15.『主人公』は一人だけ?

「……僕の名前はルーク・エヴァンス、だよ」


まず少年の言葉に思ったのは、『ラストネームがある』という事だった。


それから、少し混乱する。


リズでさえついてなかったラストネームがついている少年。


……只者じゃない事だけは分かった。


「ルーク・エヴァンス……」

「ルークって呼んでよ」

「……ルーク、貴方は何者なの?」


この大雑把な世界でラストネームがあって、そしてこの世界が……『物語』であると知る人物。


そんなの、ただの登場人物で済まされる訳が無い。


少なくともリズと同等、いや、それ以上……?


「僕は……主人公だよ」

「……は?」


……が、だからと言って目の前の少年の、馬鹿らしい言葉を鵜呑みに出来る訳でも無かった。


「僕と君を会わせてくれた人が教えてくれたんだ。……僕は、主人公だったんだ」

「……」

「勿論、それ以外はただの平民と変わらないよ。……けど、僕はリズと同じ世界に在る、別の物語の主人公なんだ」


彼の言っていることは……分からなくは無い。


けど、ただのおちゃらけた虚言だったのなら、どんなに良いか。


が……虚言を言えたのでさえ、この世界では『主要人物』である可能性が上がってしまうのだから敵わない。


「じゃあ聞くけど……もう一つの物語って、どんななの?」


……ケーナがそれを実は作ってたとして、わざわざフルネームを付ける可能性……実在の人物がモデルとか?


でも、『ルーク・エヴァンス』なんて、聞いた事が無いけど……。


私の知らない『彼』の友人だったとしても、私の事は『リズ』としたのにわざわざその人だけそのままというのも変な話だ。


それに……。


「僕の物語は、ただの平民が『いい事』で成り上がる話なんだって!」

「へぇ。……それも『会わせてくれた人』から聞いたの?」

「うん!」


……そんな話で、わざわざあの『彼』がフルネームを付けたりする?


主人公にさえラストネームを付けなかった男を侮ってはいけない。


全くおかしい話だけど、いくら主人公だったとしても……彼にフルネームがあるのは、『おかしい』と言えるだろう。


その場合、どう考えれば正しいのか?


それは……第三者の可能性。

彼の言う『会わせてくれた人』が一番怪しいだろう。


そもそも私とケーナがこの物語に外から入って来たのなら、その他の人が入ってこれるのも何らおかしくないだろう。


……ただ、問題は……ケーナと違ってその人物の意図が、全く測れない事だ。


「ねぇ、その『会わせてくれた人』は……貴方にとって何?」

「何って……うーん……」


ルークは考え込む。


一番納得がいくのは、ルーク自身がその人に作られた『後付けの人物』である可能性。


その人が作った作品ってのも有り得るかもしれないけど、その為にはケーナの作りあげた世界観を完全に把握して、その上でその世界に別の物語を作る必要があるから。


「あの人は……神様?お師匠様?……って感じだけど……」

「へぇ……」

「……あ、でもね」


ルークは何かを思い出した様に耳打ちする。


「……『お兄様』って、呼んでって」


『お兄様』……って?


ふざけてる。

それ、完全に……『お姉様』、ケーナの事を意識してるじゃない。


つまり『お兄様』は、『お姉様』であるケーナがこの世に来てから現れた存在……言ってしまえば模倣犯。


そして、これはまだ仮説の域を出ないけど、ルーク……かなり完璧な存在を作れる者。


模倣犯であり、ある意味ケーナを凌駕する存在であるかもしれないという事だ。


いや、ケーナはそんなに凄くは無いか。

主人公のフルネームさえ作れない奴だし……。


……でも、一応世界観はちゃんと考えてるって事は知っていた。


今まで暮らしていて、深入りせずにいればそこまで『隙』は出来なかったんだし。


「『お兄様』は、魔法は使うの?」

「うん!使うよ」


ケーナは『物語の作者』ではあるけれど、『この世界の作者』であるとは限らない。


もし『この世界の作者』が違った場合……今までのこの世界の常識なんて、一瞬でひっくり返ってしまう。


現実より優しくて薄い世界は、一瞬にして現実より厳しく確実なものになってしまうだろう。


そうなったら……完結こそ出来たとして、私やケーナの意思がどうなるかも分からない。


不自由は……嫌いだから。


「……それで?『お兄様』に言われて、私に会いに来たの?」

「違うよぉ、違う。僕の意思だよ」


果たして、この少年の『意思』は、ただの組み込まれたものなのか。


……いや、そんなのノアだってテオだって……皆そうだ。


ケーナに作られたか、『お兄様』とかいう人物に作られたかの違いでしかない。


全て紛い物。


そう、私だってそうかもしれない。


……。


……でも、それならそれでいい。


一つ壁を隔てた向こうに、誰かが面白がって見ていたって構わない。


……さぁ、ご覧あれ。

私の生き様に……釘付けにしてやるから。


「わっ、な……何……?」

「ルーク、貴方はどうしたい?」

「どう……って?」

「つまり、私とどんな関係になりたいかって事。……どう?」


いきなり抱き上げられて、ルークは困った様にうろたえる。


「……僕は、主人公だから」

「だから?」

「……」


黙り込んでしまうルークを下ろして、改めて向き合う。


……私の説が全て合っているなら、彼は『お兄様』に逆らえない。


つまり、シナリオ通りに動くように作られてるという事。

それは並大抵な事じゃ変わらないだろう。


「ルーク、考えてみて」


彼が『お兄様』に作られた者だとするのなら。


彼はケーナと同じ様に、『隙』が出来ない可能性がある。


だからこれは……賭け。


「これは物語。……貴方の物語は、悪の芽の私を殺す事も含まれてる。違う?」

「っ……」

「……主人公は、一人だけでいいの」


私は、隠し持っていたナイフを彼の心臓に突き立てた。


「ルーク、貴方は主人公じゃなくていい」

「かはっ……」


バタン、と、音を立ててルークは倒れた。





****





『他人を殺してでも生きようとしなきゃ、お前はそこで野垂れ死ぬぞ』


ある日、言われた様な言葉を思い出す。


……その頃は、その日の食さえままならなかった気がする。


何せ生きるのに必死すぎて……逆にその頃の記憶は曖昧で、ぼんやりとしていた。


ただ、


『……殺してやる』


死ぬ程世界を恨んだのだけは、覚えている。


『自由になりたい。……私が全部、支配する側になりたい』


自分の名前さえ曖昧に溶けて分からなくなりそうな世界で、それだけを芯にして、全部殺して生きていた。


だからという訳でも無いけど、今でもその気持ちは変わってない。


『支配してやる』


でも、原動力はその頃とは違う。


あの頃は世界への憎しみで、登りつめる事だけ考えていたけど……今はその過程さえ楽しんでいる。……いや、逆にその過程に飢えていたかもしれない。


実際、この世界に来る前は退屈で仕方なくて、信じもしてない神様に何かをねだった様な気もするし。


そうなったキッカケは……あぁ、そうだ。

……あの男だ。


『好きだよ』


思い出したくもないのに。

あぁ、気分悪い。


……でも、あいつも確か、結局私のモノだった気もするし……今ではなんて事ないモノの一つなんだから。


『大好き』


むしろ良かった。

苦手なあいつともう顔を合わせなくて良いんだし、私はここであの子達の誰かと幸せに恋愛すれば良いんだから。


『……愛してる』


……だから、うるさい!


「相変わらずだね」


あぁ、もう……だからうるさいって……。


……。


「……は?」


振り返ると、そこには……


「久しぶり。……えーっと、今はリズちゃんだっけ?」


……あの男……みたいなのが居た。

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