12.魔法に定義を!
彼の病気の名前は決まっていない。
何故?
……それは、彼の病気は未知の病気だから。
『うええ〜?!無理だよー……』
未知の病気にしようという案は、ケーナが驚く程名付けが苦手だから、どんな病気にしようか迷っている時に思い付いた。
『……どうせなら、ケーナの魔法とリンクさせちゃおうか』
『リンク?』
『そう。……今まで見つかってなくて、治療法も無いのは……魔法の影響にするの』
私はまだよく理解していないケーナに説明を始めた。
……そもそも、魔法というものの原理は、魔法を使える者が限られているせいでまだほとんどの人……いや、この世界の全員が分かっていないと言っても過言では無いだろう。
だって、明確に定義されていないから。
だから魔法という物を一度定義してしまって、その魔法が現れた弊害としての病気としてしまえばいい。
……そう告げると、案の定ケーナは焦り出した。
『ま……待って待って?!それじゃあ魔法は悪いものになっちゃうんじゃ……』
『……そこで、ケーナの出番って訳』
それから私が語ったのは、ケーナが魔法の力で彼の病気を治してしまうというストーリー。
『……ソフィアの体調も良くしたんだし、実はただの無害な回復魔法士って事にしちゃえば良いでしょ?』
ケーナの名誉挽回とあの子の病気の辻褄合わせにピッタリかと思ったけれど、ケーナはあまり乗り気で無さそうだった。
『あんまり物語に出たくないんだけど……。前も言った様に私は付け足しのキャラだから、まだ『隙』も多いし』
……確かに彼女の言う事も一理ある。
が、私には一つ……彼女も気づいていない仮説があった。
『……ねぇ、思ってたんだけど……ケーナにはその『隙』は無いんじゃないの?』
『えっ……?』
『だって、私もかなりリズと違った思考回路で動いてるけど『隙』は出ないし……物語の外から来た人は、そもそも矛盾が生まれるような『隙』は出来ないんじゃないの?』
ケーナは私の言葉に考え込む。
『確かに、物語の人物は私の思考の上を行かないから『隙』が出来るんだとすれば……。自分の意思で動いてる私達には、『隙』が出来なくても何らおかしくない……』
『……よし、分かった。リズに任せるよ』
……そして、今に至るという訳だ。
「未知の病気?そんなのどう信じろって言うんだよ」
案の定彼には馬鹿にされるけど……何事も経験だ。
身をもって知れば彼も分かるだろう。
「貴方の病気は、魔法使いに近づいた時や魔法を使われた時、魔法を使われた人、物が近くにある時に発症すると考えられてるの」
「……は?何でそんな事言い切れる?……俺が寝てる間にでも試したか?」
「まぁ、そう言って貰っても良いけど。……要は、貴方は『魔法アレルギー』なの」
あの時付け足した『魔法』の設定はこうだ。
……とある日に急接近した彗星から、この地には無い物質が降りて来た。
その物質は科学では証明出来ないような不思議なもので、それを意のままに操れる者を『魔法使い』と言う。
そして、その未知の物質に拒絶反応を起こす人類が稀に居て、それが彼といった算段。
「ケーナ、入ってきて」
「はぁい……」
やっぱりあんな性格を演じても元の人見知りな性格は変わらないので、人前に出たくなさそうにケーナはのっそりと顔を出す。
「どう?ちょっと頭痛がするでしょ?」
「……」
「正直に認めないと、もっと近づけるけど」
「……別に、勝手にやったら良い」
軽口を叩かれるが、それで良い。
さっきから彼が結構喋るのは、この3日間で彼が無意識のうちに警戒を解いてきているという確たる証拠だから。
「でも貴方、気絶したでしょう?もう少し近づけはするけど、無理して卒倒しないでよ」
「……うるさい」
扉と彼との間くらいの距離に近づけた所で、我慢しきれないように顔を歪ませたので……とりあえずは設定が効いてきているという事だろう。
「ありがとう、ケーナ。もう良いから」
とりあえず、いじめてばかりでは話が進まない。
彼は頭は程々に良さそうだから、今身をもって体験したなら嫌でも認めざるを得ないだろうし……これくらいで十分だ。
「分かったでしょう?傭兵さん。……私は、貴方のそれを治す方法を知ってるの」
「……へー?……で、俺に何をしろって?」
「あら、そんな事言ってないじゃない」
私は心外だと言う様に、彼の寝るベッドの端に座り込む。
「……そんな所座ったら、危険なんじゃないんですか?お嬢様」
「大丈夫。貴方がそこまで頭の悪い人だとは、思ってないから」
またも軽口を叩いてくる彼に、圧力で返す。
……彼なら分かるだろう。
今彼は自分で解けない拘束をされている上……屈強なのが監視として部屋に何人も居るし、この家には魔法使いだって居る。
物語の主人公でも無い限り、今危害を加えて来ない相手に歯向かうのは、さすがに分が悪い事くらい彼も分かるだろう。
そして……この物語の主人公は、私。
今の彼に勝ち目なんてそもそも無い。
「……はいはい」
彼は思惑通り、大人しく私に隣に座られるのを許容した。
「あはは、良い子」
私はちょっとそれが面白くて笑ってしまう。
やっぱり友人ごっこより、恋愛ごっこより……こうやって人を弄んでる時の方が、一番ドキドキして、ワクワクして、とっても楽しいの。
「……よく見ると、綺麗な目してる」
彼の長い髪をかき分け素顔を見てそんな事を言うと、振り払う様にそっぽを向かれる。
「赤い目はどこの地域だっけ?青や緑なんかはここらで多いのは分かるけど……」
「……北」
「ん。そうそう、北。……北の方の国から来たの?」
「違う」
褒められたのが余程嬉しかったのか、それとももう気づかないうちに心を許されていたのか、彼は段々と答えてくれる様になる。
「北じゃないなら、どこかとのハーフ?この綺麗な黒髪は……東の方?」
「……ん、」
「へぇ、生まれはここなの?西?」
「別に……どこだって良いだろ」
やっと答えすぎてたのに気づいたのか、彼はそう言って口を閉ざしてしまう。
……こうなったら、今日はもうおしまいだろう。
私は軽く彼の頭を撫でてから、「よいしょ」っと立ち上がった。
「……また明日ね、傭兵さん」
「……」
一言声を掛けてから、扉の方へ歩く。
やっとここ……西の方の文化を覚えて来た頃だ、今のうちにほかの方まで覚えていかなきゃいけないので、しばらくは勉強ずくしの夜になるだろう。
目の色も最近知った事だからつい使いたくなっちゃったけど、とりあえず合ってて良かった。
……でも、ここまで決まってるなんて……ケーナが色々決めたのかな。
『隙』があるよりかは良いけど、微妙に違う設定があったりするからややこしい。
「……待て」
……と、そんな事を考えていると、彼に呼び止められた。
「何?ご飯なら、そこの人に……」
「違う」
呼び止められるとは思っていなかったけど、一体どうしたんだろう。
彼は言いずらそうにしつつも、一言、
「トウヤ、だ」
と言った。
「……トウヤ?」
「俺の名前。『傭兵さん』って、気味悪い」
「へぇ……」
トウヤ……日本語っぽい響きだから、東の方なのかな。
何にしても、名前を教えてくれるくらいには仲良くなれたのは素直に嬉しい。
……勿論それは達成感からで、友人ごっこにぬか喜びしている訳では無いけれど。
「……じゃあ、またね。トウヤ」
「ん、」
私はトウヤに笑顔で手を振って、階段を駆け上がった。
彼は一応危険人物なので地下牢にベッドを持って来た所で看病されているから、さっきのように意図的でなければケーナと近付く事は無い。
だから、不注意で調子が悪くなる事はほぼ無いと言えるだろう。
「さて……と、」
私は部屋に帰って、いつもの勉強用の本と別に、もう一つ大切な本を広げる。
……それは、空想の植物が乗った大きな本だ。
「あった」
その中から、私は一つを指さす。
……私の最終的な目的は、彼を治療する事なのだから。
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