14.誘拐は自主的に!

「じゃ、いっちょ誘拐しますかー」

「……そのノリで大丈夫?」


結局トウヤはどうしようも出来ないから、ケーナが『魔法』でトウヤの姿になって、私を誘拐する……という事になった。


そしてケーナ曰く、


「大丈夫!『正体はバレない』ってちゃんと書いといたから!」


……と、いう事らしい。


「……それ、物語の『隙』になるんじゃないの?大丈夫?」

「あっ……い、いや、大丈夫!バレない様にするから……!」


何だか不安しか無いけど……ケーナと助けに来るであろうノアを信じて、誘拐されるしかない。


こんな状況は明らかに物語の中なせいだけど、逆に言えば物語の中だからこそノアを信じられるから安心感まである。


裏切らないのが確実な人間なんて……それはもう、人間といえるのかどうか。


……まぁ、それは一旦置いておこう。


私はこれからトウヤに化けたケーナに、誘拐されるんだから。


「眠ったフリにする?それとも何か使う?」

「……いいよ。眠ったフリにしとく」


家を抜け出そうとすると、窓から楽しみそうに待つノアの姿が見えた。


……。


罪悪感なんて、感じない。


だって彼の好きな『リズ』は……彼の待つ『リズ』は、私じゃないから。


「リズ?」

「……行こう」


私は窓から目を離して、早足に歩き出した。


「……リズ?」

「!」


すると、……何故かテオと鉢合わせてしまう。


「どうしたんだ?……何か、あいつ……ノアと何かあるんだろ?今日」

「……」


こんな事は初めてだった。

……なんて答えたら良いか、分からない。


「……見て分からない?今から着替えるの」

「え、……あぁ、そうか……邪魔したな」

「……ん、またね」


そして私とした事が……何故か突き放すように答えてしまった。


……どうして?


上手く出来ない事なんて、そんなの一度も無かったのに。


「あ、……待って、リズ」

「何……」


急いでその場を後にしようとすると、テオに呼び止められる。


まだ調子の戻らないのでしょうがなく返事をすると、


「……あんまり、無理しないで。……じゃ」


とだけ言って、テオは立ち去って行った。


……無理?


テオには……私は無理している様に見えたんだろうか。


……いや違う。テオが見ているのは『リズ』だから……きっと、『リズ』と調子の違うのを見て無理してると感じたんだろう。


しっかり……しっかりしなきゃ。


「あ、エリザベス様」

「……ソフィア」


ぼーっとしていたから、ソフィアにも鉢合わせてしまった。


……そういえば、この子はどうなんだろう。


この子も……『リズ』を好きになるのかな。

そう決まっているのかな。


いや、……何でも良いじゃない。


どうしたんだろう、私は。

こんな変な気持ちになるなんて。


「……エリザベス様」

「何……ソフィア」

「あの、これ……」


ソフィアが差し出したのは、可愛らしい飾り付けのされたクッキーだった。


「エリザベス様にと思って……」

「……ありがとう」


駄目。……駄目だ。

ここに居たら、おかしくなりそう。


「ん、美味しい。……ありがとうね」

「あっ、エリザベス様……!」


ソフィアの声を聞かない様にして、私は逃げる様にその場を立ち去った。


「……ねぇ、リズ……今日変じゃない?」

「気のせいだから、……早く行こう」

「分かった……けど」


ケーナは少しどもる。


「……あんまり無理、しないでね」


……この優しい世界で、純粋な住人じゃないケーナの声だけが……私の心を優しく刺さずに、ただ私に染み込んでいった。



****



「どうしよう……どうしようリズ、どうしよう……」

「うるさい。静かに……」


……やっぱり、おかしいと思った。


「使えねぇなぁ……よりにもよって、病気してるタイミングで誘拐してくるなんて」


私のあの謎のネガティブ思考は……この体調不良から来るものだった。


気づかなかった失態に対しての思いも大きいけど、その原因が分かってしまえば心の沈みなんてどうにでもなる。


……だって、それが私だから。


「うっ……」

「リズ……!」

「大声出さない!……バレるでしょ……!」


ケーナはすっかりトウヤの姿になったものの……私が具合が悪いのを知ると、見るからにおどおどそわそわし出して不審すぎる。


心配してくれるのは有り難いけど、この状況だと逆効果でしかない。


……でも、流石に体調の悪い時に考え事はあんまり……キツいかも。


「……ちょっと寝る。ケーナは見守っといて」

「えっ……わ、分かった」


こういう時は無理して悪化させるより、回復力を信じて休む方がいい。


「あ、そうだ。ソフィアにやった様にすれば体調治る……?」

「……多分、治らないよ。あの魔法は私には効かない」

「そ、そっか……」


……ケーナも心配してる事だし、早く治さなくちゃ。


「大丈夫、ケーナ。……ちょっとだけ、リズの事頼んだから」

「わ……分かった!」


私はケーナの返事を聞いて目を閉じる。


……大丈夫。

敵陣とは言え、物語の作者はこっち側だし、助けの算段もついてる。


私が何かしなきゃいけないことは……何も無い。


だから、大丈夫。


『……リズ』


『いらっしゃい、やっと通じたね』



****



……何?


さっき、リズを呼ぶ声が聞こえた気がするけど……。


『……なんだ!だから……!』


今のは……ノアの声?


『リズを助けに行くんだ……!』


……あぁ、ノアが助けに来てくれるって事?


良かった。

とりあえずは大丈夫そう。


『よし!準備だ!』

『はい!』


「えっ」


……何で?


テオとソフィアの声……。


『皆で……エリザベス様を助けに行きましょう!』


ソフィアの張り切る声。


「や……やめなさい。テオはともかく、ソフィア……貴方はただの……」


『うん。……あの男に聞いて、大体目星はついてるから』


どうやら私の声は届いていないらしい。

3人は団結して、今にも私を助けに来ようとしている。


でも……3人も来てしまったら危なすぎる。


この物語の中で、死なないハズの人物が死ぬ事のリスクを……彼らは知るはずも無い。


でも、それでも止めなきゃ。


……そもそも、百歩譲っても男2人で十分でしょ?ソフィアは危険だって思わない訳?


ほんとに……


「お気に召したかな?」

「は……?」


そんな事を考えながら聞いていると、いきなり背後から声がして思わず飛び退く。


気配がしなかったけど……一体何者?


「君をここに招き入れたのは、僕だよ」

「……誰?」


そこに居たのは、ごく普通の見た目をした少年だった。


格好から……平民っぽいのは分かるけど。


「いや……正確には僕の味方の人に、リズをここに連れて来て貰ったんだ」

「……味方の人?」

「うん。その人の事については話せないけど、の事については話せるよ」

「……」


胡散臭い少年だ。


でも……何だか、不思議な感じがする。


懐かしい様な、嫌な様な、深い様な。


「ね、せっかく会ったんだし、お話しようよ!」

「……」


それなのに年相応に無邪気なのが、余計に不審に感じてしまう。


「何が目的なの?」

「何って……お話したいだけだよ」


色々聞きたい事はあったけど、今はケーナも居ないし……『隙』を突かないように、慎重にいかなくちゃ。


「良いけど、何を話すの?」

「やったぁ。……あのね、リズには僕と君が同じって事を、まずは知って欲しいんだ」


……同じ?


失礼にも取れるような言葉に、私はその場で足を組んで少年を見下ろして口を開く。


「……へぇ。私と貴方、一体何が同じだって言う訳?」

「何が……って?」


少年は目を細めて含み笑いする。


「……僕と君の同じ所は、ここが物語の中だって知ってるって事だ」


「よろしくね、リズ。いや……エリザベス・A・キャンベル。……僕の名前はルーク・エヴァンス、だよ」

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