13.ストーリーは大切に

「リズ!!どうしよう……っ!」


早朝。

慌てた様に、ケーナは私の部屋に入ってきた。


「……どうしたの?」

「実は……」


……ケーナは落ち着きが無かったのでまた長々と語ったが、纏めると……物語で有るハズのイベントを飛ばしたせいで、消えるハズの組織が拡大してきているらしい。


「……それって、『隙』になる様な事じゃないの?」

「わかんない……けど、実際そうなってるから、どうしよう……!」

「落ち着いて。……で、どんなイベントなの?」


ケーナは話す。


そのイベントは彼……トウヤが私を誘拐した所から始まって、ノアが助けに来る……ケーナが前言ったものだった。


その時倒されるハズだった組織崩れの様な盗賊団みたいな集団が、私の誘拐には失敗したのにも関わらず、何故か猛威をふるっているらしい。


「……ま、私のモノになる世界で、そんな事されたらたまんないし……しょうがないか」

「ど……どうするの……?」

「どうって、一つしか無いでしょ」


トウヤは手懐ける前にまだ治療も出来ていないし、ケーナも一緒に行動して欲しいから連れて行けない。


「物語を……大切にしてあげに行くだけ」


つまり私は……単身で誘拐されなきゃいけないって訳だ。



****



「おはよう、トウヤ」

「ん」

「……よく眠れた?わざわざふかふかのベッドを運び込んだんだからね」

「はいはい、おかげさまでー」


トウヤはというと……すっかりここの生活に慣れたのか、一丁前にくつろいだりしている。


ベッドにはりつけになっていた体も、最近は大人しいので部屋の中なら自由に動ける程に緩い手枷足枷に変わっていた。


……ただ、それでも一応まだ危険である事は変わらないので、屈強なのがずっと見張ってるのは変わらないけど。


「はい、朝ごはん。あーんする?」

「お気遣いどうも。……でも、もう自分で食えるんでね」


トウヤは3日食をとらず、5日毒味無しで口に入れずを経て、やっと私に毒味させずに食べる様になった。


多分それは、ただ日が経ったからで解決したものでは無いだろう。


「トウヤ、お風呂入ったら?……綺麗な髪してるんだから、勿体ないよ」

「……俺、入れんの?」

「んー……屈強なのを5人くらい付ければ良いんじゃない?」

「えぇ……それはやだけど……」


主従関係を築くとは言え、奴隷の様に扱うつもりでは無いからなるべく綺麗に居て欲しくてそうは言ったものの、まだお風呂に入れさせるのは難しそうだ。


「ケーナの魔法で綺麗にしてあげるのも出来ないし、魔法アレルギーは大変だねー」

「……はぁ。というか、アレルギーって治るもんなの?」


私の持って来た濡れタオルで適当に体を拭きながら、トウヤは聞いてくる。


「……治るよ。貴方のそれはね」


私はちょうどいいかと思い、持って来た本を見せる。


「ここにある……この薬草。これを定期的に摂取してれば治る」

「へぇ……」


私が本を見せると、トウヤは納得したように唸る。


……この態度を見る限り、彼は頭は良くともあまり教育を受けて来なかったことが分かる。


私も最近知ったけど……この本は有名なフィクション本らしくて、この本に載っている薬草を本物と信じるという事は、つまりそれなりな学びを受けて来なかったと判断出来ると言われている程だということだったから。


「……でも、それより……お嬢様は、こういうの慣れてる訳?」

「……は?」


そんな感じで2人で本を覗き込んでいたと思ったら、いきなり回りくどい様な事を言われ、思わず聞き返してしまう。


「いや……俺、半裸なんだけど」


そう言われて、そういえばそうだった事には気づいたけど……トウヤ相手にウブな反応をしてあげる必要も無いし、「だから?」と言うように澄ましてみる。


「……あ、分かった。普段から俺みたいなの拾って、楽しんでるんだろ」

「はぁ……」


私がもしプライドの高い令嬢なら、トウヤの首はこの時点で飛んでいただろう。


「おい、お前……」

「大丈夫」


さすがに聞き捨てならなかったのか、部屋の端で沈黙を保っていた屈強なのが低い声を響かせるが、それを阻止する。


「へへ、悪い悪い」


その様子に、許して貰ってホッとする子供の様に反応するトウヤ。


彼と友人になるならそれで許しても別に良いけれど……彼は私の従者になる者。


主人への侮辱を何よりも憎み、主人の高潔を守る存在でなきゃいけないのだから。


「わっ、何……」

「それは無礼でしょ。……謝りなさい」


私は立ち上がり、彼を冷たく見下した。


「……わ、悪い……いや、すみません……」


彼は流石に怒らせたのが分かったのか、奴隷の様に土下座して見せた。


……やっぱり彼は……奴隷の上がりか。


「違うでしょ、謝り方はこう」


私は手取り足取りで、主人にひざまづく高貴な者の姿を演じさせた。


「トウヤ。貴方は……プライドを持って、私に……私だけに、忠誠を誓いなさい」



***



その日の昼過ぎ。


「珍しいね、リズ。最近は4人でばっかりだったのに……2人でお茶だなんて」


そう言って、ノアが後ろから現れる。


「だって、たまには2人で話したいじゃない?」

「……まぁ、そうだけどさ」


トウヤはあの後、考える時間が欲しいと言ったが……その言い草は、ほぼ決まっているのと等しいだろう。


そして私は……彼の反応待ちの間に、物語の方も進めておかないと。


……物語は、ノアだけが助けに来るという事だった。

だから、ノアだけが助けに来るように……この時間で、それを仕込んでおかなきゃ。


「ノア、明後日……楽しみだね」

「……うん」


そう。

明後日は、ノアとの約束のパーティーに出る日だ。


最初はテオとソフィア相手に使おうかと思ってたけど、『友人』になるのなら今更そんな大掛かりなイベントを起こさなくても良い。


「ほんとに……楽しみ」


……楽しみにしているノアには申し訳ないけれど、そのタイミングで私は誘拐される。


「絶対行くから、ちゃんとノアも来てね?」

「うん。勿論」


ここまで言っておけば、来なかったら不審に思うハズだ。


そして不審に思って探し出しさえすれば……物語通り、ノアはリズを見つけられる。


そこは物語を信じようと思う。……いざとなれば、ケーナも居る事だし。


リズに特別な能力を付け足して貰う事も考えたけど……主人公が物語に与える影響力は大きいだろうし、そもそも私の見立てでは、彼女の『魔法』しかり『本』の力は、私には効かないんじゃないかと思っているから。


「……でも、最近4人でばっかりだったから……僕の事気にしてくれてたの、嬉しいな」

「当たり前だよ。……大切な幼なじみだもん」


……それより、4人で居た事を特別視と感じなくなっている辺り、ノアの方もかなり深みにハマって来ているように感じる。


私は基本堕とすの専門だから……管理は面倒なんだけどな。


でも……仕方ない。

こういう、何やっても深みにハマって行くタイプでも……上手くやっていくには、長い付き合いを見据えて行かなきゃいけないんだから。


あの頃みたいに、吸い尽くして枯れたら次なんて感覚で居たら……この物語はすぐに崩壊してしまうだろうから。


私は、執着しなきゃいけないんだ。

ノアや、あの子達に。


……そこら辺は、ノアから学べる事もあるかもしれないな。


「……リズ」

「ん?」

「髪の毛、ゴミついてる」


どさくさに紛れてキスする事も無い、ただただ純粋に「ほら」とゴミを取ってみせるノア。


……あんまり気づけなかったけど、物語の中の人は……皆綺麗だ。


なんというか……心が浅くて、それが上辺だけのものだと分かっているからこそ、それはどうしようもなく綺麗で、美しい心に見える。


「……ありがとう」


無邪気に『リズ』へ笑顔を向けるノアを見て、痛む事の無いと思っていた『私』の心が、何故かちょっとだけ、ズキっと傷んだ。

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