……」


正直まだ頭の回らない中で色々考えるのは得策ではないから、とりあえず謝ってみる。


……すると、


「違う」


言葉を発したのは、テオだった。


その鋭い様な言葉に失敗したかと思って次の言葉を考えていると、優しい口調でソフィアが話し出した。


「エリザベス様、私達は……貴方を責めてなんか居ないんです」

「そうなの?……ありがとう」

「はい。……ただ、ちゃんと分かられてない気がしてならないんです」

「……どういう事?」


ちゃんと分かられてない?


謝って欲しい訳じゃ無いなら、感謝して欲しいって訳じゃないの?


じゃあ何だろう。皆あんたの為に来たって言ってたから、お金とかそういうのって訳でも無いんだろうし……えっと……。


「リズ、俺達を見ろ」

「はい……?」


見れば、皆正面から見つめてくる。


痛い程純粋な表情……かと思っていたそれらは、ちゃんと一人一人違って、それぞれ私を映している。


あぁ……『ちゃんと』俺達を見ろって事?


物語の人物としてじゃなくて……ちゃんと目の前に生きる人として。


見ろと言われれば見れる。

けど、やっぱりずっとは見ていられない。


貴方達が見ている『リズ』は、私じゃなくて……この物語に生きていた『リズ』だから。


彼女の居場所を盗んで申し訳ないとは言わないけど、彼女と代わった存在としてでなく、彼女自身として居ようとするのは難しい。


図々しく彼女へ向けられる好意を自分へのものとすり替えるのは……やっぱりいたたまれなくなってしまうから。


……って、思ってたのに。


「……どうして?」


どうしてそんなに『私』を見るの?


『リズ』でも無い、現世で演じていた『有名な私』でも無い。


どうしても……気の所為でも、生身の私を見られている気がしてならなかった。


「リズ」


ノアが沈黙を破って名前を呼ぶ。


「君は……リズだよ」


それは……私の事?


リズを呼んでるんじゃない。

……私を呼んでるんだ。


「君は賢いけど……抜けてる所もあるよ」

「何……?」

「もっと僕らを……僕を信じてよ、リズ」


……そうだ。


心のどこかでずっと、ゲームをしている感覚で居た気がする。


もちろん、現実も……いつからかそうだった。


その感覚が抜けるのはケーナみたいな、言わば攻略対象じゃない人だけ。


私はずっと『リズ』というキャラを操作して、『リズ』が彼らと仲良くなっていくのを楽しんでいただけで……それが自分の事だなんて、考えても居なかったんだ。


だからこんな場所に飛ばされても、どこか大丈夫な気で居られたんだ。


『私』じゃないから。


……でも、


でも、向き合わないといけない。


いつまでもこんなんじゃダメなんだって。


あぁ、ケーナ。

貴方はこれが伝えたかったの?


その為に……あの救われない物語を書いていたんだ。


「……ノア」


まだすぐには出来ないけど。


「テオ」


上手く行かないかもしれないけど。


「ソフィア」


楽な道では全く無いけれど。


「トウヤ」


「……皆」


この皆と、ちゃんと向き合って……『友達』になりたい。


ケーナとなれた様に。


『特別』な存在に、『私』がなりたい。


「ありがとう。私を助けに来てくれて」


そう告げると、皆は笑顔で私を囲んだ。



****



私が誘拐された組織は……あっという間に捕らえられ、テオが関与したという事で王族で正式に裁判が行われるらしい。


確かにそうなれば私刑をする必要も無いし、正当に罰が下って懲りるだろう。


しかも……それからそこらの治安は良くなったと言うからいい事しかない。


ただ……婚約破棄したにも関わらず命を張って助けに来たテオは、貴族のお姉様方の噂話の絶好のタネにされていたけれど。


「よっ……と」


私は立ち上がって、ふとあの時の言葉を思い出す。


『皆と友達になりたい』


……そうそう。そんな事も思ったっけ。


「エリザベス様!準備出来ましたか?」

「えぇ。いつでも大丈夫」


仲良くなるかって?


野暮な事聞かないでよ。

あんなの……熱に浮かされたただの戯言。


「……行きましょうか」


ま、仲良くくらいならしてあげてもいいけど、彼らが私の手駒である事は変わりないし……目指すのが『恋愛エンド』じゃなくて『征服エンド』であることも変わっていない。


「遅いぞ!俺を待たせるなんて、結構なご身分だな」


家を出るとすぐ、テオの声がする。


テオ……貴方も、結構プライドを持ち直して来たじゃない。


「おっと。段差あるから、お嬢様?」


テオの方を見ながら進んでいると、今度はトウヤの声がした。


……あれから本当に忠実な従者となったトウヤは『お嬢様』呼びが面白いのか、すっかりそれで定着している。


「でも……私まで良いんですか?エリザベス様」

「いいの。……それに、そろそろ『リズ』って呼んでくれない?」

「で、でも……」

「ほら、早く?」

「リ、リズ……様……」


恥ずかしがりながら私の名前を呼ぶソフィアも、今ではすっかり私やテオ達と打ち解けている。


「……本当は、僕だけだったのに」


馬車に乗り込んで席につくと、隣でボソッとノアが呟いた。


「何?」

「な、なんでもない!」

「……ノア」


ノアの独占欲も健在だけど、それでもやっぱり皆とは友人になれたようで、友情と恋とで複雑そうにしている。


「ノアは特別。最後に踊ろう」

「えっ……う、うん……」


私が耳打ちすると、ノアは真っ赤になってしぼんでしまった。


そう、この一行が今から向かうのは……前行けなかった代わりに、テオが開催してくれた私達だけのダンスパーティー。


「……お待たせ」

「姉ちゃん遅いー!」


そしてその道中に拾ったのは、ルーク。

まだ少年だから近くに置いとく事は出来ないけど、たまに訪れて面倒を見ているうちに『姉ちゃん』と懐かれてしまったので、今回も連れて行ってあげる事にした。


主人公が何だとかは一応まだ語ってはいるけど、


「姉ちゃんは殺さないよー!……僕は、姉ちゃんをお嫁さんにして王子になるんだから!」


と、何だか欲が出てきている様だった。


「着きましたよ」


馬車が止まり、メイドのサラが声を掛けてくる。


「よし、降りよっか」

「あぁ」


私達だけとはいえ王族主催のパーティーなので、テオのエスコートで私は会場への道を進む。


『綺麗だよー!リズー!』


……遠くから野次を飛ばすケーナに、見守られながら。

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