16.罪には罰を!

「いや、ビックリした。……まさかルークの事、殺しちゃうなんて思わなかったから」


目の前の男はそう話し続ける。


……正直、あの男なんじゃないかとは薄々思ってた。


私の知る人物の中で、平民の成り上がりみたいな……そんな夢物語を語りそうな奴と言ったら、この男しか思い浮かばなかったから。


「……もうミュージシャンは辞めたの?」

「酷いこと言うね。君が辞めさせたんじゃん」

「そうだっけ」


私が初めてモノにした男にして、最悪の男……それがこの男だった。


「それより、主人公が殺人なんかしちゃって良い訳?」

「しつこいなぁ……」


さっきから露骨に殺すだの殺人だの行ってくるこの男。


「ここで刺したのじゃ、あの子……ルークは死なない。そうでしょ?」

「……ちぇ、知ってたの?」


そう。

いくらルークがニセモノ主人公だとしても、考え無しに殺しなんてする訳無いでしょ?


「ここは……ケーナのとは違う、貴方の『枠外』。私の体調が良くて思考が働くのも、それが原因でしょ」

「ケーナ?……あぁ、あいつか」

「知ってるの?」

「まぁね」


ケーナの『枠外』は、ただ何も無い空間というだけで、この世界の現実とは変わらない。


一方、この男の『枠外』は、私の体調が悪いままでないのと、ここに入るキッカケが眠る事だったのを踏まえると……夢の中に出来るもの、あるいは隔離された空間、つまり物語の中にもう一層あるものとなる可能性が高い。


だから彼を刺したのは、一種のショック療法ってのが効くのか試してみたまで。


仮に私の仮説が外れていたとしても、この男が現れた今……ルークが『隙』の無い後付けの人物であるのは確実なのだから、死んだって『隙』の無いただの死体になるだけだし。


「……で、人の物語まで何の用なの?」


それよりも、彼の来た目的を探らなきゃ。


「そうだなぁ……」


私の質問に、彼は考え込む。


彼の語ったのは、この世界の核心だった。


「俺たちは、『神様』に相応の代償を払ってここに来た」

「……は?」


思わずそう言ってしまうくらい、馬鹿げた話だったけど……しょうがないので聞いた。


「君の代償でこの世界は作られて、俺はその『代償』の無くなった現実世界から、この世界に入った」

「はぁ……代償って?」


最初は馬鹿らしくてたまらなかったけど、それが徐々に姿を現していくうちに、段々と頭の中で形になっていく。


「君が捧げたのは、『君のモノ全て』。……そう、大量のお金や物、君のモノである人さえも一瞬にして、現実世界から消えてしまったんだ」



***



現実味が無い話だけれど、そもそも現実味の無い世界に居るのだから『現実味』で信じないというのも無理だろう。


「分かった。とりあえず信じてあげる」

「ん、良かったよ」

「……ただ、」


ただ、一つどうしても見逃せない事がある。


「何であんたは私のモノじゃない訳?」


それは、モノにしたハズのこの男が……代償として『神様』とやらに支払われて居ないことだ。


「それなんだよね、俺も不思議」

「不思議……じゃないでしょ?あんた、私のモノじゃなかったの?」


近くに置いときたくなかったから傍には居なかったけど……私のモノにはしたハズだったのに。


「……でも、君の事は好きだったよ」

「はぁ……その口だけがどう証明になるって言うの?」

「なるよ」


呆れながら言うと、この男は真剣に言った。


証明してもらわなきゃ困る。

だって、私は確実に堕としたつもりだったんだから。


「きっと、これは君の認識の問題なんだよ」

「はい……?」

「だって俺は、君への思いを代償にここに来たんだから」


男の目は……あの私の嫌いな顔、嘘をついているなんて微塵も思えない様な、純粋でまっすぐなものだった。


ある意味、物語の中の人物に近いとも言えるだろう。


……だから、嘘はついていない様だった。


「君が居なくなってから、世界は大きく混乱した。……君を中心に、沢山の重要人物が居なくなったからだ」


そして、彼は話し始めた。


「……俺はそれで、どうして自分は居なくならないんだろうと思って、……まぁ色々考えて、俺の一番大切なものと引き替えにしてでも、君に会いたいと願ったんだ」

「その大切なものが、私への思いって事?」

「そう。……だから、俺が君のモノでないハズが無いんだ」

「にも関わらず、私のモノとして捧げられなかったと考えると……」


私に自信が無かった?


彼を本当に私のモノにしたという自信が。


……あれだけ、あれだけ一番力をかけて、徹底的に私に堕としたのに?


「ん?……待って」

「何?」

「貴方、私への思いを代償にここに来たって言ったけど……」


「……私の事、今どう思ってる?」


私への思い……つまり恋心、忠誠心、愛情とかの諸々。

それが無いってことは、私の元に来た意味は?


「今は……ごめん。好きでもなんともないかも」

「はぁ?!」


好きでも無いのに執着するの?

おかしくない?


そもそも、『神様』なんかに私へ向けられるハズの思いまで取られるなんて……。


「じゃあ……わざわざこんな事する目的は?ただの興味?」


私が怒った様に聞くと、彼は申し訳なさそうにしながらも、真剣に口を開いた。


「……君に、戻って来て欲しいんだ」

「戻る……って、現実に?」

「そう。代償と一緒に、君が壊していった現実に」

「そんなの、どうやってよ?」


つまりは現実に戻れということ。

そんなもの……出来るなら、とっくにやっていてもおかしくない。


「俺の考えだと、……完結させるのが肝だと思う」

「完結……ね」


やっぱりそれに行き着くのか。


私への思いが無くなった分現実への愛着を思い出したのか、彼はとんでもない事を言い出した。


「『ルーク』が君を討ち取って、操りやすい少年を主人公にすれば、すぐに帰れると思ったのにさ」


……恋心と一緒に、倫理観まで失ったのか?


いや、逆に考えよう……彼の今の私への好感度は地の底、つまりはホコリ以下。

それは神様に思いをあげてしまったからで……でも、そうだとしても殺すまで至る?


ダメだ、彼が分からない。


「……そうだとしても、前の自分の気持ちを尊重してあげようとは思わない訳?」

「うーん……だって、今は本当に好きでもなんでもないし……むしろ世界をぐちゃぐちゃにした悪女?って感じ」


……そうだった。

彼は恐ろしい程純粋なんだ。


今の彼は……ヒーロー気取りの子供。

私という悪を倒して正義を騙る、そんな純粋で恐ろしい存在なんだ。


そう、言うなれば……サイコパス。


それが近いかもしれない。


……すっかり忘れていた。


どうして私が彼に手こずって、生き方さえ変えてしまったのか?

それは……彼の純粋という名の瘴気に当てられたからに他ならない。


「……とにかく、私も『完結』を目指してるんだから……もう殺そうとしない事」

「でも……最後になって、帰りたくないとか言わない?」

「言わないから!」


私を何だと思ってるのか。


私が目指すのは『征服エンド』。


この世界を支配して、その頂点で高笑いして幕を閉じて、現実に帰る。


『恋愛エンド』を望むケーナには悪いけど……これが一番丁度良いんだから。


……そういえば、ケーナは何を代償にここに来たんだろうか。

後で聞いてみよう。


「で?これでいいの?」

「まぁ……ね。仕方無いから、今回は帰してあげるよ」


彼は何故かちょっと不満そうだったけど、とりあえず帰して貰える事になった。


「で……この死体は?どうするの?」

「うーん……リズ、飼ってあげてくれない?」

「はぁ……?!」


そして、彼の生み出した『主人公』もどきは……何故か私が管理する事になってしまった。


『隙』の無い人物が居るのは悪い事では無いとはいえ……


「もう作って無いでしょうね?」

「大丈夫大丈夫。もう無責任な事しないから」


……まだどんなリスクがあるかも分かってないのに、沢山後付けの人物を集めるのも危険だ。


しかも、物語の中で生まれた人物なんて……嫌な予感しかしないけど。


「……とにかく、帰らないと」


まずは何より、誘拐されてる最中だって事を忘れちゃいけないから。


「いっちょ、救出されに行きますか」


私は重い腰をやっと上げ、夢から覚めるべく歩き出した。

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