10.迷い狂犬の罠

「今日はテオ様、来ないの?」

「ん?……来ないんじゃないかな、確か大切な用事があるって」

「そっ、か……」


あの時はさすがに気づけなかったけど……テオが帰った後のノアの態度で、何となく分かった。


ノアは多分、あの場面を見ていた。


そして、その後から足繁くリズの元へ通うテオを見ているのもあって……きっと不安に思っているだろう。


こういう時手っ取り早いのはノアもテオと同じように支配する事だけど……変に2人を飼い慣らそうとすると、争いが起きかねない。


特にノア……彼は気は弱いけど承認欲求と独占欲は人一倍強い様に感じる。


そう……テオが『ツンデレ』なら、『ヤンデレ』と言った所か。


しかも、テオの方は表立っているから良いものの、ノアのそれは隠していてああだから……底知れないので取り扱いに注意しないと暴走しかねない。


……だから、やっぱり定期的にメンタルケアという名の散歩だったり、お茶だったりをする事にしている。


なので今日は、ノアとピクニックだ。


「そんな事よりノア、どこら辺にする?」

「え……うーん……お花の所で良いんじゃない?」

「ん、じゃあ広げちゃおうか」


『特別感』の為に、メイド達には2人きりにしてと言ってある。


とりあえず、ここでノアとしばらく過ごしてから……


「動くな」

「えっ、」


……考え込んでいたら、誰かに背後を取られた。


「リズっ!!」

「騒ぐな!」

「ノア、……私は大丈夫だから」


悲痛な声を上げるノアを制止して、状況把握に動く。


とりあえず、物語に無いような動きをする、ましては知らないキャラだなんて危険すぎる。


とりあえず作戦会議をしようと見回すが……ケーナが居ない。


どうするべきか……。


「あなた、目的は?」

「うるさい。……お前がエリザベスだろ?」

「えぇ。そうだけれど」


金目の物が目的なら何とかなりそうだけれど、誘拐とかが絡んでいたら厄介そう。

すぐに殺さない辺り、私を殺す目的では無さそうだし……。


……そう言えば、私が死んだら物語はどうなるんだろう。

『隙』と捉えられて破綻する?

それとも……一生未完のまま続くのか。


どちらにせよ、


「ノア!大丈夫だから!」

「っ!」


気配を消して背後から飛びかかろうとしていたノアを制止する。


少々気は荒いけど、会話が出来るくらいの頭があるのなら大丈夫。

……何とかできる。


「へぇ、俺を助けたのか?」

「まさか。あなたは私の命なんて、何とも思って居ないでしょう?弾みで殺されたらたまらないから」

「……そんな事無い」


少しカマをかけてみると、そんな答えが帰ってきた。


……少なくとも、私を殺す気は無いみたい。


じゃあ目的は何?

『エリザベス』と呼んでいたから、私でなくちゃいけない事……やっぱり直接金銭を盗む目的じゃなくて、誘拐とか?


……それか、


「あなた、最近流行りのあれ?」

「……」

「えーっと、フリーの傭兵……だっけ?」

「うるさい!」


そういえばメイド達が話しているのを耳にして、詳しく教えて貰った事がある。


特定の誰かに仕える事無く、ただ雇われるままに戦ったり……時には誘拐、暗殺までやる傭兵の存在。


でも、それだとリズは誰かに狙われてる事になるけれど……。


「ねぇ……」

「調子に乗るな。これ以上喋ったら……」


脅す様に剣の方に手をやって見せてくるので、とりあえず彼の望み通り黙る。


「……よし、それで良い。……ん?何だ、頭が……」

「ん?……あっ」


そのまま連れ去られるか何かをされそうになっていた時、急に彼はフラついて、勢い良く地面に倒れ込んだ。


「……え?……あっ、リズ!」


それに呆気にとられていたノアも、今がチャンスだと分かると一目散に近付いて来た。


「大丈夫?どこか……ケガとか痛い所……」

「大丈夫。……それより、うちの屈強なのをを何人か連れて来てくれる?今のうちに拘束しておかないと」

「……いつ起きるか分からないんだ、置いていけないよ。僕が見てるから、リズが呼んできて」


確かにそれは一理ある。

少し心配だったけど、ノアは努力の子だから武術にも長けているし、何より、このタイミングで倒れたという事は……。


「リズー!良かった、無事で……」

「助かった、ケーナ。……それで、『どう書いた』の?」


ノアとの会話が終わって、すぐに『枠外』に呼ばれると、やっぱりケーナが居た。


心配そうにするケーナに聞くと、彼女は本をめくって見せてくれる。


そのページには、『リズを襲った傭兵は自分でも気づかない病気を持っており、たまに倒れる。リズを襲った時もその発作で倒れた』……と、書いてあった。


「へぇ、殺さなかったんだ」

「……その様子、やっぱり覚えてない?」

「ん?……何を?」


何か意味深に言われて私が首をかしげると、ケーナは言った。


「彼は物語の……主要な登場人物だよ」

「えっ」


……こんな子居たっけ。

あぁ……でも確か、覚えてる最後の方に、新しいキャラが居たような居なかったような……?


「読むの辞めちゃうんだから、分からないのも当然かもしれないけどね」

「だって……いつになってもリズが不憫なままだから、読んでられなくて」

「う……まぁ、おれ……いや、私の文章力もあるかもしれないけどさー?!」


拗ねた様子で声を荒らげるケーナ。

しょうがないから宥めて詳細を聞くと、あの傭兵とリズの間では『誘拐イベント』があったらしい。


それなら素直に誘拐されても死にはしないんじゃないのかなとも思ったけれど、ギリギリ死なないだけで……物語と状況が違う今では、普通に危険性のあるイベントらしい。


「……で、誘拐されて結局どうなるの?」

「えーっと……」

「ん?……何、また悪い結果になる訳?」

「あー……いや、うーん……」


そして何より……ケーナの様子がおかしい。

悩んでるというより……迷ってる?


「……何かあるなら、正直に言ってくれない?」


キリがないので詰め寄ると、ケーナはやっと口を開いた。


「実は……書き直したんだよね」

「書き直した?」

「うん。誘拐先で2人が段々仲良くなって、解放される話なんだけど……ちょっと早いかなって思って、ノアが助けに来る話に書き換えたんだよね」

「へぇ……ノアが?」


そこまで聞いて、少し違和感があった。

今のノアだったら有り得るけれど、……物語の本筋のノアは『金の為』発言をして、リズを切り捨てたハズだったから。


「……でも、それがどうしたの?」

「いや、それでね……」


ケーナは長々と話したけれど、要約するとどちらの道を選んだかによって没ルートに進んでしまうかもしれないという訳で、


「……だからリズには、彼と『対等』では無く『主従関係』になって欲しいんだ」


……という事だった。


「……分かった」


主従関係になるのは容易な事だ。

彼は元々『傭兵』なんだから。


「良かった。……とりあえず、どうする?」

「まぁ……看病でもしてあげよっかな」


考えてみたけれど、多分物語の主要人物を殺す……あるいは死なせてしまっても、物語を『完結させる』のは難しいだろう。


そして彼は、後付けだけれど……倒れてしまう程の病気を持っている。


病気に傭兵、現在居る主要人物で一番死に近いのは、きっと彼だろう。


「とりあえず、なんの病気か分からない事にはね」

「まぁね……何か書き足そうか?」

「んー……矛盾が出るといけないから、とりあえずは良いかな」

「おっけー。しばらく聞いてるから、必要になったら呼んで」


ケーナに軽く手を振り返すと、元の『枠内』

に戻る。


「さてと……とりあえず、急いで人手を集めないと」


あくまで誘拐されかけたのを忘れてはいけない。

だからと言ってどこかに引き渡すとどうなるか分からないから……出来るだけ優しく、慈愛に満ちた感じで行かなきゃ、彼の身が危ない。


「あのっ!助けてください……!」


でも、そんな事より厄介と言うべきか……めんどくさい事がある。


彼との『主従関係』を築くなら……テオを何とかするのも同時に進めなきゃ。


穏便に済ます上で、近い関係での多頭飼いは……リスクが大きいから。

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