11.多頭飼いはトラブルの元!
堕とす所まで堕とすのは簡単だけれど、それはつまり壊す事で……壊れたものをなおすのは、私にとって唯一と言って良いほどの苦手な事だった。
「……リズ、おはよう」
そう言って私の手の甲にキスをする、すっかりしおらしくなったこの男……テオを、私は元の『ツンデレ王子』に戻さなければいけなくなった。
……さて、どうするべきか。
そもそも、「辞めよう!」で辞められる関係では無い。
よっぽどのアホでなければもう既にこの関係に無い愛を錯覚し始めて、『特別』だと、今更辞められないと依存し始める。
その点堕とし続けるには最適過ぎるのだけど……そこから拾い上げるのには慣れてないから。
「リズ。今日はリズの為に、俺の庭中で一番綺麗な花を摘んで来たんだ」
「……」
健気に綺麗なバラを差し出すテオに、どうしようかと考える。
一番手っ取り早いのはもう一度婚約を結ぶ事だけれど……そういうのは慣れてないからふとした弾みに壊したくなりそうだし、動きにくくなりそうだから却下。
その次に簡単なのは嫌われる事。
……とは思ったけど、『リズ』が好きなテオって事実は変わらなさそうだし、変に『物語の隙』を作るのも危険だから却下。
出来るだけ王族の権限を使えるようにしたいから根元で支配しておきたかったけど、それも出来ないんじゃ仕方ない。
意外とこのぬるい様に見えた世界も、『物語』って欠点のせいで動きずらくなるなんて、考えもしなかった。
「……ありがとう」
私は迷った後、テオからバラを受け取る。
最終的に考えていたルートは二つあった。
一つは『リズ』の様に、わがままな令嬢である事。
その場合はこのバラを踏みつけていたけど、やっぱり下手なキャラを演じると疲れるし、他との温度差が生じてしまうから……もう一つの道を選んだ。
「ねぇ、テオ」
「……何だ?」
それは、『友人』。
「ちょっと、散歩でもしませんか?」
それは私が、一番と言って良い程作るのが苦手な関係だ。
****
「……」
テオは黙り込んでいる。
無理も無い、急に散歩に誘われるなんて、また何かしなければいけないと思うだろう。
今彼を縛っているのは、「嫌われないようにしたい」気持ち、つまりは彼自身のリズに対する好意によって生まれるものだ。
その好意を上手く利用して生まれたのが今の状態。
正直、ここからどうにかするのは苦手だけど……でも、それが最善だったからそうするしか無い。
「テオ、ここにしよう」
「あ、あぁ……」
彼がこうなったのは、私が「信用出来ない」と言ったからだ。
それは、私が今すぐに「もう信用出来る」と言っても、信用出来ているという私を彼自身が信用出来ないだろう。
……つまりどうすれば良いのか。
それは、口で言うなら簡単な事。
『信用している』という事を、信用させられるような状態に持っていけばいい。
その為に今回用意したのは、
「エリザベス様!」
「リズ、どうしたの?」
同じ登場人物……ソフィアとノアだ。
「えっ……テオ様も一緒?」
「わっ、そうなんですか……?!」
「……うん、そうなの」
「……」
案の定2人は驚き、テオも固まる。
私がこの2人とテオを合わせたのは、単に物語の主要人物同士だからと言うだけでは無い。
2人は基本的に……友人を作りやすい性格をしていると思ったから。
まず、ソフィアみたいな『良い人』……それは人工物も含むけど、そういう人には、自然と人が惹かれやすいのが経験則で分かってる。
実際、私にかまって欲しいからだとしても、その演じる相手としてソフィアを選んだのは紛れも無いテオだ。
そして……ノア。
ノアは普通に友人が多くて、人望が厚いから……つまり、ノアが全体を纏めてくれるのを望んでるという訳だ。
友人の様になるとは言っても、やっぱり突然異性の友人よりは、同性を挟んだ方がハードルは低いだろうし。
つまりは……珍しく、他力本願という事になる。
「あのね、私……考えたんだ」
私は皆に向かって口を開く。
……これは賭けだった。
けど、成功したらかなり動きやすくなる。
それに……これが現実の話でなく、あくまで『物語』であるという前提を忘れてはいけない。
「ノア、テオ、ソフィア。……私の大切な人達に、仲良くなって欲しいって」
『物語』というのは、時に残酷でもあるけれど……基本的には現実よりもずっと美しいものだって事、私は知っていたから。
****
「こんばんは、調子はどう?」
結論から言って、あの集まりは成功したと言ってもいいだろう。
ただ、すぐに皆仲良くなった訳じゃない。
まず一つ大きいのは、テオに謝罪させて、本人の罪の意識と周りとの歪みを和らげた事だろう。
それから少しずつ会話を交わすようになって……まだ世間話レベルだけど、それは逆に至って健全。
すぐに仲良くなったなら、私に気を使って仲良くしたフリをした様にも思えてしまうけれど……皆々ちゃんと、ノア、テオ、ソフィアとして、一人ずつに向き合おうとしているのが感じられた。
「これ、今日の食事ね。自分で食べられる?」
テオの方も、同年代のノアとはやっぱり話しやすい様で、いつもの自信ありげな言動にちょくちょく戻っている様にも見えた。
……まだ私が話に入ると、見るからに気を使い始めたりするけれど。
そこは時間の問題だから、……そこまで時間が取れないとは言え、全くそういう待つ時間を取らない訳にもいかないだろう。
削れる時間は削るけど、そういう大きな歪みになって後々影響してくるものは慎重に、時間をとっていかないと。
「……おい、聞いてるのか?」
「あぁ……ごめんなさい?」
……そうだった。
今私がしている事は、テオの修復ともう一つ大切な事……この弱った狂犬を、立派な従者に仕立て上げる為の第一歩。
「……仲良くしましょう?傭兵さん」
そう。仲良くならないと。
……勿論、テオ達とは違った意味で。
「はっ、誰が?」
「あらら」
だってこの子と作り上げるのは、友情では無く主従関係。
他ならぬケーナがそう言ったんだから、それはもう世界にそうなる事を許された、唯一の私の犬になれる男という事に等しい。
「……ほら、あーんしなさい、あーん」
「辞めろ!気味悪い」
彼はベッドの上で拘束された状態で、動けなくなっている。
……それも今日で3日目。
「貴方……意地張ってないで、そろそろ食べないと死んじゃうんじゃないの?」
「……そうだ。ここで死なれたら困るだろ?だから俺をさっさと解放しろよ」
「うーん……それは無理なお願いかな」
正直、こんな奴を大人しくさせる方法なんていくらでもあるけど……条件である主従関係に加えて、どうせならこの子には絶対的な忠誠と力を同時に獲得して貰いたい……いや、貰えそうな見込みがあると考えている。
この先本気で世界征服なんかを目指すのなら、当然知力だけじゃなくて……あらゆる汚い人脈と、少しの暴力も必要だから。
彼にはその、『少しの暴力』の根幹になって貰おうという訳だ。
……その為なら、3日駄々をこねて食事を取らない子の面倒を見るなんて、安いものだ。
「……知ってる?貴方……そもそも安静にしてないと死んでしまうんだから」
「は?……何だ、毒でも仕込んだか」
「な訳無いでしょ?貴方は病気なの」
私は立ち上がって、彼に診断書を見せる。
そこには症状の記載はあるものの、病名は一つも書いていない。
……当たり前だ。
だって、あの後ケーナと矛盾が起きないようにあらゆることを考えながら、やっとの事で決めたんだから。
「貴方は……未だ貴方以外に確認されていない、未知の病気にかかってる」
……彼の病気と、その治療法を。
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